わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第十章 おしまい

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 泣き明かして眠れぬ夜を過ごし、次の日私はお祖父ちゃんの軽トラに揺られていた。
 お祖父ちゃんたちは私が帰るのを嫌がって泣いていると思っていたけど、夏子さんだけがわかってくれていた。

「比和子、本当にここでいいんか?」

「……うん。大丈夫」

 私はベンチにスポーツバッグを置いて、バスの時刻表を見上げた。
 次のバスまではまだ一時間以上ある。

「また遊びに来いよー」

 お祖父ちゃんは軽トラの窓から安定の大声で走り去っていく。
 ベンチに座り、空を仰ぐと巨大な入道雲が出来上がっていた。

「どこいく?」

 誰も居ないはずのバス停から声を掛けられる。

「帰るわよ。ここは私の居場所じゃないもん」

「お前がいなくては誰が揚げをくれるんじゃ」

「どっかその辺の人に頼みなさいよ」

「……相分かった」

 そうして消える気配。
 あの神様、私のことなんだと思っているやら。

 しばらくして澄彦さんから着信があったけど、出なかった。
 だって、話をしたらまた思い出しちゃうもん。
 それからしばらくして、再び鬼のような着信。
 もしかして、また何かあった?
 それでも私は出なかった。
 だって私がいなくたって、どうにかなるだろうし。

 ようやく到着したバスに乗り込む。
 こうして私の長いけれどあっという間の夏休みは終わりを告げたのだった。
 淡い淡い恋もこうして終了した。


 お終い








「のう、やっぱり揚げを誰もくれぬのじゃ」

 バスに乗り込むために足を一歩踏み込めば、私のお腹にくるりと腕が回された。
 そしてその瞬間、私はまた飛んでいた。
 運転手さんは運転席から身を乗り出し、一人で飛んでいく私を唖然と見ていた。

「ちょっと、私帰るんだってば!」

「連れないことを言うでない。ほれ正武家はあそこじゃ」

 再び私は御倉神に表門に落とされた。

「痛ーっ」

「ほれほれゆくぞゆくぞ」

 私は立ち上がって石段を見下ろすと、中腹辺りに腰を下ろして村を眺めている玉彦がいた。
 帰るには石段を降りなくてはならず、かといって中には行きたくない。
 右往左往しているうちに、土砂降りの雨が降り始めた。
 玉彦が立ち上がり、俯いて石段を登る。

 ヤバい、ヤバいって!

 私は身を隠す暇もなく見つかってしまった。
 何とも言えない空気が流れる。
 玉彦は石段を振り返り、首を傾げた。

「どこから来た」

「そ、空から」

「そうか」

 そう言って玉彦は何でもないように私の横を通り過ぎる。
 あ、こういう事なんだ。
 私たち、もうそういうことなんだ。

 私は袖を引く御倉神を引き摺りながら、石段を下る。
 雨で足元滑るから、気を付けなくちゃ。
 土砂降りの雨のせいなのか、前が霞む。
 御倉神が私の前に出て、顔を覗き込んだ。

「そんなに悲しいなら、わたしの嫁に来るか? 乙女」

「何よ、それ」

「わたしの元に来れば、もう涙を流すことはないぞ」

「それもいいかもね」

「ではゆくとするか」

 神隠しとはこうして起こるのかもしれなかった。
 御倉神の差し出された手に、私の手を乗せる。
 そうして私は今までで一番気持ち良く浮かび上がった。
 神様の世界ってどんなところなんだろう。

「どこへゆく、宇迦之御魂神」

 静かな静かな声が石段の下から登ってくる。
 雨に打たれた澄彦さんだった。

「乙女を連れ往く」

「それは困る。その子は光一朗の娘だ」

「為らばなおのこと」

「一つ勘違いしているようだが、その娘を連れ往けば、この正武家との約束事が無くなるわけではない。むしろ私よりも次代と長く縁を持つであろうことは重々承知だろうが、その次代、このままだとその子の隣に他の者が居ることを良しとせず、頻繁に呼び出すことになるであろう」

「むっ」

「ここはひとつ、一日置きの厚揚げで手を打ってはくれぬか」

「むむっ」

 御倉神は私と澄彦さんを見比べて、そしてパッと私の手を離した。
 落下した私は澄彦さんの腕の中に納まる。

 この、薄情者!

 嘘つき!

「比和子ちゃん……。声ダダ洩れ」

「明日来る」

 御倉神はふわりと私の頭を撫でて、姿を雨に溶かした。

「一旦屋敷に……」

 澄彦さんの申し出を私は断り、荷物を抱えて石段を降りた。
 神隠しから助けてもらっておいてこれはないのかもしれない。
 でも私はもう、ここに居るべきではなかった。
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