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第九章 まもりて
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しおりを挟む「なんぞ騒がし」
場違いなのんびりとした声が拝殿に響く。
動きを止めて、声の主を探し、その姿を見つければ。
「誰?」
私のいやに冷静なひと言にそのひとは口元を袖で隠した。
だって、ほんと誰よ、この人。
紺色の冬服の学生服に帽子。
今、夏だよ!?
ってそうじゃなくて、どこから来たのよ。
「光一朗は娘が揚げををくれると云うたのに、くれなんだ。いつくれる?」
「これを何とかしたら、いっぱいあげるわ!」
揚げなだけに。
こんな事を心の中で呟く私、もう死んでしまいたい。
「猿彦、去ね。もう終いじゃ」
学生服の人がそう言えば、猿はぐうっと呻いて今度こそ動かなくなった。
ゆっくりと玉彦の腕から牙を抜いて、澄彦さんは頭を放り投げる。
その頭に須藤くんの矢が空中で貫通し、壁に縫い付けられた。
「玉彦? 玉彦!」
私は澄彦さんに抱えられた玉彦の足を揺らす。
でも反応はない。
顔色もどんどん悪くなっていく。
「揚げ、いつくれる?」
「いまそれどころじゃない!」
「比和子ちゃん、誰と会話してるの?」
「え?」
澄彦さんは玉彦を抱き上げて、拝殿を出ようとする。
その拍子に不思議そうに私を見た。
「誰って、そこの……」
「ここには四人しかいないよ」
「だってそこに」
指をさせばそこに確かにまだ学生服の男子はいて。
「あんた、何なの!?」
「みくらのかみ」
「神様~!?」
「比和子ちゃん、神様なんて言ってるの?」
「え、みくらのかみって言ってます」
「宇迦之御魂神か。この神社の祀神だよ。悪いものじゃない。行こう」
え、無視して行っても良いの!?
「また正武家か。お前のせいで光一朗から揚げを貰えなかった」
うっ。なんかここから去ると、また別の問題が起きそう。
「みくらの神様、後で必ず揚げ持ってきますから!」
私は一礼をして澄彦さんの後を追う。
するとみくらの神は、滑る様に私の後にくっついて来る。
「後とはいつだ」
「玉彦が死なないってわかったら!」
「あれは、かなやまひこのかみが付いているから大事ない。それよりも揚げ」
そう言ってみくらの神は私を無造作に担ぐと飛び上がる。
私の悲鳴を聞いて、澄彦さんが振り返った。
私はそれを鳥居よりも高い御神木を越えた辺りから見ていた。
「ちょっとー、降ろしなさいよ!」
私は逆さまになったまま両手で背中を叩く。
「揚げはどこにあるかのー」
正直揚げなんかどうでもいい。
私は一時も早く玉彦の下へと駆けつけたい。
なのに、大声を上げて空を一人で飛ぶ姿は誰にも見えていないのか、眼下に集まる人たちは誰も私に気付いてくれない。
「なっ南天さん!」
私は空から見えた南天さんを呼ぶ。
彼はお祖父ちゃんの家の庭で、縄を手繰り寄せている最中だった。
「南天さん!」
すると不意に、南天さんが空を見上げた。
そしてぎょっとすると、縄を落とした。
見えてる!
絶対見えてる!
「揚げを! 油揚げを!」
私の叫びに何かを察したのか、南天さんは正武家の屋敷が在る山を指示した。
「正武家、正武家に行って!」
「あそこは良くないのー」
「いいから行くのっ!!」
私はもう必死で神様に敬語を使うどころの騒ぎではない。
渋々そちらの方へ方向を変えて、神様は私を担いで正武家へと空を駆ける。
そして私は髪を掻き乱しながらも、正武家の表門に降り立った。
正しくは落とされた。
「行くわよ!」
「うーむ」
門を潜ることに躊躇する神様。
私は腕を掴むと無理矢理に中に引き込んだ。
「あっこれ! あーあ。向こう百年また扱き使われる……」
後ろでブツブツと文句を言う神様を引っ張って、玄関でしばらく待っていれば、明らかに走ってきた南天さんが迎え入れてくれた。
「比和子さん……ぐっ!」
南天さんには澄彦さんには見えていなかった神様が見えているようで、玄関先で凝固してしまった。
「とにかくこの神様、アゲアゲ五月蝿いから揚げお願いします!」
「……かしこまりました」
南天さんは頬を引き攣らせながらも笑顔を作った。
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