上 下
62 / 67
第九章 まもりて

しおりを挟む

「なんぞ騒がし」

 場違いなのんびりとした声が拝殿に響く。
 動きを止めて、声の主を探し、その姿を見つければ。

「誰?」

 私のいやに冷静なひと言にそのひとは口元を袖で隠した。
 だって、ほんと誰よ、この人。
 紺色の冬服の学生服に帽子。
 今、夏だよ!?
 ってそうじゃなくて、どこから来たのよ。

「光一朗は娘が揚げををくれると云うたのに、くれなんだ。いつくれる?」

「これを何とかしたら、いっぱいあげるわ!」

 揚げなだけに。
 こんな事を心の中で呟く私、もう死んでしまいたい。

「猿彦、去ね。もう終いじゃ」

 学生服の人がそう言えば、猿はぐうっと呻いて今度こそ動かなくなった。
 ゆっくりと玉彦の腕から牙を抜いて、澄彦さんは頭を放り投げる。
 その頭に須藤くんの矢が空中で貫通し、壁に縫い付けられた。

「玉彦? 玉彦!」

 私は澄彦さんに抱えられた玉彦の足を揺らす。
 でも反応はない。
 顔色もどんどん悪くなっていく。

「揚げ、いつくれる?」

「いまそれどころじゃない!」

「比和子ちゃん、誰と会話してるの?」

「え?」

 澄彦さんは玉彦を抱き上げて、拝殿を出ようとする。
 その拍子に不思議そうに私を見た。

「誰って、そこの……」

「ここには四人しかいないよ」

「だってそこに」

 指をさせばそこに確かにまだ学生服の男子はいて。

「あんた、何なの!?」

「みくらのかみ」

「神様~!?」

「比和子ちゃん、神様なんて言ってるの?」

「え、みくらのかみって言ってます」

「宇迦之御魂神か。この神社の祀神だよ。悪いものじゃない。行こう」

 え、無視して行っても良いの!?

「また正武家か。お前のせいで光一朗から揚げを貰えなかった」

 うっ。なんかここから去ると、また別の問題が起きそう。

「みくらの神様、後で必ず揚げ持ってきますから!」

 私は一礼をして澄彦さんの後を追う。
 するとみくらの神は、滑る様に私の後にくっついて来る。

「後とはいつだ」

「玉彦が死なないってわかったら!」

「あれは、かなやまひこのかみが付いているから大事ない。それよりも揚げ」

 そう言ってみくらの神は私を無造作に担ぐと飛び上がる。
 私の悲鳴を聞いて、澄彦さんが振り返った。
 私はそれを鳥居よりも高い御神木を越えた辺りから見ていた。

「ちょっとー、降ろしなさいよ!」

 私は逆さまになったまま両手で背中を叩く。

「揚げはどこにあるかのー」

 正直揚げなんかどうでもいい。
 私は一時も早く玉彦の下へと駆けつけたい。
 なのに、大声を上げて空を一人で飛ぶ姿は誰にも見えていないのか、眼下に集まる人たちは誰も私に気付いてくれない。

「なっ南天さん!」

 私は空から見えた南天さんを呼ぶ。
 彼はお祖父ちゃんの家の庭で、縄を手繰り寄せている最中だった。

「南天さん!」

 すると不意に、南天さんが空を見上げた。
 そしてぎょっとすると、縄を落とした。

 見えてる!

 絶対見えてる!

「揚げを! 油揚げを!」

 私の叫びに何かを察したのか、南天さんは正武家の屋敷が在る山を指示した。

「正武家、正武家に行って!」

「あそこは良くないのー」

「いいから行くのっ!!」

 私はもう必死で神様に敬語を使うどころの騒ぎではない。
 渋々そちらの方へ方向を変えて、神様は私を担いで正武家へと空を駆ける。
 そして私は髪を掻き乱しながらも、正武家の表門に降り立った。
 正しくは落とされた。

「行くわよ!」

「うーむ」

 門を潜ることに躊躇する神様。
 私は腕を掴むと無理矢理に中に引き込んだ。

「あっこれ! あーあ。向こう百年また扱き使われる……」

 後ろでブツブツと文句を言う神様を引っ張って、玄関でしばらく待っていれば、明らかに走ってきた南天さんが迎え入れてくれた。

「比和子さん……ぐっ!」

 南天さんには澄彦さんには見えていなかった神様が見えているようで、玄関先で凝固してしまった。

「とにかくこの神様、アゲアゲ五月蝿いから揚げお願いします!」

「……かしこまりました」

 南天さんは頬を引き攣らせながらも笑顔を作った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夏の嵐

萩尾雅縁
キャラ文芸
 垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。  全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」 寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。 クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。 第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、

処理中です...