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第八章 はくえん

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「ここ、見て。あとここも」

 須藤くんが指差す。
 何となく文字の長さが違う、かな?
 するといつの間にか隣にいた豹馬くんが私に解説をしてくれた。

「最初は『猿』、次は『白猿』と書いてある」

 古文書は須藤家の始まりが書かれているのだという。
 呪をかけた御門森Bのことも詳しく記されている。

『御門森Bは山で拾った小猿を人間のように育て、小猿に多次彦の子の肉を与えた。猿が正武家を滅ぼす様に。白猿が正武家の跡取りを残す様に』

「ねぇ、これってさ……」

 私が思ったことを言おうとしたら、玉彦が頷いた。

「猿が襲うのは正武家、子を残そうと女を攫うのは白猿、と読み取れる。そしてその後の書物を精査すると、それが曖昧になり、最後にある上守光一朗が襲われたとある記述は『猿』」

 そんな最近のことまで記録に残してるんだ……。

「でも、ちょっと待ってよ。じゃあどうして男のお父さんが白猿に襲われてんのよ。おっ男同士で子供は出来ないでしょ! そもそも人間と猿とじゃ出来ないけど!」

 私の疑問にみんな同意してくれたけど、ただ一人。
 間抜けな顔をしている人がいた。
 ……澄彦さん。

「僕のせいだ……」

「澄彦くん?」

「僕が光一朗を大好きだったから。……そうか。そうなるのか。確かにそれだと性別は関係ない」

 衝撃的な発言が一同をどん引きさせている中、澄彦さんだけが何かに納得している。

「おい、父上」

 尊敬しているのか馬鹿にしているのか、玉彦は澄彦さんに声を掛ける。
 澄彦さんは全員の不審な視線に苦笑いした。

「僕は、女性が好きだよ?」

 それは、うん、知ってます。
 否定しようもない事実だと思います。

「そんなことを聞いているのではない!」

 玉彦って、ちょっと澄彦さんに冷たいと思う。

「わかった、わかった。説明するよ。でも、比和子ちゃんがいていいの?」

「どういうことだ」

「いや、お前、めっちゃ恥ずかしくなって逃げだすと思うよ?」

「そんなこと、あろうはずがない!」

「では絶対に席を離れるなよ、玉彦。父はお前を思って警告はした」

 言われて玉彦は腕を組んで仁王立ちになった。
 絶対に動かないという彼なりの態度だった。

「では、授業を始めまーす」

 まるで今日、流しそうめんをします! みたいなノリで澄彦さんの話が始まる。
 横では澄彦さんに殴りかかろうとする玉彦を豹馬くんが必死で止めていた。

「じゃあ、比和子ちゃん」

「うっ……はい」

 生徒役に指名されて冷や汗が出る。
 だれかこの寸劇を止めて欲しい。
 この緊迫した屋敷の中で、ここの空間だけがおかしい。

「さて神様は男でしょうか、女でしょうか?」

「は? え? 男性も女性もいると思います」

 だってキリスト様は男だし。
 お釈迦様は、元はブッダというどこかの国の王子様だったはず。
 それに、日本神話で有名な伊邪那岐、伊邪那美は夫婦だし。
 一体この話がどう猿に繋がっていくのか、私には見当もつかなかった。

「正解。だけどね、インドとこの日本に坐す神々の多くは、両性具有神、つまり両方を兼ね備えている男女万能な神様たちなんだ。一応男女に分けてはいるけどね」

「勉強になります……」

「神話の中では身体が二つに分かれて、人間になり、男女という性別が出来た。だから人間は元々の身体に戻りたくて、その片割れを探す。そして出逢えば一体に戻ろうとして、でも戻れるはずはなく、そこで行われるのが性交。性を交差させることにより、新たな身体を創り出す」

 神話をベースに語られるからなのか、全然いやらしく聴こえない。

「まぁそんなこんなで創りだされた身体は人間なんだけど。さて問題です。ではその中に込められた魂は、男でしょうか、女でしょうか?」

 身体にあるもので性別はもう決まってるんじゃないだろうか。
 だってこの前生まれた赤ちゃんは、弟。
 つまり男だ。
 でも澄彦さんが問題にするということは、裏があるのかな?
 答えに窮していると、ようやく落ち着いた玉彦が私に代わって答えてくれた。
 でもそれは、私が考えていたものとは違っていた。

「どちらでもある。なぜなら子は数えで七つまで神だからだ。身体に魂が馴染むまでその境界が曖昧で、あちら側に行って死んでしまうことが多かった。昔は」

「えー何でお前が答えちゃうかな。でも正解。ではこの話は置いといて、次に行こう。さて、稀人と惚稀人の違いは何でしょうか? 豹馬」

「稀人は御門森の血筋です。たまに例外もあるようですが、今のところ稀人の多くは御門森です。惚稀人は……」

 一瞬豹馬くんが私を見る。

「正武家の当主の添い遂げるべき相手です。なので当主とは異なる性と言われています」

「そう、これは誰が選ばれるのかわからない。神様からの賜りもの、だと思われてきた。今の今まで、ついさっきまで!」

 いつの間に用意されていたのか、澄彦さんはコーヒーカップを持ち上げ口をつけた。
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