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第七章 したたり
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しおりを挟む「月が綺麗ねー」
「本当だねー」
私と小町は空を見て、現実逃避している。
守くんと太一は、壁に寄りかかり時計を見ていた。
そしてお地蔵さんの向こうでは、いつの間にか影が人数を増やしている。
しばらくして、パキンと音がした。
「おい、今なにか聞こえなかった?」
私はもしかしてと思い、お地蔵さんをチェックする。
そうしたらやっぱり。
お地蔵さんの頭が少し欠けていた。
台座には正武家の紋が入っている。
これもやっぱり封じられた何かだったんだ……。
四人ともスマホを持っていたけど、怪談のセオリー通り使えない。
あとはお祖父ちゃんたちが戻って来ない私たちを心配して探しに来てくれることを祈るばかりだった。
でも、まさかこの坂に来ているだなんて思わないだろうな。
お腹も空き始め、私たちは会話すらしなくなった。
月は微妙な角度でこちらを見ている。
雲が月を隠して一瞬暗くなった後に、サクッサクッと足音。
誰かが坂を登ってきている。
影たちは足がないから音はさせない。
そのうちに懐中電灯らしき光が、私たちを眩しく照らす。
「あぁ、やっぱり居ましたね。大丈夫ですか、怪我はないですか? 比和子さん」
聞きなれた声が影を掻き分けて聞こえる。
「南天さん!?」
私の驚きの声と共に、いつもの作務衣の南天さんが懐中電灯を持って、影を十戒の様に分けて私たちの前に現れた。
お地蔵さんを越えて振り返った南天さんは、軽く影にあっちへ行けと言う様に手を振る。
すると影たちは霧散していく。
「すげぇ……」
太一が感嘆する。
私はこれで助かったと安堵した。
「お地蔵様が知らせてくれたようで、お迎えに上がりました」
誰に知らせたのかなんて、考えなくてもわかる。
南天さんが来たのだから。
「このまま坂を下っても大丈夫なんですか?」
座り込んでいた小町をいつの間にか負ぶっていた守くんが南天さんに聞く。
「大丈夫ですよ。今のうちに行きましょう」
南天さんは太一に懐中電灯を渡すと先に歩くように言って、自身は最後尾に付いた。
「念のため、振り向かないでくださいね」
絶対に振り向くもんか!
無事に坂を下って振り向くと、最後尾の南天さんが坂に手を翳しているところだった。
下のお地蔵さんの手前でこちらに来られないでいる黒い影たちは、私たちの後を追ってきていたらしく、折り重なるように蠢いている。
守くんの背中で震える小町の唇は真っ青になっていて、彼女の指は守くんの肩に喰い込んでいた。
太一は私の隣ですげぇすげぇと小さく感嘆しつつ、南天さんの一挙手一投足に目を輝かせている。
そんな憧れの視線を受けている南天さんは、気にする風でもなく錫杖を振るって胸元から出した御札をゆっくりとお地蔵さんのおでこにペタリと張り付けた。
すると蠢いていた影たちは諦めて波が引けるように坂へと戻って行った。
戻って行ったのか、闇に紛れて消えて行ったのか。
とにかく私の視界から消えてホッと胸を撫で下ろした。
「さて皆さん。三郎さんのお家までお送りいたしますのでどうぞ車に」
南天さんに促されて、守くんと小町、そして太一が後部座席に乗り込む。
私は大人しく助手席に収まって、隣の南天さんを盗み見た。
今夜この場所に稀人の南天さんが現れてくれたのは、澄彦さん、ううん。
きっとアイツが気が付いたからだ。
だから本当は南天さんではなく、九児の時のようにアイツが来るはずだったんだろう。
「比和子さん?」
「あ、はい」
運転をしながらこちらを覗き込んできた南天さんが心配そうに見てくる。
「大丈夫ですか?」
「はっ、はい。全然大丈夫」
「そうですか。間に合って良かったです。手遅れにならずに」
『手遅れにならなくて良かった』
不意に九児襲来の翌日、惣領の間でのアイツの安堵した微笑みがポンッと頭に浮かんだ。
慌てて首を振ると窓の外に目を向ける。
いつの間にかもうお祖父ちゃんの家の近くまで来ていたようで、いつもの石段前を通り過ぎる。
その時、石段のずっと上の方にほんのりと橙の灯りが揺れていたように見えたけど、すぐに消えてしまった。
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