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第七章 したたり

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「どうしたの?」

「それはこっちのセリフ。大丈夫か。弓場から昨日聞いた」

「あ、うん。全然大丈夫」

 亜由美ちゃん、豹馬くんになんて伝えたんだろ。
 まるでいじめに遭って、心配されているみたい。

「それと。あんまりこういうこと聞きたくないんだけど、玉様と何かあった?」

「え?」

 豹馬くんは聞かされていないんだろうか。
 でもこういう質問をするということは。

「玉様、死んでる」

「は?」

「目が。聞いても答えないし、上守は屋敷に来ないし」

「それはちょっと……私からは……」

「癇癪を起こすとか八つ当たりするとかならまだマシなんだ」

「うん……」

「しかも上守の友達が来たって聞いたら、部屋から出て来なくなった」

「……」

「明々後日の、キャンプ会。参加してくれ。友達も一緒でいいから。そしたら引き摺ってでも玉様を連れて行く」

「連れて来て、どうするつもり?」

「どうもしない。少なくとも元気な姿だけでも見せてやれよ。猿の時もすごく心配してたんだぞ。口にしなかったけど」

「うん……」

「オレ達のとこに来にくいなら、須藤のとこのグループでもいい。とにかくこのままだと澄彦様が村から出られたとき、危ないんだよ」

「澄彦さん、出なきゃいいじゃん……」

 どうせ、遊んでるんだろうし。

「そういう訳にもいかないだろ」

「どうして?」

 私の疑問に豹馬くんの眼鏡が光った。

「聞いてないのか、玉様から。澄彦様は外に出て、ここに持ち込まれるはずの厄介事を未然に祓って回ってるんだ。これ以上抱え込まないように」

 自分たちの子孫に出来るだけ負担にならないように。
 いつか正武家が、正竹家に戻れるように。
 あのチャラい笑顔の陰で。

「とにかく、頼んだぞ。惚稀人の役割は果たせなくても、友達としてそれくらい出来るだろ」

 豹馬くんは私の返事を聞かずに身を翻して、一本目のビールに手を伸ばす澄彦さんの腕を叩いていた。
 庭の隅に残された私は、色々と考えて、須藤くんがグループに入れてくれるなら参加しようと思った。



 みんなで竹の後片付けをして、須藤くんの家を出たのは、もう夕方に近かった。
 澄彦さんと豹馬くんは、澄彦さんの運転する車で帰っていく。
 何度もシートベルトを確かめる豹馬くんを不思議に思っていたら、車は急発進。
 事故らなきゃいいけど……。

 帰り道。
 守くんと太一が住宅街へ向かう分かれ道で立ち止まる。
 住宅街といっても、一つの小高い丘を切り開いてできた小さな新興住宅街だ。

「どうしたの?」

 忘れものでもしたのかと思っていたら、二人は顔を見合わせ、悪い笑顔を作る。
 こういう時はろくでもないことを考えている。

「さっき涼に聞いたんだ。『シタタリ坂』の話」

「なにそれ」

 小町は興味津々に太一に尋ねた。
 私はものすごく嫌な予感がした。

「そっちの住宅街に昔からシタタリ坂と呼ばれる坂がある」

 アウト、アウトだ。
 この村の話で、冒頭に『昔から』があると、それは本物だ。
 九児にしても池にしても猿にしても。

「その坂を夕方登ると後ろから影が付いて来るらしい。振り返ったら、どこかへ連れて行かれる」

「マジで! 小町行ってみたい!」

「一応坂の始まりにお地蔵さんがあって、頂上にもまたお地蔵さんがあって、その間だけ影が出る。一度影を感じたら、その道は太陽が出るまで使えないんだってよ。登って違う道で帰れば大丈夫だろ」

「ダメ! 絶対ダメ!」

「なんだよ上守、怖いのか?」

「そうじゃなくて!」

 ほんとに出るから!
 行ったことないけど、絶対出るから!

「いいじゃん、行こうよ。どうせ迷信だろうし、小町見てみたい!」

 そうして三対一で押し切られる形で私は、シタタリ坂を訪れた。

 坂は真っ直ぐの一本道で、見える範囲では道の横側は各家の塀が続き、坂に面しているところに玄関は設けられていない。
 道幅はギリギリ車が通れないくらい。
 そして坂の始まりには石塔とお地蔵さん。
 石塔には『下足坂』と刻まれている。

 どうしよう。
 夕陽が翳る坂に嫌な予感しかしない。
 スズ石は砕けてもう無いし、御札は家に置きっぱなしだ。
 あれだけ黒くなってしまっていたら、ご利益ないかもだけど。

「夕方って逢魔が時とかいって、昼と夜が入れ替わるから、変なもの出やすいんだよな」

 守くんがこの不気味な雰囲気を煽る。
 出やすいんじゃなくて、出る。絶対に。
 しかし。
 私たちは中腹まで無言で登り、後ろから何も気配がないことに拍子抜けする。

「なんつーか、やっぱり出ないな」

 先頭を歩いていた太一が、残念そうに呟く。

「まぁこんなことだろうと思ってた」

 守くんがそう答えると、最後尾にいた小町が無言で私の背中を押した。

「何よ、小町」

「振り返っちゃダメ!」

 切羽詰まった小町の声に、私たちは固まる。

「早く、早く進んでよ! なんかいる! 絶対になんか後ろにいる!」

 私たちはそれを合図に競歩みたく頂上にあるお地蔵さんがいるところまで振り返らずに進んだ。
 もう薄暗くなった坂の上に一つの街灯。
 その下に小さなお地蔵さんがあった。
 もう私たちはそれが見えると、競歩ではなく走った。
 小町だけではなく、私も守くんも太一も影の気配を感じていた。
 迫ってくるけど、振り返らない限りこちらを襲ってこないと信じて。

 そして私たちは四人とも無事にお地蔵さんを通り過ぎる。
 これでもう大丈夫。
 私はおもむろに登ってきた坂を振り返る。
 みんなも同じだった。
 そして小町が小さく叫んだ。
 私は隣にいた守くんのTシャツの裾を掴んだ。
 坂には、黒く大きな人型の影がぼうっと立っていた。
 よくよく見てみれば、足がない。

『下足坂』

 下の足が、足りない。
 影はどうにかしてこちらに来ようと手を伸ばす。
 でもお地蔵さんがそれを許さなかった。

「おい、かなりヤバいんじゃねーの?」

「比和、小町、大丈夫か」

 男子二人は私と小町を影から見えないように隠す。

「と、とにかくもうあの道を通らなければいいんだよね? 逆から下ろうよ」

 小町がお地蔵さんを背に、先に歩き出した。
 でもすぐに止まる。

「嘘でしょ!?」

 何がだろうと思って私も追えば、道は少しだけ下って。
 袋小路の行き止まりになっていた。
 戻って民家の塀を乗り越えようにも、塀はお地蔵さんの向こう。
 袋小路の先は開発で削られた崖になっており、私たちはある意味閉じ込められてしまった。
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