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第六章 すみひこ

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 翌日、お祭り最終日。

 その日、私は全速力で走っていた。
 手に持っていたお土産の紙袋を投げ出し、昼間の村を疾走する。
 どうしてこんなことに!
 こんな日に限って畑には誰も居ない。
 それはお祭りの最終日だったから。
 大人たちは神社にいたし、子供たちもそう。
 だから家に逃げ込むにしたって、留守の家は施錠されていた。

 私は、年老いているはずの白い猿に猛烈に追いかけられていた。


 私が例の帰宅未遂を犯した日、すぐに正武家からのお達しが村に駆け巡った。

『上守比和子にしきたり強要すること許さず』

 何のことかとみんなは思ったみたいだけど、私にはわかっていた。
 澄彦さんが先手を打ってくれたのだ。
 お祖父ちゃんたちが村の人たちから非難されないように。
 私が須藤くんの家を訪ねることができるように。

 そして私は、お祭りの最終日で人の目が少ないこの日に、須藤くんの家を訪ねることにした。
 午前中に南天さんとチーズケーキを食べて、多めに作ったものを包んでもらってお土産にした。
 その足で私はぶらぶらと川下の屋敷と呼ばれる須藤くんの家に向かっていたのだ。
 アポなしだったけど、何となく須藤くんが家にいるような気がして。
 だってお祭りに行ったってあんなことがあったりして楽しくないだろうし。
 私の感覚であと数分歩けば到着すると思われたその時。

 白い猿に、遭遇してしまった。

 普通に進行方向の道端に座ってた。
 幼稚園児くらいと聞いていた猿は、ゴリラくらいの大きさだった。
 こちらに背を向けていたので、最初は白い塊だと思った。
 畑に使う肥料の白い袋が積み上げられているのかと。
 何気なく横を通り過ぎて、目の端に何かが動いたな? と思って見てみれば、赤い目をした白い猿だった。

 私は一瞬固まって二度見。
 猿も、え? え? みたいな感じだった。
 そして私は猿よりも早い判断を下して、走り出す。
 すぐに追いつかれるかもしれないけど、走らずにはいられなかった。
 だって『幼稚園児くらいの大きさの猿』って聞いていたのに、目の前にいたのは『ゴリラ』並みの猿だったから。

 で、今に至る。

 全速力で、胸が痛い。
 でも足を止める訳にはいかない。
 時折私の足を猿の腕が掠めて、引っかき傷が出来たけど、気にしてなんていられなかった。
 猿は獲物を嬲るように着かず離れずで、楽しんでいる。
 きっといつでも私を捕まえられると思っているんだ。

 なんで、私ばっかり、こんな目に!

 数分走って右手に須藤くんの家の白い塀が見えてきた。
 猿は私を追い越し、塀の上に登る。
 そして横を走る私と並走してきた。

 これはもう、ヤバい。
 上から飛び掛かって来たら、もう逃げ場がなく捕まえられる。

 門が近付いて来た。
 あの中に飛び込めば!

 私は門に飛び込む瞬間に、襟ぐりを猿に捕まれた。
 ぐえっとなって、息が詰まる。

 お、終わった……。

「動くな!」

 それは猿に言ったのか。私に言ったのか。
 目の前の玄関先に弓を構える女の人が立っていた。
 ジーンズにピンクのTシャツ、青い花柄のエプロン。そして大弓。

 ヒュンと私の耳を掠めて、矢が猿を貫いた。
 それでも猿は私を離さない。
 むしろ後ずさり、逃げようとする。
 私はせめてもの抵抗で、前かがみになりその場から動かないように踏ん張る。
 その間にも矢は放たれて、猿を貫く。

「涼! 白猿が出た!」

 女の人の玄関のガラスが揺れるほどの大声で呼ばれ、二階から須藤くんが顔を出し、素早く現状を把握すると、窓から飛び出して二階から飛び降りた。
 着地と同時にこちらへ走る須藤くんを見て、ようやく猿は私を離し逃げ出す。
 須藤くんは私の横を通り過ぎ、猿を追い掛けて行く。

 私はその場で座り込んだ。
 息切れも酷かったけど、いま遭ったことに酷く動揺した。
 怖くて腰が抜けてしまった。

「あなた、大丈夫!?」

 私に駆け寄ってきた女の人は、お父さんのアルバムの中にいた川下っちさん。
 少し痩せていたけど間違いなくその人だった。

 私は情けなくもその場で大泣きしてしまった。
 怖かったのもあったけど、助かったんだと安心したのもあって。
 そんな私を須藤くんのお母さんは抱きしめて、落ち着かせてくれる。

「大丈夫、大丈夫よ。よくこんな川下の家にでも飛び込んでくれたわ。誰にも言わないから大丈夫よ」

 私は泣きじゃくってしがみつく。

「上守さん!」

 戻ってきた須藤くんが私の名を呼ぶと、お母さんは私の顔を見て全てを悟ったように笑う。

「玉彦様と一緒じゃなかったの?」

「喧嘩中なんです」

 一方的にだけど。

「あら、まぁ。玉彦様にも喧嘩が出来るお友達が出来たのねぇ」

 お母さんはそう言って笑うと、私に肩を貸す様に須藤くんに指示をして玄関のドアを開けてくれたのだった。
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