わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第四章 おまいり

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 そのままの勢いで玉彦に倒れ込んだ私は、長い間寝ていたせいか怠くて動けない。
 玉彦は正座を崩し、私を抱きかかえて布団に寝かせてくれる。

「一先ずこれで良し」

「一体何が……」

 私の身体にいたの?

「何でもかんでも手を合わせれば良いというものではない。山の祠に何かしただろう?」

「……花とお参りを」

「そうか……。とにかく今は休め。だいぶん怖い目に合っただろう」

 そう言って玉彦は立ち上がろうとしたけど、私は袖を引っ張った。
 聞きたいこと、言いたいことがいっぱいある。

 あれは何だったの。
 ほまれびとってなに。
 玉彦、お屋敷から出て大丈夫なの?

 でも今一番大事なことは。

「なんだ」

「寝たら、また怖い夢見る?」

「大丈夫だろう。とりあえずあらたまは祠に戻った」

「本当に?」

 疑心暗鬼な私を不憫に思ったのか、玉彦はもう一度座り直し、袖を引く私の手を握った。

「お前が眠るまで、こうしていてやる。今日だけ。今日だけだ」

『一度だけ。一度だけだ』

 どこかで似たようなことを言われた気がするのだけど。
 指を絡めて手を握れば強く握り返してくれる。
 玉彦の手を両手で包むと彼もまた、両手で応えてくれた。
 私はそれだけで安心して眠りに落ちた。




 翌朝。
 私は繋いだままの玉彦の手がそこにあることに、眩暈がした。

 なんで、ここで寝てるの!?
 すやすやと。
 寝ていても凛々しい顔ってどうなのよ。

 玉彦は布団には潜り込んではいなかったものの、私と同じ布団で寝ていた。
 昨日の出来事が夜だったのか昼だったのか朝だったのか分からないけど、数時間は一緒に寝ていたわけで……。

「起きて、玉彦」

 私は繋がれたままの手を揺らす。

「ん……もう朝か」

「朝か、じゃないよ! なんで一緒に寝てんのよ!」

 眠そうに目を擦り、玉彦は横向きからうつ伏せになる。

「もう少し寝かせろ。予想以上に消耗した」

「ちょっと!」

 背中を軽く叩く。
 でも玉彦は起きてくれない。
 むしろ私が包まっていたタオルケットを引っ張り、寄越せと寝ながら催促する。

「お前のおかげで疲れた。だからもう少しだけ、寝る」

 それを言われると、私は何も言えなくなる。
 確かに、私がかけた迷惑で玉彦はこうなっている訳で。

「わかった。ねぇ玉彦?」

「うん?」

 寝ぼけている素の玉彦の返事に、びっくりした。
 普通の男の子みたいで。

「今回は、って前もだけど。ありがとう」

「お前に礼を言われると、くすぐったいな」

 玉彦はヘラッと笑うと、一瞬で眠りに落ちた。

 え、今の何なの。
 玉彦って、本当はまだ私に見せたことのない姿があるんじゃないの。

 それはきっと、正武家の玉彦様ではなく、玉彦という一人の男の子。
 家の重責を背負わない、普通の男の子。
 友達と馬鹿話して大笑いしている、普通の。
 そんな玉彦を想像できないけど、でもそれは当たり前で、むしろ達観して今の自分を境遇を受け入れちゃってるのは、本当は違うんじゃないのって、私は思った。

 それにしても、お腹が空いた。
 私は何日食べていなかったんだろ。

 ゆっくりと立ち上がって、覚束ない足で襖に辿り着き手を掛ける。

 あ、あれ? 開かない。

 何度引いても開かない。
 仕方ないので、片足で思いきり蹴ってみた。
 でもびくともしない。
 どういうこと?
 もしかして、私、まだ夢の中にいるの?
 じゃあ、今布団で寝ているのは、誰。
 振り向きたいけど、振り向けない。

 あれは玉彦ではなく、さっきの……?

「比和子さん?」

 身体が固まって、思考も停止しかけていた私を引き戻したのは、襖の向こうから聞こえた南天さんの声だった。

「な、南天さん!?」

「はい。すみません。中に玉彦様がいらっしゃると思うのですが」

「います! 寝てます!」

「え、寝てらっしゃるのですか!?」

 なぜか南天さんは驚きと困惑の声を上げる。

「すみません、比和子さん。玉彦様のお声掛けがないと、こちらは開かないのです」

「えっ!? ええええぇっ!?」

 今度は私が声を上げる。
 開かないって、そんなの、困る!

「玉彦を起こせばいいんですね!!!!!?」

「そうなのですが、眠りを妨げると後が大変面倒でして」

「はあああぁ!?」

「申し訳ないのですが、もうしばらくそちらにいていただけますか」

「いや、お腹空いたし、トイレにだって行きたいし!」

 何日か前から人間としての生理現象が停まっていたものだから、ここにきて一気に活動を再開した私の身体はとりあえずトイレ……。

「申し訳ございません」

 南天さんの恐縮した声を後ろに聞きながら、私は振り返ってすやすやと眠る玉彦を睨み付ける。
 そして、迷わず玉彦を包むタオルケットを引き剥がし叩き起こしたのだった。
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