32 / 67
第四章 おまいり
5
しおりを挟むそのままの勢いで玉彦に倒れ込んだ私は、長い間寝ていたせいか怠くて動けない。
玉彦は正座を崩し、私を抱きかかえて布団に寝かせてくれる。
「一先ずこれで良し」
「一体何が……」
私の身体にいたの?
「何でもかんでも手を合わせれば良いというものではない。山の祠に何かしただろう?」
「……花とお参りを」
「そうか……。とにかく今は休め。だいぶん怖い目に合っただろう」
そう言って玉彦は立ち上がろうとしたけど、私は袖を引っ張った。
聞きたいこと、言いたいことがいっぱいある。
あれは何だったの。
ほまれびとってなに。
玉彦、お屋敷から出て大丈夫なの?
でも今一番大事なことは。
「なんだ」
「寝たら、また怖い夢見る?」
「大丈夫だろう。とりあえずあらたまは祠に戻った」
「本当に?」
疑心暗鬼な私を不憫に思ったのか、玉彦はもう一度座り直し、袖を引く私の手を握った。
「お前が眠るまで、こうしていてやる。今日だけ。今日だけだ」
『一度だけ。一度だけだ』
どこかで似たようなことを言われた気がするのだけど。
指を絡めて手を握れば強く握り返してくれる。
玉彦の手を両手で包むと彼もまた、両手で応えてくれた。
私はそれだけで安心して眠りに落ちた。
翌朝。
私は繋いだままの玉彦の手がそこにあることに、眩暈がした。
なんで、ここで寝てるの!?
すやすやと。
寝ていても凛々しい顔ってどうなのよ。
玉彦は布団には潜り込んではいなかったものの、私と同じ布団で寝ていた。
昨日の出来事が夜だったのか昼だったのか朝だったのか分からないけど、数時間は一緒に寝ていたわけで……。
「起きて、玉彦」
私は繋がれたままの手を揺らす。
「ん……もう朝か」
「朝か、じゃないよ! なんで一緒に寝てんのよ!」
眠そうに目を擦り、玉彦は横向きからうつ伏せになる。
「もう少し寝かせろ。予想以上に消耗した」
「ちょっと!」
背中を軽く叩く。
でも玉彦は起きてくれない。
むしろ私が包まっていたタオルケットを引っ張り、寄越せと寝ながら催促する。
「お前のおかげで疲れた。だからもう少しだけ、寝る」
それを言われると、私は何も言えなくなる。
確かに、私がかけた迷惑で玉彦はこうなっている訳で。
「わかった。ねぇ玉彦?」
「うん?」
寝ぼけている素の玉彦の返事に、びっくりした。
普通の男の子みたいで。
「今回は、って前もだけど。ありがとう」
「お前に礼を言われると、くすぐったいな」
玉彦はヘラッと笑うと、一瞬で眠りに落ちた。
え、今の何なの。
玉彦って、本当はまだ私に見せたことのない姿があるんじゃないの。
それはきっと、正武家の玉彦様ではなく、玉彦という一人の男の子。
家の重責を背負わない、普通の男の子。
友達と馬鹿話して大笑いしている、普通の。
そんな玉彦を想像できないけど、でもそれは当たり前で、むしろ達観して今の自分を境遇を受け入れちゃってるのは、本当は違うんじゃないのって、私は思った。
それにしても、お腹が空いた。
私は何日食べていなかったんだろ。
ゆっくりと立ち上がって、覚束ない足で襖に辿り着き手を掛ける。
あ、あれ? 開かない。
何度引いても開かない。
仕方ないので、片足で思いきり蹴ってみた。
でもびくともしない。
どういうこと?
もしかして、私、まだ夢の中にいるの?
じゃあ、今布団で寝ているのは、誰。
振り向きたいけど、振り向けない。
あれは玉彦ではなく、さっきの……?
「比和子さん?」
身体が固まって、思考も停止しかけていた私を引き戻したのは、襖の向こうから聞こえた南天さんの声だった。
「な、南天さん!?」
「はい。すみません。中に玉彦様がいらっしゃると思うのですが」
「います! 寝てます!」
「え、寝てらっしゃるのですか!?」
なぜか南天さんは驚きと困惑の声を上げる。
「すみません、比和子さん。玉彦様のお声掛けがないと、こちらは開かないのです」
「えっ!? ええええぇっ!?」
今度は私が声を上げる。
開かないって、そんなの、困る!
「玉彦を起こせばいいんですね!!!!!?」
「そうなのですが、眠りを妨げると後が大変面倒でして」
「はあああぁ!?」
「申し訳ないのですが、もうしばらくそちらにいていただけますか」
「いや、お腹空いたし、トイレにだって行きたいし!」
何日か前から人間としての生理現象が停まっていたものだから、ここにきて一気に活動を再開した私の身体はとりあえずトイレ……。
「申し訳ございません」
南天さんの恐縮した声を後ろに聞きながら、私は振り返ってすやすやと眠る玉彦を睨み付ける。
そして、迷わず玉彦を包むタオルケットを引き剥がし叩き起こしたのだった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


未熟な最強者の逆転ゲーム
tarakomax
ファンタジー
過労死したサラリーマンが転生したのは、魔法と貴族が支配する異世界。
のんびり暮らすはずだったアーサーは、前世の知識でスローライフを満喫……するはずだった。
だが、彼が生み出した「ある商品」が、世界を揺るがすことになる。
さらに、毎日襲いかかる異様な眠気――その正体は、この世界の"禁忌"に触れる力だった!?
そして彼が挑むのは、 "魔法を使ったイカサマ" に立ち向かう命がけの心理戦!
ババ抜き、人狼、脱出ゲーム……
"運" すら操る者たちの「見えない嘘」を暴き、生き残れ!!
スローライフ? そんなものは幻想だ!!
「勝たなきゃ、生き残れない。」
知略で運命を覆せ! これは、未熟な最強者が"逆転"に賭ける物語――!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる