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第三章 すずかけ

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「明日もまた遊ぼうよ」

 亜由美ちゃんちの家の前で那奈の提案に同意しかけて、あっと思い返す。
 そういえば玉彦に返事をしないままでいる。
 今日は亜由美ちゃんを優先させたから、明後日は玉彦に会わないと癇癪起こしそうだなぁ。
 明日ならまだ、来客があるって南天さんが言っていたし、大丈夫かなぁ。
 そんなことを考えていると、私の後ろに視線を移した那奈があっと声を上げた。

「玉様の家の車だ」

 言われて振り返ると、確かにあの黒い車は私が乗せてもらったことのある南天さんが運転する車だった。
 どうか、何事も無く通り過ぎてと言う私の思い虚しく、車は亜由美ちゃんの家の前に停まり、私を除く二人は動きが止まった。
 そして後部座席の窓がゆっくりと下りていく。

「で、結局明日はどうするつもりだ」

 顔を出した玉彦は、まるでさっきの会話の続きの様に話し始める。
 私はどうしたものかと答えに困っていると、玉彦が畳みかけてくる。
 その被害は亜由美ちゃんにも及ぶ。

「弓場」

「はいぃ」

 呼ばれた亜由美ちゃんは一歩後ろに下がる。

「明日比和子は俺のところで色々とある。今日は譲ったが明日は譲らない」

「譲るも何も、玉彦今日来客があるって言ってたじゃん! 明日だって誰か来るんでしょ!」

「明日は午前中だけだ。午後来い。弓場、ということだから午前のコイツの時間はくれてやる」

 玉彦は一方的に言いたいことだけ言うと、窓を上げて車が発進した。
 残された私たち三人は、何とも言えない空気になる。
 それを壊したのは那奈だった。

「玉様と知り合いだったわけ?」

 ヤバい。これは私が一番恐れていた状況だ。
 那奈は不機嫌そうに自転車に跨り、地面を何度も蹴る。

「知り合いっていうか、ここに来た時にお祖父ちゃんと挨拶に行っただけだよ」

「それだけで玉様があんなに気に入って呼ぶわけないじゃん!」

 本当は一緒にお菓子作りして、変なのから守ってもらって、抱きしめられたこともあるけど、そんなのここで言える訳ない。

「そんなこと言われても……」

 私がしどろもどろになっていると、亜由美ちゃんが助けてくれる。

「止めなよ、那奈ちん。玉様が比和子ちゃんに声かけたのは、澄彦様のお友達の子供だからだよ」

「はぁぁ? 亜由美、あんた何か知ってんの?」

「昨日お父さんが言ってたけど、澄彦様と比和子ちゃんのお父さん親友だったって」

「だからって! だったらそう言えば良いじゃん! 嘘つき!」

 言われた私は何も言い返せなくて。
 那奈は自転車で立ち去ったけど、私は動けなくて。
 亜由美ちゃんは俯いた私の顔を覗き込んだ。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫……」

 私は溢れ出しそうになった涙を拭って、歩き出す。
 嘘つきと言われたことが、胸に突き刺さっていた。

 私は家に帰っても気が晴れず、どんよりしていた。
 晩御飯の時、心配したお祖母ちゃんがコロッケを一つくれたけど、それでも気分は沈んだまま。
 そして恒例になりつつある縁側でリンゴを食べていたら、夏子さんがレモンを持って横に座る。

「どうかしたの?」

 夏子さんに聞かれて、私は今日あったことを隠さずに話した。
 うんうんと聞いていた夏子さんは、あっけらかんと。

「面倒な女子ねぇ~。ただのヤキモチじゃないの。ほっときなさいよ、そんなの」

「ヤキモチ?」

「そうよぅ。その子玉彦様に気があるんでしょ。それでぽっと出の比和子ちゃんが玉彦様と仲良くしていて妬いてるのよ」

「そうかなぁ。私、玉彦のことなんて何とも思ってないのになぁ」

「あらま」

 夏子さんは私の生乾きの髪をくしゃくしゃとしてニヤリと笑った。




 翌朝。

「ごめんくーださーい」

 玄関から亜由美ちゃんの声がして、私は慌てて向かう。

「あ、亜由美ちゃん!?」

「午前中、図書館行くから一緒にと思って」

 亜由美ちゃんは昨日のことなんか無かったかのように朗らかに笑った。

「でも私、学校違うし」

「大丈夫だよ! 村の人ならみんな使っても良い図書館なんだから」

「そうなの? 今用意するから待ってて!」

 そうして私と亜由美ちゃんは、学校にある図書館へ向かい午前中を過ごしたのけど。
 図書館には那奈と他の女子たちがいて、私には針の筵だった。

「ごめんね、比和子ちゃん」

「いや、亜由美ちゃんのせいじゃないし」

 むしろ私といる亜由美ちゃんの方が被害があるんじゃないかと思う。
 帰り道二人で歩いていると、後ろからものすごい勢いで自転車が追い越し、目の前で止まる。
 自転車は二台で、見たことも無い男の子が二人、私たちを見下ろしていた。
 体格からいって、私よりも上級生だ。
 横に居る亜由美ちゃんを見ると、あからさまに嫌な顔をしている。
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