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第三章 すずかけ

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「俺は明日、用事がある。明後日は……」

「豊綱様がいらっしゃいます」

「あぁそうか。だとしたら、明々後日になるか」

「まだ分かんないよ。だって明日亜由美ちゃんとまた約束するかもしれないし!」

「俺よりも弓場との約束を優先するのか!」

「私は玉彦だけのものじゃないんだから良いでしょう!? 我儘ばっかりだったら友達無くすよ!」

「ぐっ……」

 私の言葉に玉彦は怯んだ。
 どうやら痛いところを突いたらしい。

「それに私だってたまには女子と話したいもん」

「俺と話す内容とは違うのか」

「当たり前でしょ。だって玉彦、私とオシャレの話とか、する? しないでしょ」

「まぁ確かに」

「それに恋バナとか……」

「こいばな?」

「恋愛の話」

 私の一言に、玉彦は意外そうに首を捻る。

「子供のお前が恋愛なんかするのか」

「するよ! 今絶賛初恋中だよ!」

 失礼な!
 私には幼馴染の大好きな守くんが居るのだ。

「恋愛とはどんなものだ」

 玉彦の質問に、今度は私が首を捻った。

「玉彦は、人を好きになったことはないの?」

「それは父を思ったり、友を思うこととは違うんだろう?」

「まぁ、女の子に対して?」

「ないな」

「ないの!?」

 そして私は思う。
 玉彦の置かれている特殊な環境について。
 村の人から敬られ、学校もろくに行っていない。
 そしてこの狭い村の世界。
 小さなころから顔見知りしかいないから、恋愛に発展しないのかも。
 あれ? でも私は小さい頃から知っている守君のことが好きだ。
 だったら、環境とかは関係ないのかな。

「それに俺にはそんなもの必要ない」

 玉彦は面倒臭そうに話を切り上げようとする。

「どうして? ゆくゆくは玉彦がこの家を継ぐんでしょ? だったら恋愛しないと奥さん出来ないじゃん」

「好きな人間と結婚すると誰が決めたんだ?」

「は?」

「結婚とは子を残すためだけのものだ。そこに感情は必要ない」

「あんた、なに言っちゃってんの!?」

「少なくとも俺はそう教えられてきた」

 玉彦はそう言って、アップルパイが入ったタッパーを紙袋に入れ立ち上がった。
 私は玉彦が言った事が理解できなくて、目が真ん丸になっていた。

「もう時間だ。帰るんだろう? そこまで送ってやる」

「あ、うん」

 有無を言わさず、玉彦は私を門の外へ送り出した。
 明々後日の約束もせず。





 その夜、私は体調が回復した夏子さんと縁側に座り、スイカに噛り付いていた。
 スイカは裏の井戸の水で芯まで冷やされていてとても美味しかったけど、夏子さんはスイカではなく生のレモンを齧っている。
 妊娠してから無性にレモンやオレンジが食べたくなったそうだ。

「でね、玉彦ってば結婚に恋愛は必要ないって言うんだよ」

「荒んでるわね、玉彦様」

 夏子さんは呆れたように赤ちゃんがいるお腹を撫でた。
 叔父さんと夏子さんは勿論恋愛結婚で、家の両親もそうだ。
 晩御飯の時に聞いたら、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんはお見合いだったけど、結婚してお互いが大好きだからこの年まで一緒に居るんだと思う。

「何の話だ?」

 そこに叔父さんが私を挟んで夏子さんの反対側に座る。
 今日は煙草じゃなくて、私と一緒にスイカを食べるようだ。
 私は叔父さんに夏子さんに話した玉彦のことを同じく話す。

「まぁ、何代もそういうことが続いているからな」

「なにそれ」

 夏子さんが私の代わりに叔父さんに疑問を投げかける。
 私は横で興味津々に耳を傾けた。 

「玉彦様の家は、代々男子が継ぐんだが、稀に女子もいる。それで婚姻の際には外から嫁や婿を迎えるんだが、次代を担う後継ぎが誕生すると、どういう訳か嫁や婿が『いなくなる』」

「いなくなるって、死ぬの?」

 叔父さんは一つ目の三角に切られたスイカを食べると、二個目に手を伸ばした。

「死ぬわけじゃない。家から『いなくなる』んだ」

「行方不明?」

「そうじゃなくて、家から出て行く。どういう理由があるのかは知らんけど、もう何代も前からそういうものだと言われている。だから澄彦様の時も玉彦様を産んだ女性はすぐに家を出たと聞いた」

 私は予想だにしない玉彦の出生を聞いて、後悔した。
 玉彦が言っていた、子を残すためだけの結婚を何代も重ねていたらそれがあの家での常識になってしまっても仕方がない。
 でもそれって、ちょっと寂しい気もする。

「何だか可哀想ね、玉彦様」

「そうだな……。でも澄彦様の愛情を受けてるから、幸せでもあるよ。今どき父子家庭なんて珍しくもない」

 叔父さんと夏子さんがしんみりしたところで、私はご馳走様を言ってお皿を台所に運んだ。
 お母さんが居なくたって、玉彦は玉彦なのだ。
 あの自己中でちょっとめんどくさいツンデレが玉彦なのだ。
 私はさっきの話は絶対に玉彦の前ではしないことを誓った。
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