わたしと玉彦の四十九日間

清水 律

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第三章 すずかけ

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「と、いう訳で明日は無理だから」

 ざっくりと切られた南天さんのアップルパイをいただきながら、わかりやすく膨れている玉彦に私は言う。
 たまには私だって玉彦以外の友達と会っておしゃべりしたいもん。
 なんだかんだ言っても玉彦は男子だし、女同士の他愛もない話なんて出来ないしさ。
 そんな私の思いをよそに、玉彦は無言でお茶を飲んでいる。
 恨めしそうに私を見ながら。

「……弓場か。まぁ良い」

「亜由美ちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるも何も、この狭い村だぞ。同学年で同じクラスだ」

「ちなみにクラスって何クラスあるの?」

 初日の散歩で見かけた学校を思い出してみても、そんなにクラス数が多いとは到底思えなかった。

「二つ」

「少なっ!」

「私、小学校でも四クラスだったよ! 今の中学なんか七クラスだよ」

「無駄に多いな」

 今度は玉彦が驚いていた。

「そんな少ないと運動会とか盛り上がらないんじゃない?」

 私の疑問にアップルパイをタッパーに入れていた南天さんが答えてくれる。
 ちなみにこのタッパーは今日私が返却したもので、また家へのお土産を入れて戻ってくる。

「小中と、それと村内の大人たちも参加しますから、それなりにお祭り騒ぎになりますよ」

「学校行事なのに、大人も?」

「娯楽が少ない土地ですから」

 南天さんは苦笑してタッパーの蓋を閉めた。

「玉彦は運動会出るの?」

「日が合えば」

 玉彦の走る姿を想像して、私は思わず笑ってしまった。
 だって私が知る玉彦は、作務衣で花に水を上げたり、キッチンで生クリームを泡立てていたり木の下で居眠りしてたり、あとは白い着物で偉そうにしている姿だったから。

「お前、中々に失礼な奴だな」

「だって、だって玉彦が走るの?」

 私は笑いが止まらなくなってお腹が痛くなってくる。

「お前よりは絶対に速いぞ」

「そりゃあ男子だもん。私より遅かったら問題だよ」

 玉彦はフイッと部屋から出るとしばらくして、何かの賞状を手に戻ってきた。
 多分運動会の賞状だと思われる。
 渡された賞状を手に取り、目を落とす。

 私はこの時に初めて玉彦の名字を知った。
 そうだよね、玉彦にだって名字はあるよね。
 でも読めない。

 正武家 玉彦

「ただ……」

「しょうぶけ。昔はその武の字は竹であったらしいが、この村に根付く時に武の字に改められた」

 私は昨日通された惣領の間の襖を思い出した。
 竹が描かれていた。
 そっか、その名残で竹が。

 再び賞状に視線を戻し、順位を見る。
 第一位。
 まぁそうだろうなー。
 じゃないと玉彦が持ってくるわけないし。
 そしてその横にあるタイムを私は二度見した。

 13秒36。

 これって、かなり速いなんてものじゃない。
 うちの学校の陸上部並みだ。

「あんた、これ賄賂渡したんじゃないの!?」

「そんなもの渡すか!」

 運動なんて到底しなさそうな玉彦が。
 こんなタイムで走れるなんて。
 私は目からウロコがボロボロ落ちていた。

「文武両道は当家の嗜みだ」

 玉彦はさも当たり前の様に口にして、パイを摘み上げた。
 文武両道って。
 じゃあもしかして。

「頭、良いの?」

「……馬鹿に見えるか」

 馬鹿には見えないけど、常識はなさそうに見える。とは言えなかった。
 私が口ごもっていると、南天さんが不穏な空気を変えてくれた。

「小さな村ですからね。教師の方たちの指導が少ない生徒に対して隅々行き渡るんですよ。中学までは義務教育ですから村の学校に通いますが、高校は外へ行く子も少なくないので、恥ずかしくないようにそれなりのレベルなんですよ」

「村に高校ってありましたっけ?」

 散歩の時には小中学校しか見当たらなかったけど。
 言われて見ればお父さんのあの写真の母校はこの村にあるはずだった。

「一つ山を越えた向こうにありますよ。他の地域の子供もたちも来ますから」

「お前は合格しないだろうがな!」

「なんですって!?」

 憎まれ口を叩く玉彦にイラッとする。
 私はこう見えても頭はそこそこ良いのだ。
 田舎のレベルと一緒にしてもらっちゃ困る。
 何せ中学受験してまで今の学校に入学したのだから。まぁ私は守くんと離れたくないという半分邪な思いもあったけど。
玉彦は再び姿を消して、戻ってくるとその手に細長い紙を持っていた。

 絶対にテスト結果の通知だ。
 私はそれを見て開いた口が塞がらなかった。
 なにこれ。こんなの見たことない。
 それは学校のそれではなかった。
 全国模試の結果だった。
 それもごく最近に行われて、私も参加したけど散々な結果に終わったやつ。
 玉彦は、数学と国語は満点で、その他の教科も九十後半。
 偏差値は全て六十後半から七十越えだった。
 何なの、こいつ。
 呆然とする私に満足げに頷き、玉彦は席に着く。

「ここではそれが当たり前だ」

 いや、違うでしょうよ。
 それにしてもこんなに学校休んでいるのに、なんで。

「学校へ行けない時には、私が教師役です」

 南天さんがにっこりと私の頭の上の疑問符を消してくれる。
 それでもまだ動かない私に、玉彦は思い出したように言ってくる。

「明日は来ないが、明後日はどうするんだ」

 今、それ聞く!?
 私の返事を聞かずに、玉彦は自分のペースで話を進める。
 もう、なんかこの流れに慣れてきた。
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