20 / 67
第三章 すずかけ
2
しおりを挟む「と、いう訳で明日は無理だから」
ざっくりと切られた南天さんのアップルパイをいただきながら、わかりやすく膨れている玉彦に私は言う。
たまには私だって玉彦以外の友達と会っておしゃべりしたいもん。
なんだかんだ言っても玉彦は男子だし、女同士の他愛もない話なんて出来ないしさ。
そんな私の思いをよそに、玉彦は無言でお茶を飲んでいる。
恨めしそうに私を見ながら。
「……弓場か。まぁ良い」
「亜由美ちゃんのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、この狭い村だぞ。同学年で同じクラスだ」
「ちなみにクラスって何クラスあるの?」
初日の散歩で見かけた学校を思い出してみても、そんなにクラス数が多いとは到底思えなかった。
「二つ」
「少なっ!」
「私、小学校でも四クラスだったよ! 今の中学なんか七クラスだよ」
「無駄に多いな」
今度は玉彦が驚いていた。
「そんな少ないと運動会とか盛り上がらないんじゃない?」
私の疑問にアップルパイをタッパーに入れていた南天さんが答えてくれる。
ちなみにこのタッパーは今日私が返却したもので、また家へのお土産を入れて戻ってくる。
「小中と、それと村内の大人たちも参加しますから、それなりにお祭り騒ぎになりますよ」
「学校行事なのに、大人も?」
「娯楽が少ない土地ですから」
南天さんは苦笑してタッパーの蓋を閉めた。
「玉彦は運動会出るの?」
「日が合えば」
玉彦の走る姿を想像して、私は思わず笑ってしまった。
だって私が知る玉彦は、作務衣で花に水を上げたり、キッチンで生クリームを泡立てていたり木の下で居眠りしてたり、あとは白い着物で偉そうにしている姿だったから。
「お前、中々に失礼な奴だな」
「だって、だって玉彦が走るの?」
私は笑いが止まらなくなってお腹が痛くなってくる。
「お前よりは絶対に速いぞ」
「そりゃあ男子だもん。私より遅かったら問題だよ」
玉彦はフイッと部屋から出るとしばらくして、何かの賞状を手に戻ってきた。
多分運動会の賞状だと思われる。
渡された賞状を手に取り、目を落とす。
私はこの時に初めて玉彦の名字を知った。
そうだよね、玉彦にだって名字はあるよね。
でも読めない。
正武家 玉彦
「ただ……」
「しょうぶけ。昔はその武の字は竹であったらしいが、この村に根付く時に武の字に改められた」
私は昨日通された惣領の間の襖を思い出した。
竹が描かれていた。
そっか、その名残で竹が。
再び賞状に視線を戻し、順位を見る。
第一位。
まぁそうだろうなー。
じゃないと玉彦が持ってくるわけないし。
そしてその横にあるタイムを私は二度見した。
13秒36。
これって、かなり速いなんてものじゃない。
うちの学校の陸上部並みだ。
「あんた、これ賄賂渡したんじゃないの!?」
「そんなもの渡すか!」
運動なんて到底しなさそうな玉彦が。
こんなタイムで走れるなんて。
私は目からウロコがボロボロ落ちていた。
「文武両道は当家の嗜みだ」
玉彦はさも当たり前の様に口にして、パイを摘み上げた。
文武両道って。
じゃあもしかして。
「頭、良いの?」
「……馬鹿に見えるか」
馬鹿には見えないけど、常識はなさそうに見える。とは言えなかった。
私が口ごもっていると、南天さんが不穏な空気を変えてくれた。
「小さな村ですからね。教師の方たちの指導が少ない生徒に対して隅々行き渡るんですよ。中学までは義務教育ですから村の学校に通いますが、高校は外へ行く子も少なくないので、恥ずかしくないようにそれなりのレベルなんですよ」
「村に高校ってありましたっけ?」
散歩の時には小中学校しか見当たらなかったけど。
言われて見ればお父さんのあの写真の母校はこの村にあるはずだった。
「一つ山を越えた向こうにありますよ。他の地域の子供もたちも来ますから」
「お前は合格しないだろうがな!」
「なんですって!?」
憎まれ口を叩く玉彦にイラッとする。
私はこう見えても頭はそこそこ良いのだ。
田舎のレベルと一緒にしてもらっちゃ困る。
何せ中学受験してまで今の学校に入学したのだから。まぁ私は守くんと離れたくないという半分邪な思いもあったけど。
玉彦は再び姿を消して、戻ってくるとその手に細長い紙を持っていた。
絶対にテスト結果の通知だ。
私はそれを見て開いた口が塞がらなかった。
なにこれ。こんなの見たことない。
それは学校のそれではなかった。
全国模試の結果だった。
それもごく最近に行われて、私も参加したけど散々な結果に終わったやつ。
玉彦は、数学と国語は満点で、その他の教科も九十後半。
偏差値は全て六十後半から七十越えだった。
何なの、こいつ。
呆然とする私に満足げに頷き、玉彦は席に着く。
「ここではそれが当たり前だ」
いや、違うでしょうよ。
それにしてもこんなに学校休んでいるのに、なんで。
「学校へ行けない時には、私が教師役です」
南天さんがにっこりと私の頭の上の疑問符を消してくれる。
それでもまだ動かない私に、玉彦は思い出したように言ってくる。
「明日は来ないが、明後日はどうするんだ」
今、それ聞く!?
私の返事を聞かずに、玉彦は自分のペースで話を進める。
もう、なんかこの流れに慣れてきた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる