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第三章 すずかけ
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しおりを挟む昨夜の騒動の事の顛末を、お祖父ちゃんはまだ夕方前の明るい時間にお祖母ちゃんと叔父さんに話して聞かせた。
二人とも村に伝わる九児の話は知っていたけれど、実際に目にしたのは初めてで、それはお祖父ちゃんも同じだった。
でも昨夜、私たちは間違いなく遭遇してしまった。
玉彦のせいで。
なぜ九児が現れたのかということよりも、大人たちにとっては私が玉彦の家の本殿に上がったということが大問題らしかった。
事情が全く分からない私は完全に蚊帳の外で、三人の話をぼんやり聞いている。
よくよくさっき玉彦と対面した時のことを思い出せば。
私はなんだかとんでもなく恥ずかしいこともしたし、玉彦からもされたような気がする。
明日、どんな顔でアイツに会えばいいんだろう。
抱きしめられたとき、不覚にも私の胸は少しだけときめいてしまっていたから、なおさら意識してギクシャクしそう。
玉彦からはほんのりと清潔感がある石鹸の香りがしていた。
「ごめんくーださーい」
玄関チャイムと共に女の子の声がする。
「あらぁ、亜由美だな。比和子、ちょっと頼む」
三人はまだ話しの途中だったので、言われるがまま私は玄関に向かった。
亜由美って、お隣の私と同じ年の女の子だよね。
初対面の印象は大事だから、私は出来るだけにこやかに登場する。
「はーい」
「隣の弓場です。お母さんがこれって」
玄関に行くとドアを開ける前に亜由美ちゃんと思われる女の子はもう、中に入っていた。
鍵を掛けていない家も悪いけど、開けて入っちゃうのはいかがなものか。
これも田舎あるあるなのかな。
亜由美ちゃんは、まさかの私の予想通り黒髪の三つ編み乙女だった。
小麦色で健康的な肌に、少し垂れ目で大きな目。
ちょっとそばかすがあるのは愛嬌だ。
身長は私と同じくらいでほっそりしていた。
そして学校帰りなのか、黒いセーラー服だった。
「あ、すみません」
私は亜由美ちゃんから重そうなビニール袋を受け取り中を見ると、じゃがいもがいっぱい入っていた。
「もしかして、お孫さん?」
「あ、上守比和子です」
「弓場亜由美です。よろしくね~」
そう言って亜由美ちゃんは片手を差し出したので、私はその手を取った。
「やわらかーい」
「へ?」
「都会の子は畑仕事なんかしないから、綺麗な手だね~」
これは嫌味なんだろうか。
でも亜由美ちゃんはしげしげと私の手を見て摩る。
悪気はなさそうだ。
「明日何しとるの?」
ふと顔を上げた亜由美ちゃんは楽しげに笑っている。
明日は、南天さんのアップルパイが……。
「明日は、玉、じゃない、ちょっと用事があって出かけるんだけど」
私は玉彦の名を出さないように言い直した。
お祖父ちゃんたちや村長さんの様子を見ていると、「玉彦」というキーワードは諸刃の剣だ。
敬られる対象であると共に畏怖でもあるから。
「そうなんかー。うち明日から夏休みだから、明後日会えんかなー?」
「良いよ!女の子のお友達、嬉しい!」
「じゃあ明後日迎えに来るねー」
私は帰る亜由美ちゃんを玄関を出て、家の垣根のところまで送る。
そして姿が豆粒くらいになるまで手を振っていた。
お隣さんまでの距離、五百メートル。
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