上 下
19 / 67
第三章 すずかけ

しおりを挟む

 昨夜の騒動の事の顛末を、お祖父ちゃんはまだ夕方前の明るい時間にお祖母ちゃんと叔父さんに話して聞かせた。
 二人とも村に伝わる九児の話は知っていたけれど、実際に目にしたのは初めてで、それはお祖父ちゃんも同じだった。

 でも昨夜、私たちは間違いなく遭遇してしまった。
 玉彦のせいで。
 なぜ九児が現れたのかということよりも、大人たちにとっては私が玉彦の家の本殿に上がったということが大問題らしかった。
 事情が全く分からない私は完全に蚊帳の外で、三人の話をぼんやり聞いている。

 よくよくさっき玉彦と対面した時のことを思い出せば。
 私はなんだかとんでもなく恥ずかしいこともしたし、玉彦からもされたような気がする。
 明日、どんな顔でアイツに会えばいいんだろう。
 抱きしめられたとき、不覚にも私の胸は少しだけときめいてしまっていたから、なおさら意識してギクシャクしそう。
 玉彦からはほんのりと清潔感がある石鹸の香りがしていた。

「ごめんくーださーい」

 玄関チャイムと共に女の子の声がする。

「あらぁ、亜由美だな。比和子、ちょっと頼む」

 三人はまだ話しの途中だったので、言われるがまま私は玄関に向かった。
 亜由美って、お隣の私と同じ年の女の子だよね。
 初対面の印象は大事だから、私は出来るだけにこやかに登場する。

「はーい」

「隣の弓場です。お母さんがこれって」

 玄関に行くとドアを開ける前に亜由美ちゃんと思われる女の子はもう、中に入っていた。
 鍵を掛けていない家も悪いけど、開けて入っちゃうのはいかがなものか。
 これも田舎あるあるなのかな。

 亜由美ちゃんは、まさかの私の予想通り黒髪の三つ編み乙女だった。
 小麦色で健康的な肌に、少し垂れ目で大きな目。
 ちょっとそばかすがあるのは愛嬌だ。
 身長は私と同じくらいでほっそりしていた。
 そして学校帰りなのか、黒いセーラー服だった。

「あ、すみません」

 私は亜由美ちゃんから重そうなビニール袋を受け取り中を見ると、じゃがいもがいっぱい入っていた。

「もしかして、お孫さん?」

「あ、上守比和子です」

「弓場亜由美です。よろしくね~」

 そう言って亜由美ちゃんは片手を差し出したので、私はその手を取った。

「やわらかーい」

「へ?」

「都会の子は畑仕事なんかしないから、綺麗な手だね~」

 これは嫌味なんだろうか。
 でも亜由美ちゃんはしげしげと私の手を見て摩る。
 悪気はなさそうだ。

「明日何しとるの?」

 ふと顔を上げた亜由美ちゃんは楽しげに笑っている。
 明日は、南天さんのアップルパイが……。

「明日は、玉、じゃない、ちょっと用事があって出かけるんだけど」

 私は玉彦の名を出さないように言い直した。
 お祖父ちゃんたちや村長さんの様子を見ていると、「玉彦」というキーワードは諸刃の剣だ。
 敬られる対象であると共に畏怖でもあるから。

「そうなんかー。うち明日から夏休みだから、明後日会えんかなー?」

「良いよ!女の子のお友達、嬉しい!」

「じゃあ明後日迎えに来るねー」

 私は帰る亜由美ちゃんを玄関を出て、家の垣根のところまで送る。
 そして姿が豆粒くらいになるまで手を振っていた。
 お隣さんまでの距離、五百メートル。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【R15】メイド・イン・ヘブン

あおみなみ
ライト文芸
「私はここしか知らないけれど、多分ここは天国だと思う」 ミステリアスな美青年「ナル」と、恋人の「ベル」。 年の差カップルには、大きな秘密があった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私と玉彦の六隠廻り

清水 律
ライト文芸
『わたしと玉彦の四十九日間』の続編となります。 あの夏から四年後。 高校二年生になった比和子の前に、御倉神が現れる。 御倉神に誘われ、再び鈴白村を訪れた比和子。 懐かしい人々との再会も束の間、正武家表門の石段にて『六隠廻り』の宿命を背負わされるはめになる。 変わりゆく玉彦との関係に悩みつつ、比和子の奇々怪々な夏休みが再び幕を開ける。 ※完結まで予約投稿済です。 ※今作品はエブリスタでも掲載しています。  現代ファンタジージャンル一位を獲得させて頂いております。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夏の嵐

萩尾雅縁
キャラ文芸
 垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。  全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

月曜日の方違さんは、たどりつけない

猫村まぬる
ライト文芸
「わたし、月曜日にはぜったいにまっすぐにたどりつけないの」 寝坊、迷子、自然災害、ありえない街、多元世界、時空移動、シロクマ……。 クラスメイトの方違くるりさんはちょっと内気で小柄な、ごく普通の女子高校生。だけどなぜか、月曜日には目的地にたどりつけない。そしてそんな方違さんと出会ってしまった、クラスメイトの「僕」、苗村まもる。二人は月曜日のトラブルをいっしょに乗り越えるうちに、だんだん互いに特別な存在になってゆく。日本のどこかの山間の田舎町を舞台にした、一年十二か月の物語。 第7回ライト文芸大賞で奨励賞をいただきました。ありがとうございます、

処理中です...