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第二章 くらやみ
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しおりを挟む「夏子、部屋にいろ」
襖の前に居た夏子さんを押し退けて、叔父さんが私の両肩を掴んだ。
「落ち着いて。見間違いじゃないのか?」
「だって、いたもん!」
叔父さんは私が飛び出してきた部屋に入り、窓を開け身を乗り出し外を見る。
「どの辺?」
「ここから五本目くらいの電柱だよ」
「……いない」
「うそ!」
私は叔父さんの横から、先ほどの子供がいた辺りを見たけれど確かに何も無かった。
「いたのに……」
あの姿。
目に焼き付いて離れない。
造り物でも見間違いでもなくて、確かにあれはあそこに居たのに。
きつく握りこぶしを作り、俯いていた私に叔父さんは溜息をつく。
そして叔父さんは押し入れから布団一式を取り出すと、こう言ってくれた。
「今夜は川の字で寝よう」
翌日。
私は何もすることがなく、朝から夏休みの宿題に取り掛かっていた。
今日と明日は玉彦の家に行かなくてもいいし、この二日間で全部仕上げるつもり。
玉彦の家に行かないことをお祖父ちゃんに言うと、複雑そうだったけど、でも安心した様だった。
黙々と、ただひたすらに数学の問題を解いていく。
そうすれば昨晩見たあれを忘れられそうな気がして。
でも没頭すればするほど、頭の隅にあるそれが鮮明になっていく。
前よりも近付いて来てた。
もしかしたら、今日はもっと近くに……。
そのうち家の前まで来てしまうんじゃないだろうか。
だとしたら……。
私はそこまで考えて、固く目を閉じた。
大丈夫。
きっと、大丈夫。
たいていこういう時は、大人の側にいれば何事も無いのがお決まりだ。
しばらくは叔父さんたちには申し訳ないお邪魔虫だけど、一緒に寝てもらおう。
何だったらお祖父ちゃんたちでも。イビキうるさいけど。
私は夜のことを考え過ぎて、結局夏休みの宿題は半分もこなせなかったのだった。
夜になって私は叔父さんたちの部屋に置きっぱなしにしていた、布団を敷く。
大人たちはまだ下に居て、テレビを見ていた。
私は一足先に布団に潜り込んで、スマホをいじっていた。
しばらくすると充電が無くなってきたので、部屋に充電器を取りに行くことにしたのだけど、どうにもこうにも嫌な予感しかしない。
窓の方を見てしまうと、あれがいるかもと考えてしまい部屋に行くのが怖い。
そこでふと玉彦から貰った御札のことを思い出した。
玉彦の御札がどれくらいご利益があるのかわからないけど、無いよりはマシだ。
気持ち的に。
そしてその御札はというと、部屋の私のバッグの中だった。
窓から姿が見えないように、私は部屋の中にしゃがみながら入る。
バッグを漁り御札が入っている封筒を見つけ出して、机の上に置きっぱなしにしていた充電器を手を伸ばして確保する。
ほっとしたのもつかの間。
「何やってるの?」
心配した夏子さんが様子を見に来てくれたみたいで、部屋の中で挙動不審な行動をしていた私に声を掛ける。
そして電気をつける。
私の間抜けな恰好に、夏子さんは笑いを堪えていた。
その彼女の手には何故か百均で売っているような双眼鏡。
まさかまさか。
「昨日子供いたって言ってたでしょう? 私目が悪いから、これなら見えるんじゃないかと」
「止めた方が良いよ! お腹の赤ちゃんに良くないよ!」
「でも見てみたいじゃない? 私そういうの見たことないのよ」
夏子さんはそう言うと、すたすたと窓に寄り、双眼鏡で外を眺めはじめた。
しゃがんだまま夏子さんの足元に行き、上を見上げると口を尖らせて不服そうな顔をしていた。
「いないわねぇ」
いない方が良いよ!
夏子さんは残念そうに双眼鏡を机に置くと、部屋を出て行った。
私はいないと言う夏子さんの言葉を信じ、立ち上がる。
何か急に馬鹿らしくなってきた。
電気を消して机の上の双眼鏡を持って、部屋を出ようとした。
その時。
気分的にカーテンを開けたままだと気持ち悪いので、とりあえず閉めようと思った。
そして止せばいいのに、私は双眼鏡を使って外を見てしまったのだった。
だって、夏子さんはいないって言ったし、私もいないことを確認して安心したかったから。
最初の地点を見てみる。
双眼鏡は凄く良く見えて、電柱の張り紙まで読めた。
そして昨日の地点。
やっぱりいない。
で、私が予想した昨日よりも近い地点。
……いない。
いないじゃん!
安心した私はそこから家までの道を双眼鏡で辿る。
あ。
一瞬だった。
ほんの一瞬。黒いのを捉えた瞬間。
『目が合った』
双眼鏡のレンズの向こうにそれを見つけた。
全然家の近くに来ていた!
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