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第二章 くらやみ
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しおりを挟む「来い」
玉彦に言われるがまま付いて行くと、彼は正面の木の階段をサンダルを脱いで上がり、建物の扉を開ける。
「え、大丈夫なの?」
「良い」
私は恐る恐る玉彦の陰に隠れて、中を覗く。
中はがらんとしていて、奥にしめ縄や、白い紙がぴらぴらしている祭壇があった。
足が竦む私の手を再び玉彦は握ると、中へ進む。
私の家の近所の町内会館くらいの大きさの部屋の奥に辿り着くと、玉彦はぎゅっと手を一度力強く握ってから離した。
そして祭壇に向かって何か呟くと、目を閉じた。
私は玉彦の長いまつ毛に嫉妬しつつ、なんとなく同じく目を閉じて手を合わせる。
なにかお願いした方が良いのかな。
お母さんが無事に弟を産めますように。
お父さんが無事に帰ってきますように。
夏休みの間、無事に過ごせますように。
私がかなり真剣にお願いしていると、ふと視線を感じて目を開ける。
横に居た玉彦が私を眩しそうに見つめていた。
「何を、願った?」
「言ったらご利益無くなるじゃん」
「そんなことはない。俺はお前がここにいるよう願った」
「なにそれ。夏休み終わったら帰るよ」
「……そうだな」
玉彦は寂しそうに笑うと身を翻し、数歩進んだ。
そして忘れたと言わんばかりに戻ってきて、何故か私の手を掴んで本殿を出た。
私が思うに、玉彦はスキンシップが多いから寂しがり屋さん何だと思う。
これが初恋相手の守くんだったら、もっと嬉しかったのにな~。
お屋敷に戻った私たちは、南天さんが居る台所へ入り、ケーキ作りを手伝った。
台所はこの屋敷に似つかわしくなく、最新式のシステムキッチンが無理矢理作られていた。
そういえばこの家には、玉彦と南天さんしかいない。
お父さんである澄彦さんはどこかへ行っているみたいだし、お母さんの話は一切無い。
私も空気を読んで、聞かない。
こんなに広いのにお手伝いさんもいないみたいだし、掃除とかどうしているんだろう。
そりゃあこんな環境だったら、私みたいな暇人が来ただけでも楽しいよね。
生クリームを一生懸命かき混ぜる玉彦の前髪があまりに乱れていたので、私は自分の髪を結んでいた赤いゴムで彼の頭にちょんまげを作りながら、そう思った。
夕方。
無事に完成したケーキを平らげて、私は玉彦の家の門の前に立っていた。
「また明日も待ってるぞ」
「うん」
私は腕組みをする玉彦を見て、顔を横に背ける。
玉彦は気にならないのか、ずっとちょんまげのままだった。
「なんだ」
「いや、何でもないよ。そのゴムあげる」
私は手を振り、玉彦はそれを見送る。
今日も彼は、門の外へ一歩も出なかった。
石段を降りていくと、たまたまそこを通りがかった中学生の集団に出くわした。
上から来た私に彼らは足を止め、じっと見ている。
何だか気まずくて、私は地上に着くとそのまま走り出した。
何も後ろめたいことがないのに、私は全速力だった。
家に帰り、お風呂で一息ついてから、私はお祖父ちゃんたちと夕食を摂り、八時前にはもう部屋に戻っていた。
お布団を敷いて、ごろりと横になる。
友達とlineで田舎の愚痴を語りつつ、学校での話を聞いていると無性に帰りたくなった。
私がいなくても、私がいた場所は変わらずに存在して、みんな生きている。
その輪の中に帰りたい。
涙が込み上げてきて、私は枕に顔を埋める。
これがホームシックというやつか。
鼻をかみに起き上がって、ふとカーテンを閉め忘れていたことに気付き窓に近寄る。
窓の外は暗闇で、あぜ道に沿って街灯がポツリポツリとあるだけだ。
ぼんやりと景色を眺めていると、何かが動いた。
かなり向こうの街灯の下。
ようく目を凝らしてもやっと見えるくらいの距離。
犬か猫か、お祖父ちゃんがよく見かけるタヌキか。
それくらいの大きさの、黒い塊。
その塊は、街灯からこちらへ移動して、灯りが消える辺りで一瞬姿を見失う。
そして一つ近付いた街灯の灯りの下に姿が現れると思いきや、いつまでたってもそれは街灯の下には現れなかった。
横にそれて畑に入ったのかな。
私はカーテンを閉めて、鼻をかみ、そのまま布団に潜り込んだ。
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