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第一章 たまひこ

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 お祖父ちゃんの家のお風呂は木で出来ている。
 所々黒くなっているとこもあるけど、汚くはない。
 一緒に入ると駄々をこねたお祖父ちゃんを何とか説得した私は、一人ゆっくり湯船につかる。

「ふいぃ~」

 少し熱めのお湯はじんわりと身に染みる。
 今日は一杯歩いた。
 ふくらはぎを軽く揉みつつ一日を振り返る。

 午前中は特に暑いこと以外何もなかったけど、午後はそれなりに楽しかった。
 お父さんの昔を垣間見れたのも収穫だったし、今度お父さんに会ったら色々聞いてみよう。

 あとは、玉彦。
 アイツのおかげで明日の予定は出来たし、退屈しなくて済みそうだ。
 それにしても、玉彦って何なんだろう。
 時代遅れの髪形に、不登校。
 いじめじゃないって本人は怒っていたけど、あの性格じゃあねぇ。
 顔は良いのにあの残念な命令口調だったら、みんな嫌気が差すよ。
 写真の中の澄彦さんはあんなに人懐っこそうで、良い人に見えるのに。


 お風呂上りに夏子さんが用意してくれていたフルーツのミックスジュースを腰に手を当て一息に飲み、私はもう酒盛りが始まっているお祖父ちゃんたちが座る大きなちゃぶ台に加わる。
 今日はお刺身と肉じゃがとサラダだ。
 昨日のような豪華な食事も良いけど、私はどちらかというとこういう普通のが好きだ。

「いただきまーす」

「おう食え食え」

 お祖父ちゃんの合いの手をもらって、私の箸は進み始めた。
 お祖父ちゃんと叔父さんは缶ビールを片手に、テレビのニュースを見て文句を言っている。
 お祖母ちゃんは今日の井戸端会議の内容を、一方的に夏子さんに話していた。
 私はいつもお母さんと二人きりの食卓だから、こういう賑やかな晩御飯はすごく楽しい。
 そのうち大人たちのそれぞれの話に一区切りがついたころ、私の箸は止まった。

「ごちそうさまでしたー。美味しかったー」

 私はお腹をポンポン叩き、満面の笑み。

「でしょー。お昼過ぎにお刺身買いに行った甲斐があるわー」

 お皿を片付けながら夏子さんが嬉しそうに言う。
 話を聞けば、山一つ向こうに海があって、そこでお魚とかを買うみたいだった。
 保冷袋が必需品だと夏子さんは苦笑い。

「比和子ちゃんも一緒にお買い物行こうと思ったんだけど、お昼からどこ行ってたの?」

 お祖母ちゃんたちが片付けるのを手伝いながら、私はお父さんのアルバムを見たことを話した。

「でね、その澄彦さんが居た石段を見に、そこまで歩いて行ったんだよー。昨日お祖父ちゃんが手を合わせてたとこ」

 私がそう言うと、四人の大人たちは時間が止まったかのように、動きをそのまま止め、私を凝視した。

「あそこ行ったのか? 一人でか?」

 お祖父ちゃんは空気が抜けたかのような声を出して聞いてくるものだから、私は直感的に行ってはいけないところだったのだと悟る。
 ヤバい。怒られる。

「うん……。一人で。だって知り合いなんていないし」

「それで、どこから……上には行ったのか?」

「え? 普通に石段登って行ったよ?」

「登ったんか!」

「うん……。で、南天さんと玉彦に会ってきたよ。玉彦と麦茶飲んで、また明日来いっていうから行こうと思うんだけど、行っちゃいけないなら行かないよ……」

 私はお祖父ちゃんたちの顔色を窺いつつ、登った先で怒られなかったことをアピールする。
 するとお祖父ちゃんは持っていたビールの缶を、すこーんと落とした。
 慌てて夏子さんがふきんを取りに走る。

「比和子……。身体は何ともないか?」

「え? うん、何ともないよ」

「玉彦様に会ったのか……」

「うん。アイツ、何か凄い偉そうだったけど」

 私がそう言うと、お祖父ちゃんは息を飲んだ。

「罰当たりなこと言っちゃいかん!」

 お祖父ちゃんはお祖母ちゃんや叔父さんと目配せすると、ブツブツと何か言い出す。

「比和子が石段から……。玉彦様に……」

「お、お祖父ちゃん?」

「明日もお伺いする約束をしたんだな? 何時だ?」

「朝から。夜までいろって言っていたけど、それは断ったよ」

「断ったんか!」

「当たり前じゃん! 子供が夜まで遊んでるって、ダメじゃん!」

 私、間違ったこと言ってる!?
 言い返すとお祖父ちゃんは黙りこくって、茶の間はシーンと静まり返る。
 しばらくしてお祖母ちゃんが口を開いた。

「村長さんに相談した方が良いんじゃないのかの?」

「そうだな……。夏子、車出せるか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 夏子さんは妊娠中だから、お酒を飲んでいない。
 そんな彼女に車の運転を頼み、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんは早々と村長さんの家へ行ってしまった。
 家には、私と叔父さんが残された。

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