3 / 67
第一章 たまひこ
2
しおりを挟む「比和子、あれ見てみろ」
お祖父ちゃんはくわえ煙草で片手でハンドルを握りながら、右手を指差した。
そこは大きな大きな赤い鳥居のある神社だった。
「あそこは村の神社で、八月になったらお祭りがあるんだぞ」
「へぇ~」
こんな小さな村でお祭りって言っても、たかが知れてる。
私が住む通山のお祭りの方が大きいもん。
「隣の家の亜由美と一緒に行けばいいぞ~」
「誰、亜由美って」
「隣の家の亜由美だ~。比和子とおんなじ年の」
「そんな子、居るの?」
私は思わずお祖父ちゃんを見る。
「おぉ~。時々家の畑も手伝ってくれる良い子だ~」
畑の手伝いをする、中一女子。
なんかさ、ダサい。
めっちゃ三つ編みの色黒の、モンペを穿いた子を思い浮かべてしまった。
さすがにモンペはないかぁ。
「ただ、まだ学校が夏休みでないから、遊べんと思うがな」
「ふーん」
そうなんだ。
私はお母さんの入院の都合で、七月の半ばから皆より一足先に夏休みになった。
まだ皆、学校に行ってる。
得した気分になるけど、内容がスッカスカなので素直に喜べない。
「お、比和子。あっち見ろ」
今度は左手を指差すお祖父ちゃん。
視線をその先に合わせると、真っ白な塀で囲まれた日本家屋の屋根が見える。
そこだけがまるで異質に感じる。
「あそこは川下の屋敷だ。絶対に近寄っちゃ駄目だぞ」
「川下さん?」
お祖父ちゃんは眉間に少しだけシワを刻む。
「川の下方のある屋敷だから、川下の屋敷だ。誰が住んでんのかお前は知らなくてええ」
「……わかった」
私はお母さんの言葉を思い出す。
『しきたりを守る』
これがきっとお母さんの言っていた、しきたりの一つなんだ。
それから家に到着するまでの間、いくつか危ない場所、入ってはいけないところなどお祖父ちゃんが教えてくれた。
私は素っ気ない振りをしながら、頭の中で必死に覚えていた。
知ってる土地ならすんなり覚えられるけれど、知らない土地の、見たことも無い場所を覚えるのは大変だった。
最後にお祖父ちゃんは家の近くの長い長い石段の前に軽トラを停めた。
そこは小さな山みたいになっていて、山頂に向かって見上げるくらいの高さまで続く石段があり、天辺に何があるのかはわからない。
階段の始まりに石灯籠が一組。
色とりどりの切り花が飾られている。
「比和子、一回降りろ」
「うん」
言われるがまま軽トラから降りた私は、石段の前に立つお祖父ちゃんに並ぶ。
「登るの?」
「いや、登らん」
するとお祖父ちゃんは両腕を広げ、パンッと一度手を合わせた。
そして合わせた手をそのままに、石段を拝み始める。
私はどうしていいのかわからなくて、とりあえずお祖父ちゃんと同じようにしてみた。
「宜しくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
誰に何をよろしくお願いするのか解らないまま、頭を下げた。
するとその時、ふわりとそよいだ風が切り花の香りを私に運んだ。
不意に石段を見上げれば何となく懐かしいような、それでいて恐ろしいような感情が渦巻く。
「よし、行くぞ」
「え、もういいの?」
「ま、今日は良いだろう。また改めて、な」
お祖父ちゃんは運転していた時と違って、神妙な顔をしていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
女難の男、アメリカを行く
灰色 猫
ライト文芸
本人の気持ちとは裏腹に「女にモテる男」Amato Kashiragiの青春を描く。
幼なじみの佐倉舞美を日本に残して、アメリカに留学した海人は周りの女性に振り回されながら成長していきます。
過激な性表現を含みますので、不快に思われる方は退出下さい。
背景のほとんどをアメリカの大学で描いていますが、留学生から聞いた話がベースとなっています。
取材に基づいておりますが、ご都合主義はご容赦ください。
実際の大学資料を参考にした部分はありますが、描かれている大学は作者の想像物になっております。
大学名に特別な意図は、ございません。
扉絵はAI画像サイトで作成したものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
時戻りのカノン
臣桜
恋愛
将来有望なピアニストだった花音は、世界的なコンクールを前にして事故に遭い、ピアニストとしての人生を諦めてしまった。地元で平凡な会社員として働いていた彼女は、事故からすれ違ってしまった祖母をも喪ってしまう。後悔にさいなまれる花音のもとに、祖母からの手紙が届く。手紙には、自宅にある練習室室Cのピアノを弾けば、女の子の霊が力を貸してくれるかもしれないとあった。やり直したいと思った花音は、トラウマを克服してピアノを弾き過去に戻る。やり直しの人生で秀真という男性に会い、恋をするが――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる