私と玉彦の暗闇の惨禍、或いは讃歌

清水 律

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番外編 緑林と次代様のお話

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 双子というものは、たぶん他人が思っているよりも繋がりが強い。 

 同じ姿格好で、思考も似ている。というか同じことが多い。 

 特に小さく、まだ理性が育っていない頃はシンクロ率が高い。 

 しかし。

 それぞれが成長して、違う経験をし、違うことについて考えることが多くなっていけば、シンクロ率は落ちていく。 

 姿格好は同じでも、思考回路は別の発達をするのだ。 



 私が住む緑林村《りょくりんむら》という村は、その名が表す通り、緑の木々が溢れる村である。 
 なので林業を生業とする家が多く、私の家も多分に漏れない。 
 今年の三月に美山高校を卒業した私は進学することもなく、村の役場に勤めだした。 
 といっても本格的にバリバリとキャリアウーマンになってやるぞ、というノリではなくて、流れに流されて仕方なく。 
 本音を言ってしまえば、お父さんの後ろにくっ付いて林業をしたかったのだけど、女の子には無理だという周囲の反対もあり、こうして日がな一日役場の窓口で笑顔を無駄に振りまいていた。 
 しかし、所詮《しょせん》は村の役場、なのである。 
 窓口に座っていても、笑顔が無駄になることの方が多かった。 と、思っているのは私だけで、実際はこの村や他村のお年頃の男性に『この子、大人になりました』とお披露目しているのである。 
 古くからどういう訳か村内で結婚するのが当たり前になっていて、そんなんじゃ血が濃くなるのではないかと思うんだけど、緑林村を含む五村《ごそん》と呼ばれる村々の中で上手いこと循環し、進学の為に外に出ていた人はそこでお嫁さんやお婿さんを迎えてこの土地に戻って来ていたので、変なことにはなっていないのが実情だ。 

 私もそんな村のいつも通りの流れに乗っかって、こうしてお声が掛かるのを待っている。 
 好きな人がいればその人と、とは思うけど。 
 悲しいかな。 私には彼氏と呼べる男がいなかった。 
 高校の時にはいたけれど、彼は私と別れ、都会へと進学の為に村から飛び立ってしまった。 
 そんな感じで腰掛け程度の村役場で、結婚相手を見つけ、寿退社するのが目下私の目標である。




「冴島さん。お疲れ様ー」 

「お疲れ様でしたー」 

 って何にも疲れてないけどね、と心の中で自虐的にツッコミを入れて、私は帰り支度を早々に終えて帰途に着く。 
 徒歩で寂れた商店街を抜けて山道に入り、うねりまくった先にある我が家。 
 古い木造二階建てだけど、無駄に横に広いのは、親方として弟子を抱えるお父さんのせいだ。 
 庭先に停められた引っ越し用のトラックの脇を通り玄関に入れば、見事な嫁入り道具に行く手を阻まれケリを入れたくなる。 
 今どき桐箪笥三つに鏡台、その他何に使うのか色々と煌びやかな調度品、茶の間には着物や反物が溢れかえっていた。 

「おかーさーん。邪魔だから片付けちゃってよ」 

 私がバッグをソファーに放り投げて台所を覗けば、お母さんはエプロンで濡れた手を拭きながらしかめっ面をする。 

「明日の朝には全部お屋敷に持って行くから今日まで我慢してちょうだい」 

 解かりきっていた返事が返って来て、私は足音を盛大にさせて二階へと行く。 
 そして部屋のドアを開けると、そこには私と同じ顔の女の子が顔を伏せて本を読んでいた。 
 腰まで伸ばした艶やかな黒髪に映える色白の肌。 
 怜悧で切れ長な二重の瞳は憂いを含んでいて、同じ顔の私ですらドキリとする。

「おかえり」 

「あ、ただいま。てゆーか勝手に私の部屋に入らないで」 

「でも私の部屋、荷物が一杯なんだもの」 

「だからって……。茶の間に居れば良いじゃないの」 

 私がそう言えば、妹は本を閉じて溜息を吐く。 

「だって、お父さんがもう軽々しく他の男に姿を見せるなって言うんだもの」 

「かぐや姫かっ! あんたと同じ顔の私がうろちょろしてるんだから、意味ないでしょ」 

 服をベッドに脱ぎ捨て下着のままでベッドに倒れ込む。 
 枕に顔を埋めて、私は無言で叫び声を上げた。 
 結婚。妹に先を越された……。 
 てゆーかまだ確定ではないけど。 

 妹は五村の一つ、鈴白村《すずしろむら》にある名家の正武家《しょうぶけ》様の惣領息子の花嫁候補になった。 
 姉である私は家を継ぐ跡取りを迎えねばならず、妹に白羽の矢が立ったのだ。 
 花嫁候補だから、花嫁ではない。 
 妹はこれから、五村から集められる他の花嫁候補四人と妻の座を競うのだ。

 いつの時代かと思うけど、古くからの仕来りなので誰も文句を言わない。 
 というか、選ばれれば村内で一目置かれ、多大な援助などを得られ、その地位が約束される。 
 だから妹が候補になったと聞かされた両親や緑林村の皆は狂喜乱舞のお祭り騒ぎだった。 
 妹の美しさならば、必ずや惣領息子様の心を射止めるだろうって。 
 しかも他の村の花嫁候補を偵察しに行った若い衆が太鼓判を押したものだから、家には気が早い人々から お祝いの品が届く始末だった。 

 呻き声を漏らした私の背中を優しく擦っている妹は、確かに美しい。 
 でも、私だって同じ顔なのだ。 
 だったら私だって……。 
 浅ましい考えが頭を過り、増々凹む。 

「お姉ちゃん……」 

「なによ!」 

「お嫁になんか、行きたくない」 

「はぁ!?」 

 飛び起きた私の目に映ったのは、肩を震わせて涙を堪える私だった。 

「好きでもない人と、結婚したくない」 

「え、でも、だって、それは」 

「私は和くんが好き」 

「うっ……」 

 和くんとは、お父さんの一番弟子でゆくゆくは一人立ちをして、少なくなりつつある林業を担う人材だ。 
 当初、私と和くんとの縁談が持ち上がったけれど、それでは家が一つ存続するだけで増えないという理由から破談になった経緯がある。

「でも、正武家様の惣領息子様はすんごいカッコいいっていうし、好きになるわよ」 

「見た目は関係ない」 

 確かに。 
 和くんは山の男で、見た目は熊そのものだ。 
 でも気は優しくて力持ちを地でいく男だ。 
 正直に告白してしまえば、私の初恋はその和くんだ。 
 だから妹が彼に惹かれるのは良く解る。 
 呆気に取られていた私の手を両手で握った妹は、潤む瞳を私に向ける。 

「お姉ちゃん。一生の、お願い!」 

「無理無理無理無理。絶対無理」 

 彼女が何を言わんとしているのか、双子の私には解かってしまう。 
 だからお願いを口にされる前に、私は全力で拒否をした。 
 お姉ちゃんの私は、妹のお願いは出来るだけ聞いてあげることにしていた。 
 だって、お姉ちゃんだもん。 
 だからって今回のお願いを聞くわけにはいかなかった。 
 さすがに『あの』正武家様を騙す片棒を担ぐわけにはいかない。 
 万が一バレたら、一族郎党の首が飛ぶ。 いや、マジで。 

「私たちが黙っていれば、誰も気が付かないよ……?」 

「でも、無理。駄目」 

「お姉ちゃん……」 

 妹の手を振り払い、私はベッドに潜り込んですすり泣きが聞こえないように頭から布団を被って枕を乗せた。


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