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番外編 鈴木和夫のお話

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 通山市七条東一丁目一番地。 

 白亜の外壁に青い屋根の新築一軒家。五LDK。 

 そこには新築に似つかわしくなく、若い男三人が住んでいた。 

 どこか偉そうなサラッサラのストレートロングで目鼻立ちが整った美丈夫。 
 いつも一歩引いたところから人間を観察し、人を小馬鹿にする様に鼻で笑う眼鏡。 
 常に笑顔で人あたりは良いが、実のところ影では女遊びに勤しむ遊び人。 

「何をしている」 

「うっは。玉様。推理小説風な出だしで日記をつけてた」 

「他人の家で日記を書くものではない。日記とは一日の終わり、夜の眠りにつく前に書くものだ」 

 そしてこの美丈夫、古風な話し方で考え方も古臭い。 
 髪を伸ばしチャラついているのかと思いきや、染めることもせず赤いゴムで後ろで結んでいる。 
 リビングのローテーブル前で座っていたオレを見下ろし、珍しく苛立たし気にしている。 

「いつ書こうがオレの勝手だろうがよ。何かあったらその場で書いておかないと忘れるんだよ」 

「それは貴様の都合だろう。さっさと帰れ。俺と豹馬は帰る。須藤はまだ戻らぬし、お前を一人家に置いて行くわけにはゆかぬ」 

「どこに帰るの? 家、ここじゃん?」 

「実家だ。毎週末は帰宅すると決めている。時間が惜しい。早く出て行け」 

 何故か紺色の着物に着替えて袖の中で腕組みをしてオレを見下ろした正武家玉彦は、人の首根っこを掴んで立ちあがらせた。 
 立ち居振る舞いも古風だけど、名前も古風だ。 
 しかも何故かあだ名が『玉様』、もしくは『玉彦様』。 
 どうして同い年のコイツに様なんか付けなきゃいけないんだと思いつつ、何故か馴染んでいる。 
 とにかくこの玉様と御門森、須藤に関しては『何故か』ということを冒頭に付けないと話が進まない。 
 そしてその何故かの理由を知りたいと思っても、そういうものだから、という返事しか返って来ないのでこちらとしては無理矢理納得するしかないのが現状だ。 

「実家ってどこよ?」 

「鈴白村という田舎だ」 

「聞いたことも無いな。どこよ?」 

「ここより数時間離れた場所にある。そんなことはどうでもよい。早く帰れ」 

 玉様の、実家。 
 この不思議な人間が生まれ育った田舎。 
 オレは激しく興味を引かれ、帰省する二人にくっ付いて行くことに決めた。 

「おい。ふざけるな」 

 オレがスマホに認《したた》めていると、後ろから覗き込み勝手に読んだ玉様が突っ込んでくる。 
 人の日記を読むなよ。  

「いいじゃん。オレ、この連休暇なんだよ。連れてってくれよ」 

「断る」 

 交渉の余地なしな返事など気にせずに、オレは玄関に向かい、一軒家の前に停めてある黒い高級車に乗り込んだ。 
 なんだって大学生風情が高級車に乗れているのか。 
 しかも新築一軒家。 
 須藤の話だと卒業すれば売り払うか貸し出すようだ。 
 お友達価格で貸してくれるなら、オレが借りてやらない訳でもない。 
 いやむしろ貸してください。 
 そんなことを考えつつ後部座席で二人を待っていれば、運転席に落ち着きこれ見よがしに大きな溜息を吐いた玉様がシートベルトをカチリと締めた。 
 家の鍵を閉め助手席に座った御門森がオレに冷たい視線を投げかけ、玉様を伺い、何も言わずに真っ直ぐ前を向く。 

「しゅっぱーつ!」 

 オレが座席の間から拳を突きだすと、かなりな力で二人に揃って叩き落されたがめげない。 
 めげるはずがない。 
 鈴木和夫二十歳。 
 これから未知の田舎へ旅立ちます! 

「いいのか、玉様」 

「仕方あるまい。駄々を捏ねられ時間を無駄にはしたくない」 

「……コイツ、上守以上のトラブルメーカーだぞ……」 

「……マイナスとマイナスは×とプラスに……」 

「ならねぇよ。人間は数字じゃない」 

 そんな二人の会話を聞き流し、オレは窓の外に目を向ける。 
 昨日はこいつらの家で飲み会を楽しんだ。 
 オレ以外のメンバーは朝になると帰って行ったけど、オレは二日酔いで寝込んでいてラッキーだった。 
 だってこんなに面白そうな連休を過ごせるとは思ってもいなかった。 
 地方都市から出てきたオレの実家はそこで、祖父母の家もそこにある。 
 昔から田舎というものに憧れていた。 

 自然豊かで緑あふれる田舎。万歳! 

 でもオレは知らなかった。 

 田舎には、そればかりではないということを。  

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