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清藤、再び
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しおりを挟む「大国主……神守の巫女は私のものだ。それに手を出すとは解っておるのだろうな」
「そんな恐ろしい顔をせずとも良いではないですか。眼だけ、眼だけですよ」
取り繕うような大国主の言葉に、御倉神は右手を軽く振る。
すると大国主へ向けて至近距離から強風が発生したけれど、彼は装いをはためかせただけで平然としていた。
以前あれを喰らった澄彦さんや玉彦、蔵人は吹き飛ばされていたというのに。
「仕方のない方ですね。決裂ということで宜しいでしょうか。面倒ですがこちらも引くことは出来ません」
「私に勝てると思うのか」
「勝たなくとも良いのです。眼さえ手に入れれば」
大国主は再び私を見たけれど、彼の視界は御倉神の右手に遮られた。
というか御倉神が大国主の頭を掴んで、腕だけを動かして左前方へと投げ飛ばした。
「み、御倉神!」
思わず声が出る。
だって御倉神はいつも護るだけで誰かを傷つけるようなことはしなかった。
そんな神様が怒って力に訴えることが怖く感じられたのだ。
震えていた声に反応した御倉神は私を振り返るとそのまま私の元へと戻って来る。
けれどその表情はさっきまでの穏やかなものではなくなっていた。
「ここは安全ではなくなる。どこかへ……」
御倉神は私を立ち上がらせて肩を抱く。
そして本殿の扉の前で立ち尽くした。
そこでは古い太刀を構えた大国主が待ち構えていた。
そして背後では玉彦と南天さんが清藤の四人と入り乱れている。
四人の中に見知った顔がいて、私の身体が興奮と怒りから震え出した。
亜門……!
無意識に走り出そうとした私の腕を御倉神が掴む。
「離してよ!」
「この勝負、お主が取られれば負けとなる」
「そんなの解ってる」
「狗らだけならば楽観できたが、大国主が出張ったせいで五分となった。私は敗けぬ。だが、お主を危険に晒すことは出来ぬ」
予定外の大国主を御倉神が相手すれば状況は再び戻る。
けれど私を護る絶対的なものが無くなる。
そこを狙われたら意味が無いのだろう。
どうすれば良いんだろう……。
どうすれば……。
焦って考えても何も浮かんでこない。
ただ目の前の光景が流れ込んでくるだけ。
大国主から逃げなくては。
でも形勢不利に見える玉彦たちを置いてはいけない。
「比和子様!」
香本さんの声が聞こえて、右手を見れば彼女が竹婆の住居である本殿の離れから巫女姿で飛び出した。
そして争いごとに巻き込まれない様に本殿の壁際を走って、私と御倉神の前に滑り込んだ。
巫女姿で見事な走塁だった。
「こ、香本さん」
「本殿の中に!」
「えぇ!? でも中は……」
「いいから! 早く!」
彼女に手を引かれ一歩踏み出す。
「神様は入れるけど、人は正武家と巫女しか入れない!」
それは知ってるけど。
「次代は怒るかもだけど、いい案あるから中に!」
「う、うん!」
御倉神と共に中へと戻る。
香本さんは肩で息をしていたけど、時間が無いので手早く説明を始めた。
「まず比和子様はここから出ては駄目。でも扉を開けて外を視て。御倉神様は別の神様のお相手をしてください」
「だがそれだと神守の巫女は」
「大丈夫です。別の神様さえ侵入しなければ比和子様は本殿の中にいる限り、安全です。で、比和子様は次代と稀人が相手している清藤の下っ端を何とかしましょう。そうすれば清藤の亜門と狗だけになって次代が何とかしてくれます!」
香本さんは巫女としての資質について悩んでいたけれど、何かが切っ掛けになって吹っ切れたようでいつもの参謀的な彼女に戻っていた。
一体何があったのか気になるけど、尋ねている暇はない。
「でも下っ端を何とかするってどうするの?」
「それは御倉神様にチャンスを作って頂きます」
「ちゃんす?」
「あの下っ端三人をこの扉の前に飛ばしてください。出来れば一斉に!」
「うむ」
「そしたら比和子様。神守の眼で中に入って何とかしてください」
「何とかって……」
生きている人間を上か下かへ送るということは、殺すということだ。
でも動きを止めるだけでも状況は好転させることが出来る。
「じゃあ上守が中に入っている間、オレ達はここを護っていれば良いんだな?」
本殿の扉から泥まみれになった豹馬くんが顔を出す。
微かに須藤くんの背中が乱戦に参入したのが見えた。
「親父と多門が都貴を追ってる。アイツ、病弱って嘘じゃねーの? つーか何でアイツが」
緊迫した状況なのに豹馬くんはやけに普通だった。
しかも奥方じゃなくて上守って呼んでるし。
「御門森、あんた比和子様の眼の強制解除出来るの!?」
「あ? そんなの簡単……」
「じゃあアンタはそこで待機。その辺にいる神様以外が視えたらすぐに教えて」
「お、おう」
「じゃあ作戦開始!」
いつの間にか香本さんが主導を握って掛け声を掛ければ、私たちは頷いてそれぞれの役割を頭の中で反芻しながら動いた。
御倉神は本殿の階段下まで迫っていた大国主の元へ。
豹馬くんは扉の前で錫杖を構えて辺りの警戒を始める。
そして私は本殿の扉ギリギリまで膝を勧めて正座をする。
まるで御前試合を眺める殿さまになった気分だ。
でも全体を見ている訳ではない。
私の視線はずっと玉彦に縛られたままだ。
亜門と対峙する玉彦の周囲では、二人を邪魔させまいと南天さんと須藤くんが動く。
その差はやはり歴然で、付き人の三人は亜門の加勢に加わることが出来ないでいる。
それとは逆に玉彦は亜門と狗の赤駒を相手にしているので劣勢に見えた。
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