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巫女の資質
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しおりを挟むなんとも気まずい雰囲気である。
巫女と在りたい香本さん。
特に何の修行もせずに、そこに在る私。
「比和子様……。明日、よろしくお願いします」
香本さんは私と視線を合わせてはくれなかった。
「まだ護石が反応するって決まったわけじゃないよ」
「……反応するに決まってる。どうして上守さんばっかりそうなの!? 巫女にしても神守にしても惚稀人だって!」
それらは私の意思で決まった訳じゃないことを香本さんは知っているはずだけど、感情が堪え切れなくなって表情を歪めた。
彼女がこういう風に感情を露わにするのは珍しく、私は狼狽えた。
いつだって二手三手先を読み、次代の玉彦にだって臆することなく接するような人なのだ。
「上守さんは巫女じゃないのにどうして! 私の何が足りないっていうの!」
寝間着に玉彦の羽織を身に纏っていた私の胸元を掴んで、嗚咽を漏らす彼女に掛ける言葉は私にはない。
私もずっと前にこんな感情を持ったことがある。
玉彦と南天さんが隠の敷石へと出向いたとき。
その頃の私は神守の眼も持たず、本殿にも上がっていない惚稀人で何の役にも立たずに歯痒い思いをした。
皆がそれぞれの役割を全うしているのに、自分だけ取り残されている気がして。
「香本さん……。私には解らないよ。本殿の巫女ではないから。神守は自分の中に流れる血のせいだし、惚稀人は玉彦がそう望んだことだから」
「じゃあ御倉神様は!?」
「御倉神は名もなき神社の祀神だから。そもそも香本さんは本殿の巫女で、産土神に仕えるんだから御倉神は関係ないんじゃないの?」
「え? ……あ」
「だから御倉神は香本さんを巫女として見ていないんじゃないの? 竹婆はもう長く巫女様だし、御倉神もそれなりな扱いをしてくれているみたいだけど、それってまずは産土神にきちんと仕えてるからだよね?」
「……」
「他の神様に気を取られているから、産土神は巫女として見てくれていないんじゃないの?」
我ながら厳しい言葉だとは思う。
でもこの先彼女が正武家の本殿の巫女として務めるのならば、私も正武家の人間として厳しくあらねばならない。
なぜなら本殿は正武家の心臓でもあるから。
心臓部を護る巫女が揺らいでいては困るのだ。
「私に理由を聞く前に、自分がどうあったのか考えるべきだと思います」
言い切って私は立ち上がる。
感情的になって私を上守さんと呼んだ彼女との間に一線を引いた。
母屋でプライベートな付き合いなら、同級生だし上守さんでも構わない。
でもここは当主の間で彼女は巫女で私は神守の者なのだ。
玉彦の忠告が頭を過り、ようやくその意味が理解できたのだった。
そして私は。
再び部屋へと戻り、スマホと睨めっこをしている。
すると流石に玉彦から電話が掛かってきた。
まぁ、そうなるよね……。
着信が鳴ってすぐに私は通話をスライドさせた。
『比和子』
「うん」
数日ぶりに聞いた玉彦の声に安心する。
たとえそれが不機嫌全開に私を呼ぶ声だったとしてもだ。
『父上から明日のことを聞いた』
「うん」
『……三日間の役目のことも聞いている』
「うん」
『言いたいことは山ほどあるが、兎に角……何故比和子はいつもそうなるのだ……』
電話の向こうで玉彦ががっくりと項垂れたのがわかり、私はこちらで苦笑するしかない。
『せめて私が近くにいる時であれば比和子をどうとでも出来るのに、何故……。何故だ!?』
「わかんないけど、頑張るよ」
『頑張らずともよい。暴走はしてくれるな。怪我をせずに生きて戻れ』
「そんな大袈裟な」
『大袈裟ではない。自分がどういう立場に置かれているのか解っているのか』
「それは、まぁ……。でもお役目だって護石だって私からそうするって言ったわけじゃないよ?」
『やはり全ての元凶は父上……。やはり成敗……』
不穏なことを考え始めた玉彦はブツブツと呟き始める。
私は何度か成敗という名の親子喧嘩に遭遇したことがあるけれど、結局決着が付かないまま終わる。
ある程度してから宗祐さんか南天さんが止めに入って終わるのだ。
「とりあえずまだ護石が反応するって決まったわけじゃないしさ」
寝転がって天井を見る。
護石が目覚めたら、明日の夜は夜空を見上げて野宿かなー。
『何を呑気な……。父上が動くということは九分九厘そうなるということ。鈴は必ず持ってゆけ。私は明日の午前に用を済ませ次第鈴白へと戻る』
「明日帰って来られるんだ?」
『あぁ。こちらで色々と調べたがもう何もなくこれ以上滞在しても無駄だと判断した』
「そっか。早めに帰って来られて良かったよー」
玉彦がいないのにお布団には彼の枕が置いてある。
その下の冷たいシーツに手を這わせて何度も擦る。
『明日の夜中には五村に入るが、父上が屋敷不在となれば私は鈴白から動くことは出来ぬ。したがって比和子と再会できるのは先のこととなる』
「擦れ違いだね……」
てっきり玉彦が帰って来るなら、途中で澄彦さんと護衛役を代わるものだと思い込んでいたけれど、そう都合良くはならないよね、やっぱり。
『それにしても護役《ごやく》に父上を選ぶとは。さぞ度肝を抜かれていただろう』
「扇子落としてたよ」
電話の向こうで玉彦が楽しそうに笑って、私も笑う。
それから私たちは取り留めのない話をして夜を過ごした。
でも明日の朝が早いのでお互いに名残惜しみながら、言葉を切る。
明日は前哨戦だ。
護石が目覚めて移動を始めて。
午後になってからが前哨戦の勝負が始まる。
玉彦が西からこちらへと帰還するのを切っ掛けに清藤は動く。私はそう思う。
そしてこれが九条さんの言っていた『その時』の始まりなのだとも思う。
私は玉彦の盾になることだけを考えていたけれど、正武家の人間になったからには澄彦さんの盾でもあるべき存在になった。
正武家がこの地に在る様に。
お布団の中で丸くなって鈴を握り締める。
玉彦。早く帰って来てね。
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