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絶対零度の癇癪
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しおりを挟むそれから当主の間に関係者が揃ったのは夜が明ける頃。
いつもと違うのは座敷の真ん中に、亜由美ちゃんのお父さんと亜由美ちゃん。
そしてグレーのスーツを着た厳ついおじさんと、濃いネイビーのスーツを着た若い男の人が低頭していること。
豹馬くんは別室で治療を受けているらしく不在。
駆け付けた玉彦と南天さんはいつも通りの席に納まっていた。
とりあえず四人が無事であったことに胸を撫で下ろしたけれど、場の雰囲気は張り詰めていた。
「御苦労であった、次代」
澄彦さんに声を掛けられた玉彦は軽く黙礼をしただけで、特に何も言わない。
それから澄彦さんはようやく座敷にいる四人に上げよと声掛けをする。
四人は姿勢を正したけれど、亜由美ちゃんたちは視線を下にしたまま、澄彦さんを直視することはなかった。
五村の人たちは正武家に関わる人間を敬い畏れているので、当然と言えば当然の反応だった。
それに対して私が初めて見る二人は、座敷を見渡してその雰囲気に気圧されまいとしている。
「此度は災難であったな、弓場よ。盗人が夜半に忍び込むとは。しかも御門森の者がいる部屋とは盗人も災難であっただろうな」
澄彦さんはいつもの黒い扇で口元を隠して、薄く笑った。
私はそれを聞いて、えっ? となる。
だって泥棒が入っただけで、正武家の玉彦が何かを関知したの?
それってなにかおかしくない?
けれど疑問に感じていたのは私だけらしく、場はそのまま当主のペースで進められていく。
「兎も角、怪我人が出ずに良かった。御門森の者は、まぁ大したことはないであろうから数に入れぬ。住まいの破損については直ぐにでもこちらから手配をしよう。以上である。みな大義であった」
澄彦さんはいつも通りに締めくくって、奥の襖から退出しようとしたけれども、スーツのおじさんに待ったを掛けられた。
それはそうだろう。
私だってそれじゃあ納得できないし、そもそもこの二人の男性は一体何者なんだと聞きたい。
「ご当主、ちょっと待ってください。我らはそれではいそうですかとはいきませんよ」
おじさんに言われて澄彦さんは面倒臭そうに座り直す。
「何か不服でも?」
「何かも何も、全部ですよ、全部。通報があって駆けつければ訳の分からん男たちが弓場さんの家で暴れていて殺すと叫んで、そちらの息子さんが来てすぐに収まったは良いが男たちに記憶が無いって一体どういうことですか!」
「さぁ、どういう事なんでしょうかね。とりあえず家の息子は催眠術師ではないことだけは確かです」
澄彦さんは身を乗り出したおじさんに、キリッと言い切るけどこれは不味いんじゃないの……。
話の内容から察するにこの二人は警察の人だ。
冗談は通じないと思う……。
真顔で真剣な表情の澄彦さんにおじさんは苦虫を噛み潰した風になり、どんと畳を叩いた。
隣の若い人はまぁまぁと落ち着かせようとしていたけど、効果はない。
「なぜあの男たちは弓場さんの家を襲ったんですか!」
「さぁ。何か高価なものでもあったのでしょう」
「どうしてそこに御門森豹馬さんが居たんですか!」
「それは弓場の娘と逢引きをしていたのでしょう」
「ぐっ。では息子さんがそこへ現れたのは何故ですか!」
「友人に会いにでも行ったのでしょう。豹馬の兄も一緒に」
「正武家さん!」
「……黙れ。怒鳴らずとも耳に届いている。ここは五村鈴白、正武家の屋敷ぞ。余りに諄いと、飛ばすぞ」
のらりくらりと躱していた澄彦さんだったけど、最後には声を低くした。
それはもう、今まで聞いたことのないくらいに正武家の当主らしい威厳だったけれど相手が……。
おじさんは豹変した当主に息を飲んで、身を引く。
でも警察としてのプライドもあって引くわけにはいかないと黙ることはなかった。
私は冷や冷やしながら、挙動不審に座敷を見渡す。
誰も止めようともしないし、人形の様に微動だにしない。
「正武家さん……。知らぬ存ぜぬでは通りませんよ。先日こちらのお屋敷でも同じことがありましたよね? 記憶の無い男が三人。村内で保護されました。今回もこちらの関係者なんですよ。何かおかしな薬でも実験しているのではないですか!」
「……話にならぬ。おい、宗祐。あれだ、アイツを呼べ」
「かしこまりました」
宗祐さんは一度座敷を出てすぐに戻ると、不機嫌そうに胡坐を掻いた澄彦さんに耳打ちをする。
おじさんたちは眉を顰めてその様子を見ていた。
「あと小半時で警視監の浅田が来る。お前のとこの本部長だろう。ソイツの指示に従え。私はもう休む」
「けっ、浅田本部長!?」
澄彦さんはひらひらと手を振って、奥の襖から今度こそ戻って来ることはなかった。
残されたおじさんは隣の若い人と目を合わせて、白黒させている。
てゆーか、こんな早朝からこのド田舎の鈴白に、そんな偉い人が三十分で来られるんだろうか。
その前にそんな人を呼びつけて、自分は休むって……。
「以上でございます」
当主不在で宗祐さんがそう締めくくって、次代の玉彦が席を立つ。
そして続いて稀人や本殿の巫女も立ち去る。
私は残された亜由美ちゃん親子が心配で残ったけれど、どうして良いのか判らない。
とりあえず警察の二人を通り過ぎて、まだ顔を伏せていた亜由美ちゃんの前に座り直して肩を叩いた。
亜由美ちゃんはもう泣き出しそうになっていて、私を見ると抱き付いて身を震わせる。
「比和子ちゃん……っ!」
「なんか大変だったみたいだね……。亜由美ちゃん、怪我はない? 大丈夫?」
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