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正武家の日常

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 現在、正武家の当主は澄彦さんが務めている。
 その下に次代と呼ばれる惣領息子の玉彦。
 正武家の血を引く直系は、この二人のみである。

 この二人には御門森から輩出される稀人と呼ばれる人たちが付き人として従う。
 彼らは正武家の者がそのお役目に臨む際に同行するのは勿論のこと、日々のお世話も担っている。
 稀人の既婚者は基本的に呼び出しがあれば参じるのが通例だけれど、ここ最近はその通例が乱れつつあり、澄彦さんは改定を考えているようである。

 現在稀人となっているのは、御門森宗祐、南天、豹馬、須藤涼。
 非公式ながら、西の者と呼ばれる正武家傘下の清藤の次男である多門。
 通常は一代に稀人は一人、世代によっては澄彦さんの様に二人になる。
 けれど玉彦の場合は、すでに二人稀人が存在し、澄彦さんが亡くなれば南天さんや多門、あと数年もすれば南天さんの息子である竜輝くんも稀人になる。
 これは異常な数で、何年も前から正武家を揺るがす何かが起こると皆口に出さず思っていた。

 私もその内の一人でそれを『いずれ訪れるその時』と呼んでいる。

『いずれ訪れるその時』に何が起こるのかまだ誰も解っていない。
 私はその時には必ず玉彦を護るのだと誓っている。
 だから私に受け継がれていた神守の血が再び目覚めたのだと思うから。

 正武家のお屋敷には直系の二人と稀人たちが住んでいるが、彼らの生活を支える人たちもいる。
 まずはお屋敷の『離れ』と呼ばれる場所に、松・梅コンビと私は呼んでいる二人のお婆さんがいる。
 彼女たちは正武家の来客を出迎える、所謂案内人のような役割だ。
 そしてお屋敷に稀人が不在の時には、正武家の人間のお世話をする役割もある。
 あとはお役目などで怪我をしてしまった人間の治療や処置にも係わる。
 とりあえずお屋敷内で何か困りごとがあれば、彼女たちにお願いすれば必ず何とかなる要だ。

 次に正武家の敷地内には『本殿』と呼ばれる心臓部がある。
 ここは当主の許可なく上がることは赦されていない。
 本殿は正武家にお力添えをしてくださる神様たちが集う場所であり、大切な儀式を行う際には必ずここで神様たちに見守られながら行う。

 その本殿を毎日清めてくれているのが、先ほどの松梅コンビの姉妹である竹さん。
 彼女は本殿の巫女である。
 もうかなりのお年だけど、そんな彼女が巫女であることに誰も何も言わないので私も気にしない事にしている。
 そしてその跡取りとなっているのが、梅さんの孫であり、玉彦や私と同級生の香本蓮見さん。
 彼女はもうその修行を始めていて、最近では竹さんに代わり本殿関係は彼女の担当になりつつある。

 あと忘れてならないのは、遠く九州の地で正武家の傘下の清藤がいる。
 彼らは元々は正武家の稀人となる資格がある人たちだったけれど、様々な事情から拠点を西へと遷して、現在に至る。
 清藤は当主の主門、次代はその娘、控えに男子で双子の亜門と多門がいる。

 以上がこの鈴白村を含む五村の地を治める正武家という名家の実態である。
 そう考えると私はかなり特殊な家に嫁いでしまったのだと、今さらながらに思った。

 正武家を知り、十年。
 この世界には当たり前の様に、目に見えなくとも不可思議なことが溢れているのだと理解した年数でもある。
 それをあっさりと受け入れてしまえたのは、実際に自分が経験をしたことと、神様という存在が目の前に現れたからだと思う。

 鈴白村に平安時代位から根付いたと言われている正武家とそれに付き従って移住した人たち。
 御門森の一族もそうだけれど、その他にも何らかの不可思議な力を持った清藤などの一族もいた。
 私のご先祖様の神守も移住した一族だけど、それは正武家の意向ではなく、時の帝の命だった。
 そんな訳でその神守の末裔である私にも、ある時を境に『神守の眼』と呼ばれる力が発現し、その力を磨くために御門森九条という似て非なる眼の力を持つ元稀人に弟子入りしている。
 正武家玉彦と出逢ってから、ごく平凡な一生を終えるだろうと思っていた私の人生はそれまで予想していたものとはかけ離れたものとなり、今に至る。

 学生時代が終わり、これからますます正武家のお役目に奔走することになる玉彦と、正武家に嫁いだ私。

 二人を待ち受ける様々な出来事がどんなことであれ、乗り越えられないものはないと思っていた。

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