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玉彦の愛する誰か
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しおりを挟むでも、待てよ。
玉彦は月に一度だけ冴島月子に逢っていた。
それ以外は私と週末を過ごしていた。
それはもう金曜の夜には嬉々として私に逢いに来て、月曜の早朝には泣く泣く帰る程に。
愛する者しか抱けなかったら、これは何とも奇妙な話だった。
毎週末私と夜も共に過ごしていたのは理解できる。
でもじゃあ、冴島月子とは?
冴島月子とプラトニックな関係で心だけ繋がっていたとしても、翌週には私と過ごしていたのだ。
月に一度だけ綺麗さっぱり私を忘れて、冴島月子に逢い、そして今度は彼女を忘れて私に逢っていた?
いやいやいやいや。
そんな器用な真似が出来るほど、彼が腹黒いとは思えない。
この、自分の感情に鈍感な玉彦が。
私は玉彦が言うように、何か勘違いをしているのだろうか?
「とりあえず、わかったわ。うん」
「では以前のように、過ごしてくれるのか?」
「……努力する」
「努力を必要とするのか……」
玉彦はがっくりと項垂れて、腰紐が手から落ちた。
その落胆ぶりに、私は苦笑する。
この世界では感情が素直に出る。
どんなに取り繕ってもそうなる。
「今は、私だけなんでしょう?」
玉彦は俯いたまま、頷いた。
「これまでも、これからもずっと比和子だけだ……」
「うん。わかったから、戻ろう? 玉彦」
「比和子はどうなのだ……」
思わぬ反撃に、私は玉彦の頭に手を乗せた。
「嫌いだったらこんなに悩んでまで側に居ないでしょ。私、何があってもここに居るって決めて……」
そうだった。
何があっても、玉彦と共に在るって決めてたんだ、私。
例え玉彦の隣に私ではない誰かが笑っていたとしても、神守の者としてでも一緒にって。
「比和子?」
「なし! 今のなし! 努力はしないわ!」
「何を言って……」
「目が覚めたら、今まで通り。この件は忘れる。私、忘れるのには自信あるから!」
一方的にそう宣言して、私は柏手を大きく打った。
一瞬にして意識が戻れば、いつの間にか玉彦に抱きかかえられて廊下を移動していた。
「あ、玉彦……」
「目覚めたか。大分身体が冷えてしまった。春とはいえ、まだ夜は冷え込む」
「うん……」
私は大人しく玉彦の胸に頬を寄せた。
もう、いいや。
とりあえず玉彦がここにこうしているだけで。
私が何か勘違いをしているとして、いつか機会を改めて真正面から玉彦にきちんと確かめてみようと思う。
きっと玉彦のことだから、嘘や取り繕うことなどせずに本当のことを答えてくれるはずだ。
二人の部屋に戻って、玉彦は先に敷いていたお布団に私を優しく降ろすと、そのまま隣に倒れ込む。
顔を見れば、ニコニコとしていた。
「なによ」
若干引き気味の私に、玉彦は枕に顔を埋めた。
笑顔を隠しているつもりらしい。
「明日、母上が来る。それを父上は知らぬのだ」
「え、玉彦のお母さん、来るの!?」
私が驚いた声を上げれば、玉彦は起き上がって私の膝に頭を乗せて再び寝転んだ。
そしてそこから畳まで転がっていき、また戻ってくる。
一体何がしたいんだ。
この意味不明な行動をみると、相当に嬉しいらしい。
「来る。あの父上の失態を見られる大チャンスだ。どんな顔をするのか、今から楽しみだ」
私は玉彦のお母さんについて、写真で見たこと以外は何も知らない。
何となく聞いてはいけないような気がして、聞けなかったのだ。
写真の中の玉彦のお母さんは、いつも白いワンピース。
麦わら帽子を被って、幼い玉彦を抱っこした澄彦さんと笑っている姿。
玉彦の黒髪好きはきっとお母さんがそうだったからだと思われる。
そして、物凄い美人だった。
澄彦さんとこの人の遺伝子なら、玉彦が出来上がるのも頷けた。
涼し気な目元はお母さん譲りだ。
澄彦さんは垂れ気味だし。
「ふーん。私も楽しみになってきた」
「母上も比和子に会いたがっていた。どことなく性格が似ているから、すぐに打ち解けられる」
腕を伸ばした玉彦が私の髪を梳いて、笑顔を綻ばせた。
「ただし、一つだけ気を付けなければならぬことがある」
「なに?」
「母上を母上と呼んではならない。だから比和子も間違ってもお母さんなどと呼ぶなよ。呼べばへそを曲げて、面倒だからな」
「どうしてよ」
「若いままでいたいのだろう」
「じゃあ、なんて呼べば良いのよ?」
「普通に名で呼べばよい。月子さんと」
「月子さん!?」
玉彦の口から想定外の名前が飛び出して、私は膝に玉彦の頭を乗せたまま後ろに倒れた。
天井が視界を埋めて、そういえばと思い出した。
澄彦さんの私室の天井には、小さな月のシールが貼られていた。
彼の奥の間に貼られていたものと同じものだ。
月……。
月子……。
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