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最終章 ひっこし
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しおりを挟む私は今、猛烈に部屋掃除をしている。
夏休み前日、鈴を鳴らさない玉彦が心配で着の身着のまま飛び出していたから、散らかっていた。
一階では玉彦と南天さんがお父さんと歓談している。
私はそこで澄彦さん以外に敬語で話す玉彦に衝撃を受けた。
でも今はそれどころではない。
あぁもう、どうしてこうも物が多いかな!?
仕方ないので私はクローゼットから制服を出してから、部屋に散らかる全てをそこに押し込んだ。
「荷物は纏まったか」
ドアをノックする玉彦に、返事をすれば中に入ってくる。
なんとか間に合った……。
ぐるりと部屋を見渡した彼は一言「狭い」という。
そりゃあんたのお屋敷からしたら、狭いでしょうよ。
「ここでお前は日々を送っているのだな」
「うん。狭いけど快適だよ」
私が窓を開け放つと、横に玉彦が並び立つ。
まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった。
だって彼は鈴白から中々出られないし。
「これがお前の日常か……。俺とは随分と違う」
住宅街の隙間に沈んでいく太陽を眺めながらの玉彦の呟きに何て答えたらいいのか。
あの村で一生を終える彼に。
外の世界に飛び出すことの出来ない彼に。
「でもあと何年かしたら、違わないよ。私も玉彦も同じ日常になるよ」
「そうだな」
二人で微笑み合って、良い感じ。
「比和っ! それ玉様!?」
ぎょっとして下を見れば、道路から守くんと小町が見上げている。
どうやら守くんの家に小町が遊びに来たようだ。
夏休みが始まって以来ずっと会えていなかった小町だけど、一応小まめにやり取りはしていた。
ただ肝心の話はまだ全部伝えてはいない。
「小町ー!」
窓からぶんぶんと手を振ると小町も手を振り返す。
それから私は玉彦の手を引き下に降りて、外へ出た。
「小町!」
「比和!」
名前を呼び合い抱き合う。
玉彦とは違う意味で会いたかったよー!
「ずっと戻って来ないんだもん! 課題やった? 小町これから守に写させてもらうんだけど」
ホクホクとした笑顔の小町に、私は気まずくなり玉彦を見上げる。
「何故俺を見る」
確かにそうだ。
「ごめん、小町。私ちょっとの間、学校変わる」
「えっ? ええええぇ!?」
小町の絶叫に何事かとお父さんや南天さんが窓から顔を出した。
何でもないと二人を戻せば、とりあえず守くんの家に行くことになり。
彼の部屋には何とも奇妙な四人が集まってしまったのだった。
「玉彦。こちら親友の小町と、その彼氏で私の幼馴染の守くん」
二人を紹介すれば、揃って軽く頭を下げる。
「小町、守くん。こちら玉彦」
「よろしく」
玉彦も頭を下げる。
そして会話が途切れる。
お見合いかっ!
「で、どうして転校するのよ」
頬をこれでもかと膨らませ、小町は私に詰め寄る。
どうしてと訊かれても、蔵人のことを話さねばならず、そうなると色々と遡らなければならない。
それにどこまで小町たちに教えて良いのか、自分では判断できない。
「ちょっ、ちょっとの間だよ」
「どれくらいよ!?」
この押し問答。
玉彦との会話みたい。
「んー……」
「ちょっと、玉様。どういう事よ」
言葉を濁す私から矛先が玉彦へと移る。
お願いだからどうか喧嘩になりませんように。
話を振られた玉彦は、意外にも普通の対応だった。
「場合にもよるが一か月くらいだろう」
「だから、どうして比和が転校しなきゃいけないわけ!?」
「……比和子を狙うストーカーがいて、ソイツを捕まえなくてはならない、ので?」
玉彦は首を捻りながら蔵人のことを話さずに説明するために辻褄を合わせて最後はこれで良いのかと疑問形になっていた。
「だったら警察に任せたらいいじゃん」
「警察には捕まえられない相手でな」
そこで守くんは何かを察した様で、小町のそれ以上の追及を止めてくれた。
「比和は無事に戻って来るんだろうな?」
「当たり前だ。そのために俺がいる」
玉彦の言葉に守くんはこめかみを押さえた。
そして小町を見て、呟く。
「シタタリ坂みたいな問題なんだと思う……」
「マジで? だって前は猿がどうのって、あれ、解決したんじゃないの?」
「それは別件だ」
小町の疑問に玉彦が答えれば、私は顔を伏せるしかなかった。
「どうなってんのよ、玉様の村……」
「昔からそういう風になっている。それに俺としては比和子はいずれ鈴白へ来るのだから、このままこちらへ戻らなくても良いと思っている」
「玉彦っ!」
その話はまだ小町にはしていない。
帰って来てから落ち着いて話す予定だったのだ。
「どうした。伝えていないのか」
「何を! 何をよ、比和」
ここまで話が進んでしまったら、覚悟を決めるしかない。
下手に隠しても小町、いや守くんには絶対にばれる自信がある。
それに玉彦を隣にして、彼の存在を隠したり、誤魔化すようなことはしたくなかった。
「あーうーん。玉彦と婚約した!」
「「はっ?」」
覚悟を決めて報告すれば、小町と守くんが同時に声を上げた。
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