私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第六章 じゅけん

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「そこ、座って」

 私と向かい合い座ると、玉彦は膝の上でこぶしを握った。
 なんの覚悟をしてんのよ。

「今日は沢山迷惑を掛けてしまって、反省してます。ごめんなさい」

 私が頭を下げれば、玉彦がすぐに上げさせる。

「俺の方こそ、悪かった」

「悪かった?」

「変な誤解を与えてしまった」

「誤解なの?」

「力尽くで押し倒された。比和子はあの隠に会って『誰』が視えた?」

「普通に青白い女の子」

「そうか……。そういう事か」

「誰が視えたのよ?」

「比和子」

 玉彦が言うには、隠は人の姿に化けられるらしい。
 そして女型の隠はどうやら、相手の好きな人を映し出した。

「ちょっ、私に押し倒されたわけ!?」

「隠と解っていても、殴るわけにもいかず、かといって腕を切り落とすのも忍びなく」

「ばっ馬鹿じゃないの!? 私じゃないって解っているんだったら!」

「これからは惑わされぬように精進する」

「ぜひそうしてください」

 私はそのまま寝転んだけど、玉彦はまだ座ったままで。
 何かを言いたげで、視線を横に流しては私に戻る。

「どうしたの?」

「今日は共に寝たい」

「へっ?」

「駄目か」

「へっ、変なことしない?」

「しない」

「絶対?」

「絶対」

 まぁ変なことしようとしても、印が激しく痛むから無理だけど。

「じゃあ良いよ」

 私がそう言えば、玉彦は素早く電気を消して私の隣に横になった。
 そして腕の中に私を閉じ込めた玉彦が耳元で囁く。

「怖かった。比和子が隠に惹かれ、御倉神と共に消えて、もう会えぬと思った」

「隠に惹かれたのは私の中にいた鈴白の君だよ。御倉神の件は、ごめん。あの時は頭に血が上ってしまって……」

「他の者に連れ往かれる比和子はもう見たくない」

「うん、ごめん」

「もう絶対に離さぬから、離れていくな」

「でもこの件が解決したら、帰るよ」

「頑なだな」

 玉彦はクスリと笑って、私の額や頬に何度も口づけをする。
 くすぐったいけど、ちょっと気持ちいい。

「やだ、もう。止めてよ」

「止めぬ」

 顎を持ち上げ唇が重なり合う。
 今の私たちには、ここまでが精一杯。
 色んな意味で。

「この先はまだお預けだね」

「男としては辛いところだ」

「え、したいの?」

「隙あらばいつでも」

「無理だから。きちんと責任を持てる年齢まで無理だから」

「いつだ」

「んー五年後?」

「そんなに待てるか、馬鹿者」

「まぁおいおい考えておくけど」

「印が全て剥がれたら、褒美として頂く」

「勝手に決めないでよ」

「もう決めた」

「無理無理無理無理。ちょっと、あっちで寝なさいよ!」

 私はそう言ってお布団から玉彦を蹴り出した。




 次の日から私の夏休みは、勉強漬けになった。
 午前中は南天さんと編入試験勉強。
 午後は玉彦が部活から帰って来る十五時から夕餉まで、とりあえず正武家の歴史について。
 夜は自習だけど玉彦の部屋なので、自然と午後の続きとなっていた。

 そして夏休みの終わりが十日後に迫り、私は今、美山高等学校に編入試験を受けるために訪れていた。

 朝早く正武家の車で高校に送られ、玉彦に付き添われて校内に入る。
 高校は古い木造の校舎でも古びた感じでもなく、文化遺産のような佇まいで、体育館だけやけに近代的で違和感があった。
 校長室では細身の色黒ダンディーな校長先生、そして数名の先生が待っていた。
 そこで挨拶を交わし、本日の日程が書かれたプリントを受け取る。
 先生たちは一様に表情が硬く、あまり歓迎されていないように感じた。

 それから試験を受けるための教室へ移動。
 教室は校舎の外観同様、磨かれ抜いてアンティークの映画のセットみたいだった。
 机も椅子も木製。きっと床を傷つけないためだ。
 私は真ん中の席に座り、玉彦は前の席の椅子を逆向きに座り向かい合った。
 玉彦はこの日、学校へ来るので夏休みとはいえ私服では許されず、夏服の制服だった。

「指先、冷えてきた」

 緊張して手をニギニギする。
 玉彦はそんな私を見て微笑むだけだ。

「大丈夫かな、イケるかな」

「九十以上取れば確実だろう」

「あのさ、私自分の学校でもそんな点数ばかり取れたことないよ」

「……後は頑張れとしか言えぬ」

「……おうよ」

 それから時間になり彼は退出。
 入れ替わりに三十代くらいの男の先生が入って来た。
 快活そうな先生はハキハキと今日の説明をし、試験が始まると教卓の椅子を窓際へと移動させ本を開いた。
 そんな中、私は一生懸命に数学を解いていく。
 何日か前から勉強会に豹馬くんと須藤くんが加わり、テスト製作する先生の癖を私に叩き込んでくれていたお蔭で、引っ掛け問題も証明問題も面白いくらいにスラスラ進む。
 二度答えの確認を終えれば、時間丁度で先生が解答紙を回収する。
 とりあえず一番心配だった数学はクリアできたと思う。
 問題用紙を玉彦から借りたカバンにしまい、次の教科に向けて自習を始める。
 一度玉彦は教室を覗きに来たけど、集中していた私には声を掛けずに立ち去った。

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