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第四章 こんやく
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しおりを挟む呆気に取られていると、須藤くんがこちらにやって来て、家が近所の香本さんを送ると申し出た。
「あのさ、須藤くん。玉彦ってさ普通に喋れるんだね……」
須藤くんはびっくりして、膨れている私の頬っぺたをつつく。
「え、今さら? 上守さんと話す時そうじゃないの?」
私が首を振ると、今度は亜由美ちゃんの隣に来ていた豹馬くんが笑いを堪えている。
「ちょっと、何よ。感じ悪いわね、豹馬くん」
「玉様があの話し方なのは、修行の一つだよ。いつ如何なる時も正武家たるもの正武家であれ」
「なにそれ」
「祓いや鎮めの時には大和言葉が大半だから、普通に使いこなせる様にしてる。それに、ぶっちゃけ澄彦様みたいな話し方だと、威厳もないだろ」
だからって、私といる時まで……。
「ちなみにだな、上守。玉様がお前の前であの話し方なのはな……ぐっ」
豹馬くんが丁度いいところで話を止めたので何事かとよく見れば、後ろから玉彦に頭をガシッと掴まれていた。
あれ、地味に痛いんだよね……。
「豹馬、余計なことをべらべらと。須藤、比和子の頬に触れるな!」
左手にイカ焼きを持ち、玉彦は二人を睨み付ける。
それを見ていた香本さんが、大袈裟に首を振る。
そしてその大物ぶりをここでも発揮した。
「つーか、今からこんな感じじゃ上守さんも息が詰まるんじゃないの? 考え直したら、上守さん」
「んー……」
「だって普通に男子と話をしててこれだもん。やりすぎ、嫉妬し過ぎ、束縛し過ぎ」
なんだか香本さん、小町に近しいものを感じる。
この言い放ちっぷり。
只者ではない。
「自分の惚稀人だからって、何でもかんでも求めて許されると思っていたら大間違いだよ。じゃあ須藤、帰ろう」
「あ、あぁ……。みんな、また明日な!」
香本さんは言いたいことだけ言って歩き出し、須藤くんは走って追い掛ける。
残された豹馬くんは笑い出し、玉彦に至ってはショックを通り越して遠い目をしていた。
「比和子ちゃん、うちらも帰るね。……玉様、大丈夫かな?」
「大丈夫、大丈夫。私たちのことは放って、ほら豹馬くん行っちゃうよ?」
亜由美ちゃんの背中を押して、振り向けば玉彦はまだ立ち直れないでいる。
「帰ろう、玉彦」
「……」
袂を引っ張ると歩き出すものの、足取りは重い。
余程さっきの言葉が堪えたようだ。
「私、気にしてないよ」
「……」
「それだけ私のことが大好きってことでしょ」
「うむ」
「ね、少しだけ。普通の話し方をしてみてよ」
「なぜ」
「素の玉彦を知りたいから」
「いつも素だ」
「みんな知ってるのに、私だけ知らないって悲しくない?」
「……わかった。屋敷への帰り道の間だけだぞ」
そうして私たちは正武家のお屋敷まで一時間掛けて歩いて帰ったのだった。
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