私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第四章 こんやく

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 夜になり夕餉が終わって、私は玉彦の手を引き、急いで部屋に戻った。
 澄彦さんがずっとニヤニヤ笑っていつ何を言い出すのか冷や冷やものだった。

「父上と何かあったのか?」

 玉彦も何か感じていたらしく、部屋に入るなり私の二の腕を掴んだ。

「別に何もないよ」

「あの父上の顔は良からぬことを考えているものだ」

「良からぬことではないんじゃないかな……?」

 玉彦は訝しげに私を見た後、盛大な溜息をつく。

「父上に振り回されるなよ?」

「それは大丈夫」

 今回振り回しているのは、間違いなく私だ。
 そんなことよりも、明日のことを玉彦にどうやって伝えよう?
 勝手なことをしてと怒るだろうか。
 でも一応私からの誕生日プレゼントのつもりだから、怒らないで欲しいなぁ。

「明日、午前中時間空けといてくれた?」

「問題ない。どこへ行くつもりだ? 屋敷でゆっくりする訳ではないだろう?」

「お屋敷からは出ないよ」

「では何をする」

 玉彦は机の椅子に座り、机に片肘をついてこちらを見る。

「あのね、誕生日プレゼント用意してね、本当は明日のその時まで言わないでおこうと思ってたんだけど、澄彦さんに話をしたら、そうもいかないことがわかってね」

 私はそこまで言って、玉彦を上目遣いで窺う。
 澄彦さんと云う名が出て警戒したみたいだった。

「玉彦さ、正武家独自の祝詞ってあげられる?」

「祝詞といっても種類がある。何のだ」

「何って言われても、どの種類か私はわからないんだけど」

「父上はなんと?」

「ホマレビトガンカノギ」

 玉彦は私の言葉を興味なさそうに聞き流した後、理解をして身体を硬直させた。

「あげられる?」

「諳(そら)んじられるが……。明日か!?」

「うん、午前中。長いの?」

「長くはないが……」

「じゃあ、明日私と本殿にいこ?」

 私はコンビニへいこ? と同じノリで聞いてみた。
 混乱している玉彦は、椅子から離れて私に歩み寄り、額に手を当てた。

「それがプレゼントとは正気か?」

「うん」

 玉彦は頭を私の肩に預ける。
 そして大きく大きく息を吐き出して、小さく呟いた。

「そういうのは、男の俺から言わせてくれぬか……」

「じゃあ、仕切り直す?」

「是非にも」

 そうして玉彦と私は二人が初めて会った、庭にある大木の下へと移動した。
 何となく二人とも、始まりはここでという感じがあった。
 あの時、命令口調の玉彦にイラッとしたのは秘密だ。
 帰ると言った私を裸足のまま追い掛けてきた玉彦。
 彼が追いかけて来なければ、私たちは始まっていなかったかもしれない。

 月明かりの下、二人で向かい合って両手を繋ぐ。
 四年前の玉彦は、私とそんなに変わらない目の高さ立ったけれど、今は違う。
 胸元から視線を上げれば、緊張しつつも優しい微笑み。
 呼応するように私も笑顔になる。

「比和子」

「はいっ」

「後悔はしないか」

「だから、後悔は後からするものだって言ったでしょ」

「ならば明日、私と惚稀人として本殿へ……」

「喜んで!」

 私は玉彦の言葉を最後まで聞かずに、彼に抱き付く。
 四年越しでようやく玉彦へ返事が出来た。
 あの時は白猿に邪魔をされてしまったし。

「まったく……」

 呆れながらも玉彦は私をきつく抱きしめた。
 痛いとは思わない。
 ただただ安心して身を委ねることができる。

「比和子。比和子」

「聞こえてるよ」

「比和子。もう何処へも行くな」

「印が消えたら、帰るよ」

「帰さぬ」

「あのね、竹婆が言ってた。正武家の一員になれば、どこにいても絆は切れないって。だからきちんと学校を卒業してから来るから」

「いつだ」

 まるで子供が約束をせがむような感じに、苦笑してしまう。
 私が破るわけないのに。

「玉彦は大学まで行くんでしょ? 豹馬くんに聞いたよ。だから、二十二歳位かな。だから、五年後くらい?」

「長い」

 長いと言われても、そればっかりは仕方ない。
 玉彦は少し考えたのちに、とんでもないことを言い出した。

「高校を卒業したのち、比和子は正武家に入れ。俺はそこから大学に通う」

 よくよく話を聞けば、大学の四年間は鈴白を出て、他の土地で暮らすそうで、澄彦さんもそうだったらしい。
 その間、正武家の当主は鈴白に縛られることになる。

「通うっていっても、無理じゃん」

 ここから最寄りの大学まで何時間あるのよ。
 しかもそれなりの大学だったら、こんな一地方都市になんか無いし。

「何とかなる」

 たぶん、ならないと思うよ……。
 でも澄彦さんと玉彦なら何とかしちゃうかも、と思う所が怖いところ。

「そのあたりはきちんと後で話し合って決めよう?」

「……わかった」

 夜の風がひんやりと私たちを包む。
 でも、玉彦がとても暖かかったので。
 私は寒さを感じることはなかった。

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