私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第二章 はなおぬ

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 部屋に戻った私は、畳の上でうつ伏せになり、座布団を抱えてまだぐずぐず泣いていた。

 だって、死ぬって。
 私、死ぬって。
 まだ十六年しか生きてないのに。

 あの後、澄彦さんから今回の件の始まりを聞いた。

 小百合さんが帰ったあと、石段が一つ、ずれていたそうだ。
 丁度私が座っていた辺りの。

 正武家が治めるこの地には、色々なものが祀られ、封じられている。
 その内、五村と正武家、六つに別けられ封じられている『隠(おぬ)』がある。
 それは御倉神が示した場所だった。五つだったけど。
 正武家では石段にそれは眠っていた。
 けれど石段がピンポイントでずれて目覚めたそうだ。
 そして一番最初に目についた人間に、印を残して逃げていった。
 ソイツはまだ見つかっていない。
 その印こそ、私の踝にある牡丹の痣。
 今は一枚剥がれ落ち、五枚の花弁になっている。
 印は『華隠(はなおぬ)』と言い、そのままにしておくと私は七人目の隠になる。
 そうしないためには、各所に封じられた隠の爪で、一枚一枚剥がしていかなくてはならない。
 今回玉彦と南天さんは、豹馬くんが言っていた岩へ行き、隠の爪というか腕を持って帰って来た。

 と、ここまでが澄彦さんの話。

 御倉神が言うには、彼の力であれば時間は掛かるけれど、隠にはならず、印も消せる。はずだった。
 けれど一度始めてしまったこの剥がす行為、六隠廻りというのだけど、これを終わらせなければ私は死ぬそうだ。
 
 ちなみに隠が封じられているところは、鬼の敷石と呼ばれる。
 つまり、隠とは鬼のことだった。

 私が聞いたのはここまで。

 てゆうか、御倉神よ……。
 なぜさっさと現れてくれなかったのよ。

「揚げを喰っていた」

 だそうだ。

 そしていつもは限られた人間にしか視えていなかったその姿は、私が御倉神に触れている時だけ視認できるらしい。
 そういえば、私が神隠し未遂に会った時、澄彦さんにもその姿が視えていた。

「これからどうすんのよ……」

 独り言を噛み締めて、私は進む道はもう一つしかないのだとわかっていた。
 死にたくないなら、剥がすしかない。
 それだけだ。
 しかしその為には、あの苦痛に耐えるのは勿論のこと、隠から爪を取って来なくてはならない。
 それは、玉彦や皆を危険に晒すということ。
 澄彦さんはこれは正武家の仕事と言うけれど、そうですね、と簡単には言えない。

「入るぞ」

 こちらの返事も待たずに、玉彦が部屋へ入ってくる。
 まぁ、ここは彼の部屋だから、私の許可なんて必要ないけどさ。
 私は匍匐前進して部屋の隅に逃げて、玉彦から距離を取った。
 野良猫みたいだと思う。
 強制的に私の足を引き寄せ、踝の状態を確かめれば、無言のまま押し入れからお布団を出して敷き始める。
 きっちり二組。
 そしてさっさと電気を消すと、寝てしまった。

 私は玉彦がこういう態度をとる時を良く知っている。
 それは、不貞腐れている時だ。
 でも私はあの抑えつけられた恨みがあるので、絶対に折れてあげるつもりはない。
 もそもそとお布団に移動して、毛布に包まる。
 こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば届く距離にいるのに。
 しばらくして、隣で動く気配がすれば、寝返りを打っただけだった。

 どうする、私。
 しだいに寂しくなってきて、思い切ってお手洗いに行く。
 廊下をとぼとぼ歩くと、南天さんと出くわした。

「うわっ。南天さん」

「おや。眠れませんか」

 頷く私に南天さんは台所へ行きましょうと言って、はちみつ入りのホットミルクを作ってくれる。
 お母さんみたいだ。
 南天さんは私の正面に座って、自分のお茶を注ぎ入れた。

「部屋をご用意いたしましょうか?」

「……」

「先ほどのことを根に持ってらっしゃる」

「……わかってはいるんです。必要なことだったって。でも、さすがに説明もなく力尽くは許せません!」

 私はマグカップを強めにテーブルに置く。
 苦笑した南天さんは、立ち上がった拍子によろめいて、椅子に座り直した。

「大丈夫ですか!?」

「あぁ、すみません。今回のはさすがに私も疲れました。一昼夜以上眠らずに動いていたもので」

 額に手を当てて溜め息を漏らした南天さんの横顔は疲れの色が濃い。

 鬼の敷石の中で。
 どういう仕組みなのか、二人はそこで隠に対峙していた。
 だとしたら、玉彦も同じくらい疲れているはずだった。

 ……ほんと私ってしょうもない。
 自分のことばかり考えてた。
 裏で支えてた、頑張ってくれていた人たちがいたのに。

 両手で寝ぼけた顔を叩いて気を引き締める。
 こんなんじゃ、ダメだ、私。

「南天さん。お部屋まで送ります!」

 腕まくりをすれば、丁重に断られた。
 姿勢正しく礼をして、部屋にまっしぐら。
 スパンスパンと襖を開け閉めして、玉彦のお布団の横に正座した。

「起きてるでしょ」

「……今ので起きた」

「話があるの」

 そう言うと何を思ったのか、毛布を捲って中に入るようにいう。
 さすがの私もちょっと勢いが止まる。
 だっていくら玉彦だとしても、一応もう男の人だし。
 もじもじしていたら腕を掴まれ、あっという間に引き込まれた。
 向き合えば、玉彦から石鹸の香り。
 至近距離で固まる私に彼は何故か満足そうだった。

「俺も話がある」

「なに?」

「いくら御倉神でもあれは男だ」

「はあぁ?」

 予想外の話に、思わず玉彦を見る。
 私に腕枕をして、眉間に皺を寄せ目を閉じていた。

「気安く他の男の腕の中に入るなど、許さん」

「だって、誰だってあんなことされた後に、その張本人のとこに行くわけないでしょ!」

「あれはお前の為だ」

「だからって説明もなしに。じゃあ玉彦は、額に肉ってマジックで書かれて、全然落ちなくてさ。書いた犯人の私に慰められたらどう思うのよ?」

「許さん」

「一緒じゃんよ」

「……だが、お前は駄目だ。人型をしているとはいえ、あれは神だ。お前はまだ神の本質を解っていない。あれはいずれお前を『神守』として欲しがるだろう。献上するつもりはないが、比和子の気持ち次第だ」

「よくわかんない」

「とにかく御倉神に気安く近づくな」

「命令するわけ?」

「……近づかないでください」

「わかりましたっ」

 最初からそう言えば、こんな時間を掛けなくても良かったのにさ。
 てゆーか、神様に嫉妬するって。
 なんて強欲。

「比和子の話は」

「私? 私、明日から頑張るから」

「何を」

「色々。だからきちんと話に混ぜてよ。当事者だから」

「それは……前向きに検討する」

「政治家かっ!」

 玉彦はぎゅっと私を抱きしめる。
 この流れ、意味がわからない。
 でも心地よいからそのままにしておく。

「比和子。俺はもう限界だ」

「えっ? いや、ちょっと駄目だよ! そんなまだ……? 玉彦?」

 耳元で微かに聞こえる規則正しい寝息。
 あぁこれはいわゆる『消耗』した玉彦の状態だ。
 睡眠で回復を図るという。
 何度か鉢合わせしたことがある。
 極度に力を発揮するとこういうことになる、らしい。

 ほっとしたような、ちょっと残念のような。
 私は、欲求不満なんだろうか。

 そんなことを思いながら、夜は更けていく。
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