私と玉彦の六隠廻り

清水 律

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第二章 はなおぬ

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 金色の鈴を幾度鳴らしても、返事はない。
 玉彦と南天さんは一体どこへ行ってしまったのか。

 私は灯りが橙に照らす夜の石段に座り込み、飼い主を待つ犬の様だった。
 数段下には豹馬くんと須藤くんがいる。
 澄彦さんが、正武家の敷地内とはいえ、私を一人にするのを良しとしなかったからだ。
 しかも痣が出来たこの石段とあれば、なおさらだった。

「上守さん、足大丈夫?」

 心配してくれる須藤くんは、私の一段下に腰かけた。
 豹馬くんは灯篭に立ったまま凭れ掛かっている。

「今は大丈夫」

 痣はあれから少しだけ拡がっていたけど。
 その分痛みは引いていた。

「ねぇ、玉彦はどこへ行ったの?」

 疑問をぶつけてみても二人は黙ったまま。
 これは澄彦さんも宗祐さんも同様だった。
 知らない訳じゃない。
 知っていて、私には教えてくれない。
 この痣が関係しているのだけは明白だった。

 しばらくして、こちらを二度見した豹馬くんが後ずさった。
 なんだろうと振り返れば、背後に御倉神が浮いていた。
 南天さんに続き、豹馬くんにも視えてるらしい。
 正武家当主や息子には視えないのに。
 須藤くんはというと、何も反応がないので視えてはいないのだろう。
 名もなき神社で初めて御倉神に出会った時もその場にいたけど、何も言わなかったし。

「なにをしておる」

「見ればわかるでしょ。玉彦を待ってるの」

「あーあの子か。アレはまだ戻れぬだろうなぁ」

「そうなんだ……。……どこに居るか知ってるの?」

「鬼の敷岩だろう?」

 御倉神の言葉に、豹馬くんが額に手を充てる。
 言っちまった、という風に。

「鬼の敷岩ってどこに在るのよ」

 私が声に出せば、今度は須藤くんがぎくりとする。
 彼は私と御倉神の会話が聞こえていないので、いきなりそれを口にした私に驚いている。

「あちらとあちら、向こうとこちら、最後にここ」

 御倉神は腕を伸ばして各方面を指差し、最後に石段の真下を指した。

「で、玉彦は?」

「山向こう」

 それはきっと、昨日澄彦さんが見に行った岩のある場所だった。

「連れてって」

「上守!」

「上守さん!?」

「揚げを詰めたおいなりさんで良いぞ」

 揚げを詰めたおいなりさんって、ただの揚げ詰めだと思う。

「ダメだ、上守。お前が行っても足手纏いだ!」

 豹馬くんは私の腕を掴み、御倉神から引き離す。

「そんなの、行ってみないとわからないでしょう!?」

「何も力のないお前が行って何ができるんだ!」

 行っても鈴を鳴らして名を呼ぶことくらいしかできない自分は確かに役には立たない。
 でも、もし私のせいで玉彦と南天さんが危険な目に遭っているなら、黙ってはいられない。

「髪を捧げよ。さすればわたしの力を貸してやる」

 御倉神は私の髪を掴んでサラサラと流した。
 捧げるって切るってこと?
 神様に何かを捧げるって、それも呪になるんじゃないんだろうか。

 どうしよう。
 また暴走したと、玉彦は怒るだろうか。

「ちなみにどれくらい?」

 御倉神の指先が五センチくらい開く。
 それくらいなら。毛先を整えたと思えば、なんとか。

「上守、ダメだ」

 今度は私の両肩を掴み、豹馬くんは必死で止める。
 でも、今はそれしか方法がないんじゃないの?

「良く考えろ。澄彦様が動かれないということは、まだその時ではないんだ。それに玉様だって、お前が知っている頃の玉様ではないんだぞ!?」

 確かに澄彦さんは、息子が戻っていないと知っても飄々としていた。
 余程の信頼があるのは感じられたけど。

「でも、だって!」

 何もしないでいられると思う?
 ただ祈っているだけじゃ、何も変わらないんじゃないの?

「信じろ! 玉様はオレでもなく、須藤でもなく兄貴を連れて行ったんだ。だから大丈夫だ!」

 そうだ。
 豹馬くんだって私と同じく、南天さんの帰りを待っているんだ。
 こうして、力が無く、連れて行ってもらえなかった悔しい思いを抱えながら。

「何を騒いでるの、君たちは」

 石段の上に澄彦さんが現れて、私たちの状況に呆れている。
 一段一段降りてくれば、御倉神はいつの間にか消えていた。
 逃げたな、アイツ。

「今、宗祐が迎えに行った。時間が掛かったけど首尾は上々。比和子ちゃん、お風呂に入ってから僕の間に。それからお前たちも禊をしてから来るように。面白いものを見せてやる」

 二人は一礼して、私を連れてお屋敷に入る。
 早まらなくて良かった。
 とりあえず無事に玉彦と南天さんが帰ってきてくれさえすれば、それでいい。

 二人と分かれて、私はお風呂に直行し、湯船に浸かってふと思う。
 どうして私、お風呂に入らなきゃダメなんだろう。
 さっきも入ったんだけどなぁ。
 湯船でぶくぶくしていたら、脱衣所でガタガタ音がする。
 まさか下着泥棒ではないだろうと思っていたら、ガラリとドアが開いて。
 湯煙の向こうに腰にタオルを巻いた玉彦と、南天さんが。
 玉彦と、南天さんが……。

 コントのように硬直した玉彦はドアをカラカラと締め直し。
 バタバタと立ち去っていくのがわかった。

 気付いてよ!
 籠に私の着替えとか入っていたでしょ!
 湯船に浸かっていて良かった……。
 明日、南天さんに入浴中のぶら下げる札を作ってもらおう……。

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