Killers Must Die

42神 零

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英国上陸篇

10:非道

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[2056.03.06 20:42]
ロンドン・反逆軍本拠地




 ヨグ=ソトースとの激闘から数時間後。零児はハスターと初めて会った場所に座り込み、タバコを吸いながらハスターの帰りを待っていた。トドメはハスターに託したもののどちらにせよヨグ=ソトースの暴走を止められたのは零児のおかげだと言っていいだろう、故に報酬を受け取る権利だって零児にある。

 現在ハスターは別室にて落ち着きを取り戻そうと閉じこもっている。自分の手で初めて人を殺した、しかもよりによって自分の憧れの人間をこの手で殺したのだから落ち着きがないのも仕方がない。

 むしろ落ち着けと言った方が無理な話である。人は一度人を殺してみればその感覚が脳裏にベッタリと残り、忘れたくても忘れられないものだ。

 だが、零児はそれをわかっていてハスターにトドメを譲った。彼なりの配慮なのだろう、ヨルハに殺意を向けている以上、彼には''人を殺す''という感覚を一度経験しなければ迷ってしまう。それを見越してトドメを譲ったとされる。



「…待たせた」



 しばらくして、扉が開くとハスターが配下であるロイガーとツァールを連れて部屋へと入り込んできた。事情を知った二人も落ち込んだ様子で、笑顔を作っている人間なんて誰一人いないこの空間に、零児は吸い終えたタバコの吸殻を携帯灰皿に収納し、立ち上がる。

 ふとハスターの顔に目を向けた。彼の頬には汗が流れ、顔色も良くない。まだ人を殺した感覚がべったりと鮮明に覚えている状態なのだろう。現に一人で歩くのも辛いらしく、ツァールとロイガーに両肩を担がれたままそこら辺に座り込んだ。

 その様子を見て、零児は何も言わない。加えてこうと言った表情も見せない。当然の反応だ、人を初めて殺すのならそれなりの精神力と常に簡易な感情など捨てて置かなければ殺しという行為は出来ない。

 出来るものは殺人鬼か、もしくは生まれつきの天才か。零児もいくつか頭のネジがぶっ飛んでることぐらい自覚している。むしろそうでなければ人殺しを生業とする殺し屋などやってられない。

 だからだろうか、零児はこのクソのような職業に時折反吐が出そうになる感情に駆られるのは。今の零児からして、ハスターという存在は殺しに初めて手をかけた自分に似ていると思ってしまってる。



「…よくやったな」



 故に咎めない。代わりに肩を軽く叩いて励ましの言葉を送った。叩かれた手に何かを手渡されたことに気付いたハスターは視界を変えると、そこには一本のタバコが握られていることに気付く。

 今度は吸殻というゴミとは違い、ちゃんとした新品同様のタバコで、ハスターは苦笑いすると手を伸ばし、それを受け取ろうとすると零児は手を引いて受け渡しを拒んだ。何をするんだと言いたげそうな表情をしたまま零児を見つめるハスターだったが、もう片方の手を伸ばされてることに気付いた。



「物を返してもらおうか。話はそれからだ」



 零児がいう物に気付いたハスターは、懐から預けていた拳銃を取り出し、手渡した。それを確認すると零児は拳銃を手に取り、代わりに持っていたタバコとライターをハスターに渡し、元の座っていた場所へと戻る。

 腰掛ける零児に対し、ハスターはタバコをくわえてライターに火をつけると煙を吸い込み、大きく息を吐き出した。灰色の煙がこの空間を包み込む中、零児は拳銃の点検をしながら口を開く。



「…そんじゃ、教えてもらおうか。アンタらが知っている全てを」



 足を組み、即座に銃のパーツをバラバラにすると、ひとつひとつの部品を丁寧に布巾で拭い、故障がないかどうか確認しながら言う零児。対するハスターはタバコを一服すると両肘を膝に乗せ、手を組むと首を垂れ下げたままこれまでにあったこと全てを話した。



「あぁ、始まりは…今から''十五年前''だ」














[2033.01.24 09:13]
日本・某所




 俺は日本のとある場所で生まれた。さすがにどこの病院だかは覚えてねぇが、施設の中だってのにやけにボロっちぃのはよく覚えている。

 両親は何の変哲もない、どこにでもいるような奴らだ。父親と母親、揃いに揃って俺の誕生に歓喜してたさ。そういやよく抱っこしてたな、少なからず愛情は注がれていた事ぐらい自覚出来た。














[2035.06.14 11:52]
日本・某所




 俺が二歳になる時、妹が生まれた。ガキの頃の話は正直覚えてないけど、妹の元気のいい産声はまだこの耳の中に残ってる。

 それで、俺もこの場所に生まれて生活にも慣れてきた。どうやらここは日本の中でも治安が悪い場所らしく、外のあちらこちらを見りゃ暴徒だらけ。今の性格が変に曲がってんのはその地域で育てられた由縁なのかもしれねぇな。

 で、生活そのものは決して楽って訳じゃない。この場所に生まれたから金が手に入ることなんて滅多にない。

 それでも俺の親父は馬鹿でよ、金のため、家族のためならなんだってする奴で、わざわざそこから馬鹿遠い場所まで出勤しては夜遅くに帰ってきやがる。

 でも笑顔だった。家族に対する愛ってやつか、子供達のためならと頑張れるってよく言ってた。改めて思うと両親はすげぇって実感したよ。

 それ以来、特にこうと言ったもんは無い。生まれがあれだが、それを除けばどこにでもいるような一般家庭のお集まりさ。

 …けど、ここから先が違う。今まで通り上手くいっていた家族仲良しごっこは、その先の出来事で一瞬にして崩れ落ちた…。

 ''あいつ''が来たから…。














[2041.01.24 13:13]
日本・某所




 俺が八歳の誕生日の頃、突然我が家にある男が訪ねてきた。そいつは大量の黒服の大人共を連れて来ると問答無用で押し込んできやがった。

 訳が分からない俺たちは困惑する中、一人の男が土足で入ってくると両親を見るなりニヤリと怪しく笑ってこう言ってきたんだ。




「私は''ヨルハ=アンダーソン''。とある研究のため、子供二人を引き渡して欲しい」




 両親は信じられない顔をしていた。ただ当時の俺と妹は何を言ってるのか分からず、目の前の大人共に悪寒を感じて怯えてて、物や両親の後ろに隠れて様子を見ていたのはハッキリと覚えている。

 当然、両親は断った。愛する息子娘の為だと言い張り、むしろ出て行けの一点張りで怒鳴り込むだけに終わる。

 相当怖かったんだろうな、周囲の大人共はビビって引いていたけど、ヨルハって名乗ってた男だけは違った。それを想定していたのかどうか知らねぇが、臆することなく次のプランを提案してきやがった。









「…巨額の資金を約束しよう。子供一人で十億、それでどうだろうか?」




 とてつもない金額に呆然とする両親。最初は「そんなものハッタリに決まってる」と言い張っていたが、一人の大人がアタッシュケースを用意するなりハッチを開くと巨額の札束が飛び出してきやがった。

 無理矢理押し込んで入れたものだろう、一束数百万の束が何個か床に転がる。当時の俺たちは怯えてるだけで驚く暇なんてないものの、両親の顔色が変わっていたことに気付いていた。




 。目そのものは怒りに満ちていたんだがらにやけズラが止まらないような、そんな感じだった。

 そこで初めて気付いたよ。あぁ、大人共は性根が腐っている。人間誰しも自分さえ良ければなんでもいいって。

 人を動かすのは金。体も、心も、なにもかも動かす原動力は愛情とかいう薄っぺらい心情ではなく、汚れて気持ち悪い金そのものが奴らの燃料だと、そう気付いた。














 そこから先は覚えてない。気付いたら鉄格子で囲まれた大型バスに、俺と同じような子供達が全員収容されてやがった。

 妹とはハグれたな。どうも男と女を区別を付けるためか、俺が乗っていたバスには野郎しかいなかった。














[2043.7.29 17:33]
日本・某地下研究所




 ここへ来てどれぐらい経ったのだろうか、正確な時は覚えていない。あるのは分厚い首輪と周囲のガキ、暖かい食事と集団部屋。

 なんだここは…刑務所か何かかとそう感じた。両親から売り飛ばされ、妹とはハグれ、見知らぬガキ共に訳わかんねぇ場所。気が狂いそうになった。

 この場所には時計もなけりゃ窓もない。多分地下施設なんだろうが、何の目的で俺たちのようなガキを閉じ込めるか、理解に苦しんだ。

 けど、奇妙なことに奴らは定期的に指定したガキ共をかき集めては厳重な扉の奥へと連れて行くことがあった。その先で何をされてるのかわからないが、決して閉じ込めたり殺したりする訳じゃねぇけど、普通に帰ってきやがる。

 ただ、揃いに揃ってどいつもこいつも死んだ様な目をしてる。特に外傷とか見当たらないから体罰とかそう言う類じゃないし、何しろ悲鳴とかそういうのも聞こえないから返って不気味だった。

 それからだというもの、俺は毎晩脅えるようにクソッタレな日々を送った。朝起きて飯食って義務教育を受け運動して、その後に晩飯食ってガキ共が呼ばれては自室に戻る。それの繰り返し。

 けど一番気にかけていたのは妹だ。あいつは今頃何をしているんだろうか、俺と同じような扱いを受けているのか、不安で仕方なかった。

 そりゃそうだろうな。互いに両親から売り飛ばされるし、唯一無二の家族と呼べる奴を心配するのは当然のこと。それも相まっていつ呼ばれるのかわからない恐怖に、一睡も出来なかった日もあった。

 出来ればこのまま何事もなく、元の生活に戻りたいと何度願ったことか。そんな願いを祈ったところで無駄だということぐらいわかってるけど、当時の俺はそれしか出来なかった。














[2045.01.24 17:20]
日本・某地下研究所




 十二歳を迎えたその夕方、なんの前触れもなくその時がやってきた。今日も不味い飯を食い終えると大人共が集まって次々と番号を読み上げ始める。

 あぁ、またこれか。もう見慣れた光景に俺は肩肘をついて呆然としたまま見つめる。周囲のガキ共…主に新入りはなんだなんだと不安がってるだけで誰も逃げようとしない。

 そりゃそうだろうな。なんの説明もなしに、あんなことされちゃ誰だって戸惑う。焦らねぇやつは図太い神経を持つ奴か、あるいは単なる馬鹿のどっちかだ。



「3011、2785、0124」

「っ…!」



 だが、この時は違った。ここへ来て二年以上経つが、俺の番号が呼ばれるなんて初めての出来事だ。

 驚き、思わずテーブルに置かれた皿を落としたまま立ち上がり、拳を握る。…震えが止まらなかったんだ。これから何をされるのか分かったもんじゃない、未知に対しての恐怖と何か嫌なことが起きるんじゃないかというただの勘が混ざりあって、思わず吐きそうになった。

 けど、ここで逆らったら何されるのか分かったもんじゃない。そもそも俺のようなガキが大人共に勝てるはずもない、気の狂ったような連中だから最悪死ぬ可能性も十分に有り得る。

 行かないと…。大丈夫、あぁ、大丈夫だ。なんの宛にならない励ましの言葉を自分の心の中で言い聞かせ、震えながらゆっくりと足を動かす。

 周囲のガキ共は心配そうにこちらを見つめている。おいやめろ、そんな目で俺を見るな…見せ物じゃねぇぞ…。

 そんな視線を掻い潜りながら、俺は大人共に囲まれたガキらの列に並ぶ。順列は最後尾、つまり最後だ。

 …反応はそれぞれだ。何されるのか分からず、恐怖するやつ。ここから逃げたいと願い、祈りを捧げる馬鹿。中には現実逃避してんのか笑ってるやつもいた。

 未だにここがどこなのか、何の目的でこんなことをしてるのかわからねぇ。わからねぇけど、ここにいたら心が持たないことぐらいはわかった。



「…ねぇ、君」

「!?」



 色々考え事をしたら隣のやつが話を掛けてきた。声のした方向へ視線を向けると見ず知らずの女…いや、白いスカーフを首に巻いた男が苦笑いをしたまま俺を見つめている。

 …誰だこいつ。いきなり話しかけてきやがって、こんな状況なのに苦笑いなんざ呑気な野郎だなって、最初はそう思ってた。



「そう心配しなくていいよ。噂で聞いたけど、簡単な予防接種程度で済むらしいから」

「………」

「えっと…き、君の名前を教えて欲しいな。ほら、僕…友達とかいないし…」

「………」

「…あ、その…えっとね、僕の名前は___」

「なぁ、あんた。このヘンテコ検査から帰ってきたやつの顔、見た事あるか?」

「え?」



 無視を貫き通してきたが、そろそろ鬱陶しいので俺の知ってる限りを話すことにした。突然話しかけれたことに驚いてんのかどうか知らねぇが、そいつは戸惑った様子で俺を見つめたまま動かない。

 …やっと静かになったな。その引きつった顔が少し面白いと思ったけど、二度と話しかけて欲しくないから少し話を盛ることにした。



「これは単なる予防接種じゃねぇ。こっから帰ってきたヤツら全員、どいつもこいつも死んだ魚のような目ん玉をして帰ってきやがる」

「え?そ、それって…なんで…」

「知らねぇ。けど、外傷とかそういうの見当たらねぇから少なくとも体罰とかそう言う類じゃなさそうだな。…まぁでも、今から俺たちがそいつらと同じようになるってんなら、体罰の方がよっぽど良かったりするかもな」

「や、やめてよ…」



 …おいおい、自分からそう言う話題を振ってきたってのにその反応はなんだ。けど、怖がってることに間違いない、これでしばらくは静かになるだろう。

 それに俺はこいつとの仲良しごっこに付き合うつもりは無い。人間なんて自分さえ良ければそれでいい、俺のクソ両親がいい例えだ。

 …あのクソ野郎共、今頃何やってんだか…。顔も思い出したくもねぇが、育てられた恩義ってやつなのかどうなのか知らねぇけど、気になって気になって仕方がない。

 ただ一番気掛かりなのが…妹。あいつは大丈夫なんだろうか。通信手段もないし、増してや面会する機会なんてない。そもそもここは地下のどこか、関係者以外立ち入り禁止区域なんだろうな。



「以上、十二名。確認完了しました」

「よし、では前進」



  …と、なんだかんだ言って確認を終えたらしい。この仲良しガキんちょ行進隊率いる大人を先頭に、目の前にある鉄の扉が重々しい音を立てながら口を開いた。

 前が見えない暗闇の先から冷たい風が吹き、俺たちの肌を凍らせる。まるでこの先から極寒地獄のような、そんな錯覚に襲われながらも俺たちは足並みを揃えながら前へと進む。

 選択肢なんて無い。この大人共の言いなりで選択も拒否も出来ない。俺たちは子供、どんなに憎かろうとも大人には勝てない…。出来ることなら殺してやりたい、けど力のない俺たちは従う他無かった…。














 このクソみてぇな入口に入り込んでからどれぐらい経ったのだろうか、俺たちはライトを持つ大人共を頼りに(本当は頼りたくねぇが)前へ、前へと進む。扉は既に閉まっており、外の光と音が完全に切断されてしまい、静寂と暗闇がこの空間を支配する。

 あまりにも静かだ…本とかでよく見る「不気味なほどの静けさ」とはこう言ったものだろう。視界も悪く、顔に手を近付けたら辛うじて自分自身の腕がやっと見える程度の暗さだ。

 ここに長く居座ったら自分が生きてるのか死んでるのか分からなくなる…。馬鹿みたいに静寂だからこそ自分の中にある脈打つ心臓の音が大きく聞こえる。

 実際訳が分からないらしく、発狂してる奴もいる。静かにして欲しい、俺もしたいなら発狂したい…けど騒いだところでどうにもならねぇだろ。



「止まれ。全員動くな」



 ある程度進んだところで先頭の大人が止まり、前を歩いていた集団も足を止める。…何か始めるつもりなのだろう、さっきから嫌な予感がしまくって仕方がない。

 冷たい汗がスーッと頬を伝って流れ落ち、床に落ちると水しぶきとなって地面に吸い込まれる。その音と感覚だけハッキリしていて、それ以外は何も見えないし何も聞こえない。

 もうここまで来てしまったのなら早く始めてほしい。一刻も早くこの場所から離れたい、その気持ちがいっぱいで胸が張り裂けそうになる。



-パシュッ!!

「っ…!!」



 そんな中、隣から何かに撃たれたような鋭い音が聞こえた。なんだなんだと隣を見ても何も見えず、次には誰かが倒れ込むような大きな音が聞こえる。

 何が起きてるのかわからない。だが何かが起きてることは確実。見えない恐怖に少しパニックになりそうになったが、ぐっと堪えて叫びたい気持ちを押し殺して耐え凌ぐ。

 もちろんのこと、その音に気付いたのは俺だけじゃなく、他の奴らも同様に何かが起きたことに怯え始めウロウロとするものの、同じような音が何度も聞こえると一人、また一人と動揺から発せられる声が聞こえなくなっていく。

 間違いない、これは何かの異常だ。主犯はあの大人共、それとしか考えられない。ここから早く逃げ出したい。けど見えない恐怖に足が竦んで思い通りに体が動かなかった。

 …そうか、この空間が真っ暗闇の理由はそのためか。俺たちを閉じ込めるために…そして俺たちを…




-パシュッ!!

「が…っ!!」



 俺たちを………捕まえる為、に…。見えないけど…何かに、撃たれた…。痛みは…ない、でも意識が…遠のく…。

 これって…。麻酔とか、そういう…やつ、か…。



「捕獲完了。これよりフェイズ2へと移行する。運べ」



 部屋に…明かりが、着いた…。周囲のガキは…同じように捕らえられて…それから、目隠しを………。














[????.??.?? ??:??]
日本・某地下研究所





「被…012…、バ……ル異…無し。心…、…動脈、……器官、共に……で…」



 …なんだここ…。頭が…クラクラする…。何かの…液体の中…か?緑色の…液体の先に…白衣を着込んだ人間が…。

 くそ…視界がぼやけて…ハッキリと見えない…。耳鳴りも酷い…全部…聞き取れなかった…。

 何が…起きてるんだ…?まさか…他の奴らも…同じように…?



「ふ…、…果は…畳の…り…。で…''タイプD''の投…を…」



 なん、だ…?タイプDって…。なんの、話をしている…?

 それに…あのジジイ…どっかで見たことが…。



「…い。''タイプD''、…与」



 お、おい…何をした…!やめ、ろ…!俺を…俺を、ここから、出し、やがれ…!!

 体の…至る所に…注射器のような、道具が、迫ってきてる…!!か、体が、拘束…されてるから、う、動け…ない…!!

 やめ、ろ…!!やめて、くれ…!!



「心……上…!!精神、不…定で…!!」

「構…ん、続…ろ」

「…すが…!!」

「代…りならい……でもいる」



 寄る、な…!!やめ、ろ…!!俺が、俺が何を、したって、いうんだ…!!

 助け…助け、てくれ…!!!針が、刺さ…!!



「っ……………………!!!!」



 痛、い…!!痛い痛いイタイイタ、い…!!痛い痛い痛イいたいいいたたいイタイいイイイタタたタいたたたイイイアアアアアアアあああああああああああああああああ!!



「タ……D、…与…確認」

「バイ…ル、低下してます…!!」

「精…不安定…!!鎮静剤投与の許可を!!」



 クそ…!!今ニなっテ聞こエテ来た…!!こいツラ…ナんてことヲ…!!

 人の体ヲ、ナン、な、なんだだ…ナンだと思っテやがル…!!



「いや待て。適合率を見せろ」

「は、はい!!タイプDとの適合率…70で…80…90…!!嘘…!!今も上昇中です!!」



 何、ガ…適合率…だ…!!何ガ…タイプD、ダ…!!

 何笑ッテやガル…!!テメェ…ゼッテェに…ブッコロシテやル…!!!



「素晴らしい…!!ここまでの結果はお前が初めてだ…''0124''」



 ソノ名前で…俺ヲ呼ブ、なあァあああああああ!!!














[2045.01.25 08:56]
日本・某地下研究所




 ようやくここで目を覚ました。気が付いた頃には全体真っ白のクッションに覆われた一室で、中央に設置されている簡易ベッドの上で俺は横になっていた。

 何が起きてるのかわからない。麻酔で気絶されて、それからの記憶が曖昧だった。いや曖昧というより思い出したくない。

 何故だか分からないけど無理矢理思い出そうとすると凄まじい悪寒と吐き気が込み上げて吐きそうになる。同時に頭が割れるんじゃないかと思うほどの頭痛に俺は頭を抑えて、痛みを誤魔化そうと自分自身を撫でると…そこで違和感を感じたんだ。

 何故か凹凸が出来ている。頭蓋骨が歪んでるんじゃないかと錯覚するほどのくぼみがあったからだ。ところどころに穴が空いてるようで奥に指を…いや、辞めておこう。もしかしたら…もしかしたらだけど脳みそまで達してるのかもしれない。

 そんな嫌な予感がする中、俺はこの部屋から脱出するため出入り用の扉を探したもののどこにも見当たらない。唯一あるのはここから三メートル上にある排気口のようなものがあるものの、届くはずもなく、ましてや網目状の鉄格子があるためどちらにせよ脱出は簡単ではない。

 言うなれば詰み。大人しく待つか、それとも抗って無理矢理ここから出るか。…はたまた今まで起きたことを振り返って、くそ吐き気と戦いながら事の出来事を思い出すか。

 幸いにも俺しかいない。いや、幸いとは言えないな…今の額を確認したくてうずうずしててどうも落ち着かない。

 誰でもいい。あのクソ大人以外なら誰でもいいんだ。状況を教えてくれ。

 …って叫びたいのも山々だが、扉も窓もない以上無意味だ。ついでに言えば防犯カメラのようなものもないし、この部屋は完全に隔離されているような状態だった。














 しばらくして。この部屋に閉じ込められてから大体一時間が経つ。

 特にこうと言った進展は無く、俺はやることが無くてどうしようもなくなり、ベッドの上で座り込んで待機している。

 別に何かを待っているわけじゃない。後から来る怠さにやられ、動きたくない状態だった。

 けど危機感はある。恐らくこの場所に居続けたら殺される。殺しにくる訳では無いが、食料も水もないこの現状だからこそ餓死する可能性がある。

 とはいえ、今はこうと言った食欲がない。ただ欲しいのは水。一時間何も飲まずに居れば喉が渇いてしまうのも必然だろう。

 その間に俺は考えた。何故こんなことになってしまったのかと。この額といい、この研究所と言い、俺と妹が何をしたっていう話だ。

 ただ俺と妹は生まれてきただけで、誰にも迷惑をかけていない。それなのに大人共の勝手な行動によって俺たちはこの訳の分からない場所に連れて来られては思うがままにされる。

 …もう限界だ。ずっと我慢していたが、次にあいつらを見つけたら絶対に殺す。自分が満足するまで…ヨルハ・アンダーソンというクソジジイをぶっ殺す。

 これは復讐だ。復讐は何も生まない、そんなこと分かっているけど俺の気が済まない…。絶対に殺す、徹底的に殺す、慈悲もなく殺す、じわじわと苦しめてから殺す。



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」



 …声が震えてきた。気が付いたら瞼の裏が熱いし、視界がボヤけてきた…。どうやら俺は泣いているらしい。

 情けねぇ話だよな…。こんな所で、訳のわかんねぇところで死ぬなんてよ…。そうと決まったわけじゃねぇけど、こんなの死んだも同然じゃねぇか…。

 悔しい…。悔しい…!!悔しい!!!!大人たちが憎い!!



「ちくしょう!!!!」



 悔しさのあまり、設置してあるベッドを思い切ってぶん殴った。子供の俺が全力で殴ったとしても拳が赤くなるだけでぶっ壊れることなんてない。でも何かに当たらなきゃ気が済まない。それが壊れないベッドだったとしても。




 …そのはずだった。




-ベキィッ!!!

「!!?」




 目の前の出来事に思わず目を見開き、流していた涙が止まった。凄まじくエグい音が聞こえたと思えばベッドが真っ二つになった。

 支えていた鉄パイプが折れ曲げ、二つに分かれてへし折れるとシーツや布団は散り散りとなって宙を舞った。他の破片は飛び散り、壁や天井に突き刺さり、大型のパーツに関しては勢いよく吹っ飛んでった。

 …なんだ、これは。

 自分の力に呆然とし、思わず開いた口が塞がらない状態になって心の中でそう呟いた。いくら十二歳の子供だといってもこんなに力があるなんて異常そのものだからだ。

 ふと自分の拳を見つめる。あれだけ破壊力がある拳だと言うのに痛みも何も感じない…訳では無いが、少しヒリヒリするだけであって大怪我ほどの事態にはならなかった。

 子供とはいえ、これほどの破壊力に防御力。とても人とは思えない…いや、最早人が踏み込んでは行けない領域に入ってしまったような感覚に落ちた俺は引きつった笑みを作る。



「…いや、まさかな」



 そんなわけない。いや、絶対にない。そもそも非現実的な話だ、人がこれほどの力を持つなんて。

 じゃあこの目の前のベッドのなれ果てをどう説明しろと?この拳に着いた赤い跡は一体なんなんだ?

 …もっと確かめる必要がある。まだ現実を受け入れ切れてない自分がいる。もしかしたらまだ夢という可能性もある、それも生々しくて気持ちの悪い夢だと。



「………」



 ふと視界にあるものが止まった。それはベッドの破壊によって出来た、先端の尖った鉄パイプだった。その鋭さは大の大人ですら容易に抉るほどの貫通能力を持つもので、普通に考えればあれに突き刺さると死ぬだろう。

 だが、今はどうだろうか。あの破壊力と言い、皮膚の防御力といい…。仮にあれに腹部を突き刺したら俺は死ぬのか、それともへし曲げるのか。

 …固唾を飲んだ。死に直結するような危険な行動だが、確かめる他ない。自分を信用出来るのは自分だけ、そう信じながら鉄パイプを手に取り、尖った先端を自分の喉元に突き立てるとその場で静止する。

 息が荒くなる。鼓動が大きく、激しく動く。怖い。こんなこと意味があるのか。なんでこんなことに。…様々な疑問という雑音を混ぜ合わせながら、俺は意を決して喉に突き刺した。














 …結論から言おう。答えは後者だった。

 俺を突き刺したはずの鉄パイプが、俺の皮膚に直撃した瞬間、グニャリとへし曲がってただの鉄くずになった。ここはクッションで出来た部屋なので鉄と鉄が重なる鋭い音が鳴らず、ただトンッとものを置かれたような音が鳴るだけに終わる。

 …あぁ、これで証明された。俺は人を辞めた。原理は分からない、でもこんなの人が持てるような力じゃないということは確かだ。

 今はこの力がいつ、どこで、なんのためにあるのか、手に入ったのかすらわからない。けど、心当たりはある。



「タイプD…」



 曖昧な記憶の中、鮮明に残されたワード''タイプD''。それが何の意味を指すのか、分からないがこの力と無関係だとは言い切れない。

 分からない…分からないことだらけだ。やつらはどうやってこんな非現実的なものを仕入れてきたのか、何故俺たちなのか、そしてなんのためにこんなことをするのか。分からないの一点張りだった。

 でも…分からないことだらけでも、一つだけ分かることがある。この力を使えば…ヨルハ・アンダーソンをぶっ殺せるのかもしれない。



「…はは」



 そう思うとニヤケが止まらなかった。まだこの体を受け入れた訳じゃないが、奴を殺せるなら手段を問わない。



「…はははは…!!」



 自分の手でぶっ殺し、泣きっ面をかかせて、そこから内臓全部引っ剥がして、それから顔面を潰す。想像するだけで面白いな…赤黒く、人の血をぶちまけ、新鮮で綺麗な内臓がボトボトと周囲に撒き散らして、それから…!!



「あはははははははは!!!あははは!!あはははははははははは!あははははははは!!あははははははは!!!」



 ダメだ、笑いが止まらない。あいつが死ぬ姿を想像するだけで、俺の妄想劇が止まらない。

 もうなんだっていいや。あいつの家族も、あいつの部下も、全員皆殺しにしてやる…!!














「ごはぁっ…!?」



 自分でさえ醜いと思うほどの笑みを作ったところで、背中から何かが刺さったような感覚を覚え、その次には口が鉄臭くなると思い切って血を吐き出した。

 なんだ…何が起きた…?背中から来る焼けるような痛みを堪えつつ、後ろを振り返ると信じ難いものを目にしてしまった。

 自分を飲み込むほどの大きな赤黒い逆五芒星を象った…魔法陣のようなものが浮かび上がり、その中から黄色と黒を混ぜ合わしたような蛸に似た触手が伸びていた。点型の緑色の鈍い光を放つその触手はそのまま俺を持ち上げ、床から足が離れると宙に浮かび始めた。

 背後からヌルヌルと何かの粘着音が聞こえる中、次にずるりと流れ落ちるような音が聞こえた。同時に背後…というよりその魔法陣からは血に似たような赤い液体を撒き散らし、白いこの空間を赤く染め上げるとヌチャヌチャと嫌な音を立てながら俺の目の前に現れた。

 その姿は…なんというべきか形がない。いや、あるにはあるがどう表現するべきか。

 一言で言うならば''触手の塊''。最初は大きめのタコだと思っていたがそうというわけでもなく、目や口と言った器官が見当たらず、あるのは触手と船でよく見かけるアンカーのようなものが突き刺さっている。

 ヌメリのある粘液を纏った触手は何本あるのか数え切れない。少なくとも数百本はあると思うが…そんな悠長なこと言ってられない状況じゃないな、こりゃ…。



「なん、だ…お前は…」



 どこを見て話せばいいのか分からないが、血を吐き出し、穴の空いた肺で呼吸を行いながら対話を試みる。話の通じる相手だかどうかは分からないが、この地球上に存在するはずがない存在故、咄嗟にこの判断に陥ったのだろう。

 人間誰しも極限状態になると正常な判断が出来ないと言うが…それは本当らしいな。こんな目も口もない奴がどうやって鳴いたり見たりするんだって話だ…。




『ほぉ、これはこれは…。随分とおかしな臭いをしておるな、人間よ』

「てめ…喋れるのかよ…」




 こいつは驚いた…。蠢く触手らの集まる根元が二つに割れたと思えば人間に似た歯を持つ口が動いて喋ってきやがった。しかも口の奥に赤い目玉が数十個あって、ギョロギョロと気持ち悪く動いてやがる。

 そして何より驚きなのが、こいつが普通に喋れるということ。それも英語でも中国語でもない、太い男性が何重にも重なったような声が日本語で俺に話しかけてくる。

 というか待てよ。今さっきこいつ、俺から''おかしな臭い''って言ってなかったか…?そりゃ一体どういう意味…なんだよ…。



『ふむ…奇襲を仕掛けながらも自己紹介させて頂きましょうか。私は''ハスター''、闇に蠢く者でございます』
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