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英国上陸篇
04:襲来
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[2056.03 06 12:42]
神威英国支部・医療室
美月が目を覚ますと、白い病室にいた。ベッドに身を任せ、口元には酸素を補給するためのマスクが備わり、右腕には輸血パックで血を輸入していた。
「ようやくお目覚めね」
横から声がした。その方向へ目を向けると医者らしい女性が美月を見るなり優しく笑う。赤十字がエンブレムのコートをまとった女性は美月を見るなり瞼を大きく開くとペンライトを当てる。瞳孔の大きさで安全かどうか確認しているらしい。
その中で美月はぼんやりした記憶を振り返って何があったのか思い出す。自分はある目的のためにここへ来て、悪魔喰らいという堕落者に遭遇し、それから現地でデストロイと呼ばれる堕落者が彼の手によって…。
「問題ないね、あとは___」
「悪魔喰らいは!?」
「うわっ!?」
ペンライトをポケットに入れた直後、美月はマスクを外さないまま勢いよく起き上がり、悪魔喰らいの居場所を問いただす。あまりにも勢いが強すぎたせいで医者の女性は驚き、少し立ち退くが咳き込む彼女を見て起こした体を無理矢理押さえつけて寝かせる。
体がある程度回復したとはいえ完治したというわけではない。一応戦場へ出れるような状態だが、今となっては待機する他ない。
_しばらくして。
「…ここはどこ?」
落ち着きを取り戻した美月は目の前にいる医者に問う。何度も医療室にはお世話になった彼女だが、この場所に来るのは初めてで、まずはここがどこでなんの施設なのか確かめたかった。
とはいえ、あらかた予想は付いている。赤十字のエンブレムが目立つが、右胸に自分と同じ「神」をモチーフにしたエンブレムバッチが備わっているから。
「ここは''神威英国支部''…の医療室、と言ったところね。とんでもない形でここへ来たわね、ミヅキ・イザヨイ」
一瞬何故自己紹介もしていないというのに名前を知られているんだと驚くも、美月はここが神威英国支部だとはっきりとわかった瞬間、納得してしまった。
もともとはここへ来る予定だったからだ。日本からある目的のためにこの英国支部にやって来ると事前に知らせていたため、既に名前ぐらい知れ渡っているのにも納得がいく。…とは言え、いきなり見ず知らずの人間に紹介していない名前を呼ばれると驚くのも無理もないが。
「でも貴方、凄いわね。普通なら呼吸困難に陥って窒息死してもおかしくない状況なのにあっという間に回復するなんて…。日本人ってのはみんなこんなものなのかしら」
「あ、あはは…」
医者のとんでも発言に苦笑いする美月。内心そんなわけない、この人の中では日本のイメージってどうなっているんだと思い、心の中でツッコミを入れるも笑って誤魔化す。
美月の思考はともかく、医者の的確な処置のおかげで現場復帰するまで回復した。これには感謝しかない美月はその後、輸血が完了するともう動いても大丈夫と言われ、感謝の言葉を伝えると司令室へ向かった。
通りすがる人々を見ても見慣れない制服にひとり日本支部用の戦闘服を着込んだ美月が一番目立ってしまう。故に、現地の神威兵は美月を見るなり物珍しい視線を彼女に送る。その視線があまりいいものじゃないと思った美月は足早に司令室へと向かうのだった。
[2056.03 06 12:54]
神威英国支部・司令室
初めて来るこの場所に、美月は道に迷いながらもなんとか司令室へと辿り着く。扉の前には黒スーツを纏い、サングラスをつけた黒人男性が二人、見張るように立っているため、間違いなくここがそうなのだろう。
この扉の向こうにはここの支部を仕切る人物がいる、無礼のない態度と言葉遣いで物事を伝えないと…。美月はそう言い聞かせ、扉の前に立つとノックしようと腕を___
「…入ってきたまえ」
___伸ばしたところ、その前に扉のそこから男性の低い声が聞こえてきた。美月は途中まで伸ばしていた腕を戻し、「失礼します」と一言残してから扉を開ける。
その先には黒と青をベースにした落ち着きのある部屋で、正面には黒くて大きな個人用のテーブルに座りやすそうな椅子、奥には何かを閲覧する用なのか巨大なモニターが備わっていた。
「手荒い歓迎になってしまったな、ミヅキ・イザヨイくん」
モニターの前に置いてある椅子には誰かが座っている。白髪白髭の初老のような男だがその目は鋭く、どこか圧倒的な存在感を感じる男が座り込んでいた。
あの声の持ち主はこの男だろう。隣には秘書らしい女性も佇んでいるが、ただ無言で入ってきた美月を見つめるだけで何も言わない。
「…いえ、異常ありません。極東支部から派遣でやって来ました、ミヅキ・イザヨイです。これからお世話になります、''ヨルハ・アンダーソン''司令官」
秘書を横目に、美月は一礼しながら簡単な自己紹介を終えると初老の男性の名を口にする。
ヨルハ・アンダーソン。初老の男性の名前でこの英国支部を預かっている司令官である。この英国での悪魔・堕落者の対応と市民の安全確保、そして神威英国討伐隊を担っている重要人物。彼がいるからこそロンドンの治安・制度などが保たれていると言っても過言ではない。
「ふむ…体の方はもう大事無いかね」
「はい。特に問題ないです」
ヨルハは美月を見るなり体に大事無いかと確認する。ロンドンへ来るなりいきなりの戦いに戸惑い、加えてダメージをくらった以上心配する他ない。仮に怪我や後遺症が残ったまま戦場へ出るなど自殺行為に過ぎないだろう。
それらを踏まえて美月は自信を持って答える。いや、今の彼女はそう答えるしかないのかもしれない。気掛かりな悪魔喰らいを追わなければならないのだから。
その件もあるが、美月は別の一件もある。いや、それよりもその一件のためだけに遥々海を、国境を越えてこの英国へやって来た。その目的とは…。
「よろしい…。では、君に与えられた任務を確認するとしよう。君は''ジャック・ザ・リッパーの捕縛''…と、''悪魔喰らいの追跡''の任を与える」
「…お言葉ですが、私に与えられた任務はジャック・ザ・リッパーの捕縛のみだったのでは…?」
美月が与えられた任務は二つ。先程言った悪魔喰らいの一件だが、あくまでそれは個人調査として取り扱うつもりだった。だがヨルハから口にされたのが本来の任務である''ジャック・ザ・リッパーの捕縛''の任と''悪魔喰らいの追跡''の任の二つである。
想定外の出来事に美月は恐る恐るヨルハに本来の任務と異なってると訊ねると、ヨルハはその重い口を開いて美月に伝えた。
「本来ならジャック・ザ・リッパーの件のみ君に対応してもらう予定だったが、かの悪魔喰らいが出た以上、そちらも対応してもらおうと急遽変更した。君一人じゃ大変だろうから別働隊との共同もあるが、なにか異論あるかね」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
この英国に日本で恐れられている悪魔喰らいが現れたことがヨルハにとっても予想外なのか急遽変更してジャック・ザ・リッパーの捕縛と共に彼の追跡の任を追加したという。ある程度とはいえ、現代社会まで回復したロンドンの政治や社会でも彼を危険視するということは、余程最重要人物に認定されてもおかしくない。
兎にも角にも、悪魔喰らいが何を企んでいるとは言え、野放しにするつもりは無いらしく、ヨルハはこれを対応することに決定し、これを美月に任を託した。美月はそれを承認したものの、少し引っかかる部分があった。
(''追跡''?''捕縛''ではなく?一体なぜ…?)
引っ掛かっていたもの、それはヨルハの司令内容についてだった。''捕縛''と言えばまだわかる。美月の性格上、堕落者とは言えど人間だと信じる彼女にとって最善な任務だというが、今回はそうではない。
打ち出されたのが''追跡''である。捕まえるのではなく、跡を追う。それが何を意味しているのか、美月には理解出来なかった。
理解こそ出来なかったが、目的は何にせよ悪魔喰らいというのならその任務を断る必要は無い。結果、美月は深く考えるのを辞め、与えられた任務をこなす決意を固めた。
「ではミヅキ・イザヨイくん、今後ともよろしく頼むとしよう。君の活躍に期待する。司令があるまではここで待機してくれ。私からは以上だ」
「はい。それでは…」
話が進み、美月は二件の任務を承知して踵を回すとヨルハに背を向けてこの場から立ち去ろうと扉の前に立つと、ドアノブに手をかけてゆっくりと開くとその場から立ち去った。
閉じていく扉の中、残されたヨルハと秘書の女はそれ以上何も言わず、ただじっと去っていく美月の背中を見つめていた。
[2056.03 06 12:56]
ロンドン・ウォータールー駅
『で、でけェ!?なんじャこりャあァ!!?これ喰えるのか!?喰えるのかァ!?』
ところ変わってウォータールー駅。ここに目的の女性がいないとわかった零児とアンブラはウォータールー駅という場所にいた。チケットを買い、いざ搭乗駅に向かうと大きな黒い機関車を見るなり、アンブラは影の中で一匹興奮して叫ぶ。
癪に触る零児だったが、ここでアンブラと対話したら他人からして一人でブツブツと喋っているヤバいやつだと思われるのでちょっとした殺気を出してアンブラを無理矢理黙らせた。かの悪魔が怯える程の殺気、さぞかし恐ろしかったのだろう。
「この時代に機関車か。なんて言うんだっけか?こういうのは''浪漫''とか言ってたな」
大きく佇む黒い鋼鉄の列車に、零児は見上げながらも過去を振り返る。悪魔がこの時代に来る前に殺しを営み賞金を稼いでいた頃、暇つぶしで雑誌を眺めていたらたまたま機関車に関する記事を目にしたことがある。
雑誌越しで見たことある機関車だったが、実物とじゃその迫力は違い、並の大型悪魔が襲来してもそう簡単にひっくり返すことは容易くないと思うほどの巨大さを誇る。だからこの機関車に関して零児は好都合だと考えた。
いくら治安が政治が安定した国でも完全に悪魔が根絶やしになった訳では無い。それどころか不安しかないだろう。何せここロンドンは''世界で一番速く悪魔が襲来した土地''であって''世界初対魔導器の開発に成功した国''であって世界から注目を受けているからだ。つまり、この国に安全な場所なんてない、いつ悪魔が襲来してもおかしくないからだ。
とは言え先程言った通り、少しずつだが回復したロンドン故に、人ならざる悪魔たちもそう簡単には出てこれないようだ。世界で初めて対魔導器の開発に成功しただけあって、神威兵の数も世界各地の支部を統合してみれば群を抜いている。普通に並の悪魔が出てくれば自殺行為に過ぎない。だからこそ悪魔たちは考えた、現代社会に溶け込むのなら人の皮を被ればいいと。
だからこそ安全ではない。悪魔たちは人の皮を被るだけでなく、その人間の声帯から細かい癖まで熟すから厄介でしかない。まず普通の人間が悪魔かどうかを見極めるのは無理だろう。だが神威はそこら辺もしっかり対策している。コンタクトレンズ型の装備を作り、それで悪魔かどうかを判別しているので問題なく悪魔のみを討伐することが可能。
しかし零児は違う。そのコンタクトレンズを装備していなけりゃ悪魔の力も借りてない。ではどうやって見極めているのか、それは…
『なぁレイちゃん。今更だけどちょっと気になッたんだけどよ。どうしてレイちゃんは普通に悪魔か人間か見極められるんだァ?』
「本当に突然だな。そんなの簡単だろ」
『簡単かァ?カムイとかいう連中はどーせそこら辺どうのこうの対策してるだろうけど、テメェはカムイじゃねェだろ?じゃあどうして___』
「目が腐ってるかどうか、それで見極めてる」
『…へ?それだけ?』
驚愕するアンブラに対し、零児は二文字で返事をする。それを聞いたアンブラは口を開いて絶句。
目を見ただけで悪魔かどうか判別出来る。声帯から癖まで全てを真似する悪魔に対してたったそれだけで見抜くなんて、最早超能力かそれかの類でしかない。だが零児は超能力なんて持ってないし、見極める際には悪魔の力なんて借りてない。目を見て、感覚を感じとり、臭いで察しては心臓の音を聞く。自分に備わっている五感全てを研ぎ澄ませ、見抜く力も驚異的だが、なによりも''躊躇しない精神力''がとんでもないだろう。
仮に、零児ではなく、見ず知らずの他のだかがそんな凄まじい五感を持っていたとして、悪魔だと分かっているのなら絶対に躊躇する。自分自身に自信がなく、疑い深く考え、恐怖し、そして最後には否定する。「こいつは本当に悪魔なのか」と。
簡単な話ではない。だが長年殺し屋を営んでいたら話が変わる。だから人間と悪魔を見極め、躊躇なく引き金を引ける。このことに零児は初めて殺し屋として営んできてよかったと心底思う。
とはいえ、零児も完璧ではない。計算し尽くされた対堕落者法はアンブラの力もあってこそ成し遂げられる。確かにアンブラは馬鹿だ。だがその分敵に与えられる殺傷能力がずば抜けて高い。そして零児は即席で作戦を立案してアンブラと息を合わせる。デストロイ戦で見せたあの作戦はアンブラと美月が居てからこそ成り立ったのだ。
利用できるものならなんだって利用する。それが例え自分の身が危険にさらされようとも、戸惑う無くそれに賭ける。その大胆さがある意味零児の最大の武器とも言えよう。
『テメェ…どんな脳みそしてんだよ。普通じゃありえねェぞ』
「お前もお前だ、大食い馬鹿。あとどれだけ飯食ったら腹の音が止まるんだ?」
ともかく。一人と一匹は丁度いい関係にある。時折冗談で殺されそうになることがあるが、すぐに収まる。互いの信頼性は抜群なのだろう。
そんな零児とアンブラは白い煙を吹き出し、蒸気を噴出させるような音を出す機関車に乗り込む。黒い制服を着込んだ駅員は全員の搭乗を確認すると運転手に手を振ってサインを出し、発進させる。
鉄と線路上が重なり合う重い音が聞こえると、それが次第に早くなり煙突から白い煙を吹き出しながら加速する。一部の人間ならこの音がたまらないらしく、現に駅には乗ることもないのにカメラを回して忙しい人間もいる。
あまりにも平和な世界。先日デストロイの襲撃がありながらも通行機関を停止することなく、機関車は発進する。長く続く線路のその終盤にあるのは''セントポール大聖堂''。かの有名な場所には人が多く集まるということで零児はその場所へ足を運んだ。
[2056.03 01 09:25]
日本・路地裏
「ヨルハ・アンダーソン?」
時間は遡り、零児がロンドンへ出発する前。あの時Sが零児に耳打ちをしていたのはある人物の名前。名前からして外国人で男性のようだが、それが今回の件と何が関係するのか零児には分からなかった。
だが、正確な情報しか言い渡さないSだ。何かしらの…いや絶対に今回の件と何か絡んでいると言い切ってもいい。なので零児は疑うことなく、ただ耳を傾けて変に返事をしないでいる。
「あぁ、神威英国支部を預かってる男だ。聞いた事ねぇか?」
「いいや、はじめましてだな」
「ま、そりゃそうだろうな」とSは被っていたハット帽を深く被り、苦笑いしながら言う。ヨルハ・アンダーソン…零児にとっては聞いたことの無い名前だが、なにか引っ掛かっているようで、眉間を寄せる。
「会ったことはねぇ…が、どうも引っ掛かるな、その名前」
「てことはどういう意味だい?」
「そのまんまの意味だ。聞いたことがある…ような、曖昧な感じだ」
零児は奇妙な感覚になっていた。確かにヨルハ・アンダーソンという人物に会ったこともなければ聞いたことすらない。だがなにか引っ掛かるようで、見ず知らずの人間だと言うのにうっすらと覚えがあるような…とにかく、言葉にならないような不思議な感覚に陥っていた。
気味の悪い感覚を覚えた零児は「まぁ、会ったことねぇならそれでいい」とSの言葉に我へと返り、結果的に考えるのをやめた。自分の知ったこっちゃない、引っ掛かったまま話を流すのはいい気分ではないが、埒が明かないと判断して記憶の片隅に置いておくことにした。
「で、そのお偉いさんがどうした?この件に関してなんか関係あるとでも?」
「関係…あるかどうかはそこまで知らねぇが、どうもいい噂がないみたいでね。せいぜい気を付けた方がいいぐらいの認識で大丈夫だ」
Sが言う「いい噂がない」というのは少なからず悪い情報らしい。なんでも「人体を使っては何かしらの実験を行っている」とか「悪魔を使っては解剖して研究を行ってる」とかそういった類だ。
聞いてて実に胸糞悪い話だが、Sは零児を思ってかそんなに気にしなくていいという程度で一応は注意しておけと言うだけ言って、それ以上のことは言わない。
だが零児には少し引っかかることがある。それは…
「どこ情報だそれ。いくらお前でもそんな極秘情報を入手出来るなんて堕落者か人間に話しかける物好きな悪魔程度しかいないと思うが…」
「英国に内通者がいるんだよ、それも信頼できるやつが」
「…あぁ、そうかい」
簡単な話、Sが仕入れた情報はどうも英国に友人がいるらしく、密かに密告していたようだ。いくらSの友人とは言え、零児からしたら知らない人間からの情報に少し疑いを持つも、どんな状況でも適切な情報を流し裏切らないSが言うからと納得してしまった。
とにかく、Sはそれを言うと零児の肩に手を乗せて「死なない程度に頑張れよ」と言うと零児を見送った。…彼からの報酬という形で貰ったタバコの箱片手に吸いながら…。
[2056.03 06 13:10]
機関車・個室内
零児は変わりゆく景色を見つめながら、Sから伝えられた情報を思い出す。ヨルハ・アンダーソン、確実とは言えないが零児にとってはこの件と無関係ではないと思っている。
理由としては分からない。ただ殺し屋としての勘だろうか、とにかくなにか嫌な予感がしてならないようで手元に置いてある銃を見つめては持参した布巾で手入れを始める。
対悪魔用として自分で改造した拳銃の重さは30.8647ポンド、キログラムにしたら実に約14キログラム以上という拳銃としては重すぎるものだが、零児は気にせずそれを片手に持つと内部を見ては確認する。簡単な式を作るのにわざわざ遠回りするほど複雑に構成された銃は貫通力、連射速度、火力に音、射程距離などあらゆる面で強化されたものの扱いは難しく、まず素人が引き金を引くと反動が強すぎて腕が吹き飛ぶという。
弾丸はアーモンド状の形をして銀色。悪魔相手には通常の弾丸だと効果が薄いものの、零児が使用しているのは穢れのない銀色の弾丸で鉛より鉄に弱い悪魔に対しては絶大な効果を発揮する。これも零児の手作り製で火薬、鉄など全て自分で調節したものだという。それに零児の改造拳銃を組み合わせればとんでもない火力が一瞬で発射され、対象を貫くというより''粉砕''する。現に過去に零児はこの拳銃を使い、堕落者の頭部を撃ち抜いたと思えば爆発してバラバラになったという。
対象を吹き飛ばすほどの威力に自分自身しか扱えない拳銃、故に''リーパー''という名前を名付けられた。名付け親はSで「死神」という意味を込めてつけたようだが、零児からしたらどうでも良く、特にこうといった愛着が無い。殺し屋とはいえ人の命を奪う道具だ、無駄な殺生を好まない零児からすれば忌み嫌うような道具の一つである。
だからといって手入れは徹底的に行う。自分で改造したとはいえ完璧とは言えない。ほぼ完璧に近いが、暴発する可能性もないとは言いきれないから、それを防ぐためにも確認・手入れを妥協せずに徹底する。
そんな零児に対し、アンブラはというと…相変わらず影の中で眠りについている。人の感情がない悪魔とはいえ、睡眠というのは必要らしく、大きないびきをかきながら気持ちよさそうに眠っている。幸い影の中なので他人には聞こえないが、一蓮托生の関係ということもあってかアンブラのいびきがうるさいらしく、イヤホンをつけてはお気に入りの曲を聴きながら手入れを続ける。
時折影の中から『まだまだ喰えるぜ…グへヘへへ』と寝言のような何かが聞こえてくる。同族を喰い殺す恐ろしい存在とはいえ、このように眠ってしまえば恐怖の微塵も感じられない。
「………」
と、ここで零児は手入れ作業をしていた手を止めると何かを察したのか銃をポーチにしまい込む。チェックインにやってきた駅員が来たわけでもなく、海外特有の車内販売を行っているおばさんが来た訳でもない。
先頭車両に群がる大勢の人、何かに怯えるような鼓動の速さ、そして聞こえてくる悲鳴と…匂ってくる生鉄臭い血と獣のような生臭い匂い。
それを感じた零児はハーフガスマスクを付けると立ち上がり、個室の扉を蹴り破ると急いで先頭車両へと急行する。悪魔狩りのためでもなければ人助けのためでもない。このまま騒ぎが大きくなると機関車が停止しかねないから零児は行動する。
別車両に続く扉を蹴り破り、拳銃を構えたまま走り出す零児。黒服にハーフガスマスク、拳銃という装備にテロか何かだと勘違いする乗客たちは零児を見るなり目を見開き悲鳴を上げて助けを乞う。
それどころじゃないとわかっている零児は乗客たちの目を見ながら走り去り、次の車両へ、次の車両へと走り移る。そして先頭車両付近に辿り着くと悲鳴と臭いの根源が視界に入った。
群がるデーモンらに逃げ惑う乗客たち、そして逃げ遅れた人間はデーモンの牙に肉をくい込まれ、その勢いで引きちぎられて食われてしまう。千切られた箇所からは筋肉と千切れた血管と神経が見えると、被害者は血を吹き出しながら倒れ込み、そのまま動かなくなった。ショック死した被害者に容赦なく、デーモンらはそこにひとつとなって集まり、我先にと肉を食らうが、うちの一体が零児を見つけるや否や身を低くして牙をむき出して飛びかかってくる。
「招かれざる客ってか。どっから沸いてきたんだ?」
零児が一言言い、手入れしたばかりの拳銃を構えると引き金を引く。パァンというよりバァンと大きな音が響くと銀弾が発射され、先頭にいたデーモンの頭部に着弾すると眉間を貫き、血を吹き出したまま後ろへ勢いよく吹っ飛ぶ。その直後に後ろにいたデーモンらも死体に直撃し、体勢を崩してしまい身動きが取れない状況になる。
死体に押し倒され、動けないデーモンらの足元に何かが転がった。それは鉄の丸い形のようなもので、一秒後に白い煙のようなものが吹き出した。
瞬く間に白い煙がデーモンらを包むと零児はその中へと飛び込むと拳銃を使っては周囲の悪魔たちを蹴散らす。血と内臓が吹き出す音と引き金を引く度に鳴る銃声が交差する中、煙の中から殺されたであろうデーモンの死体が転がっていく。避難の誘導をしていた駅員は腰を抜かし、ただその場から動けずに涙目になりながら目を閉じていた。
そしてここでひとつ、異変が起きた。煙の中でなんの不自由もなく動ける零児に対し、デーモンらは何かに苦しみ始めたのか、口から血や内臓を吐き出し、列車内に撒き散らした。腰を抜かして動けない駅員も煙を吸ってしまうが、悪魔とは違って咳き込むだけで何も起きない。どうも効果があるのは悪魔だけらしい。
『ゲホッ!?ゴホッ!?なンじゃコレェ!?』
そしてアンブラも例外ではない。煙を多く吸い込んでしまったのか、影の中から咳き込みながら狼型のアンブラが飛び出してきた。目(にあたる部分)から涙のような液体を流し、零児に何をしたのかと言いたげそうな視線を送り、睨み付ける。
「よぉ寝坊助野郎。気分はどうよ」
『サイアクだわ!!テメェ何をした!?』
「対悪魔用催眠手榴弾。吸った悪魔共は出血に嘔吐、吐血に加えて内臓まで吐き出されるスグレモノさ」
『バカか!!殺す気かァ!?』
「お前はそこらのデーモンとは違うだろ」
零児の言う通り、苦しんでいるもののデーモンとは違い、内臓が云々以前に吐血すらしていないのでアンブラにとっては目に沁みる程度で死には至らない。周囲にいるデーモンは呼吸困難に陥り、バタリバタリと倒れるとピクリとも動かなくなった。
いくら人間より生命力が桁外れな悪魔でも内臓を引き抜かれたらひとたまりもなく、吸って生きたデーモンなど一体もいない。全ての悪魔に効果的というわけではないが、悪魔からしてみればタチの悪い毒みたいなものだろう。
「よし、ここら辺は大丈夫だろ。おいそこのお前」
「ひぃっ…!?」
煙がある程度引いていくと零児は腰抜けた駅員に近寄り、腕を伸ばしてあるものを取り出す。同じように殺されるんじゃないかと怯える駅員だったが、何もされないとわかった瞬間零児を見ると自分のものであろう通信機を取られ、それを運転手に話しかけている零児の姿があった。
凶器である拳銃や例の手榴弾もない。少しだけでも恐怖を緩和させようとしてるのか、彼なりの気遣いなのだろうがあんなもの見たあとじゃそれも意味をなさない。ちなみにアンブラは『理不尽だ』とブツブツ愚痴りながら死体を影の中に引き込む。零児からの理不尽を受けても食事に徹底する様は呆れるか、感心するかの間にある。
「おぅ、聞こえてるか?詳しい話は省くぞ。お前らは終着駅まで突っ走れ。その間に俺が何とかする」
『お、おい!?君は誰だ!?一体何を___』
話を簡単にまとめ、零児はそれを言い残すと相手の返事を聞かずに通信を遮断するとポイッと通信機を駅員に投げ渡した。駅員は上手くキャッチすると零児を見上げ、額から冷たい汗が流れ出る。
「死にたくなきゃ乗客共の避難を誘導してきな。悪魔に関しては俺が何とかしてやる」
零児はそう言うと拳銃を取り出してはクルクルと回し、駅員に背を向けて次の車両へと蹴り飛ばす。大きな音と共に吹き飛ぶ扉に開いた入口を見つめ、そのまま歩みを進める零児。
「ま、待ってください!!あなたは…一体…」
その前に後ろから声がした。零児は振り返らないまま立ち止まり、そのままマスク越しでニヤリと笑うとこう答えた。
「ただの賞金稼ぎさ」
それを言い残すと影を引き付け、次の車両へと目指し走り出す。取り残された駅員は体を縛っていた緊張や恐怖から解放され、安堵の息を着くと乗客たちの避難を優先させるべく後ろの車両へと歩みを進める。
この車両に残ったのは悪魔の血肉だけ。先程まで賑わっていた乗客駅員の姿はなく、ただ血生臭い臭いと残った肉片だけが空間を支配していた。
次の車両へと辿り着いた零児は拳銃を握りしめ警戒しながら歩く…という訳でもなく、未だに拳銃をクルクル回しながら堂々と歩いて進めている。
決して油断してる訳じゃない。ただ単に零児に襲いかかる悪魔が悉く返り討ちにあっているから余裕なのである。現に彼が通る道の後ろには食われた悪魔の死体が転がっている。
しかしながらどこか納得していない様子らしく、首を傾げたままで何かに悩んでいる。とはいえ悩みながら襲いかかる悪魔を殺しているので衰えてはいないが。
『おいどーしたレイちゃん。なーンか納得してねェ様子だけど?オレ様でよけりゃ相談の一つや二つ乗ってやるぜ?』
そんな零児が気掛かりなのかアンブラが飛び出すと顔を見つめながら言う。頼れる相棒、というわけでもなく悩んでる零児をいいことに『コイバナってやつか?お?』などと言ってからかってるだけで真剣に話を聞こうとしない。
失礼の他ないがアンブラは悪魔。礼儀作法なんて知ったこっちゃない存在なので仕方ないには仕方ないだろうが、人によっては癇癪を起こしてしまう。
「乗車する時は悪魔の臭いも気配もしなかった。ここにいる乗客は全員人間だと言うのにどっから入ってきやがったんだ、あいつらは」
『おい、普通にそう言ってるけどな。眉間に弾丸ぶち込むなよ!?オレ様が影じャなかッたらオダブツだぞゴルァ!?』
故に、零児は淡々と自分が思っていることをアンブラに打ち明けながら弾丸をぶち込む。突然の不意打ちに避けきれず、弾丸は命中して影の塊が弾け飛ぶも一瞬にして再生し、狼の形になると牙をむき出して怒りを露わにする。
こればかりは自業自得としか言い様がない。いや、アンブラの性格上仕方の無いことだろうが…。
『けどまァ、そりゃオレ様も思ッてたな。悪魔様がグースカピースカ寝てるって時に、急に獣の匂いがしたと思えばこれだぜ?』
しかし、零児が首を傾げていた疑問を抱えているのはアンブラも同じだった。彼(同時に女の声もしてるので彼女?)が言うには''急に''獣の匂いがした、と言っている。
そう、急に。なんの前触れもなく突然。ということは人間の皮を被った悪魔はいないということとして零児は考える。
では次に出現場所。確かに悪魔は魔法陣を通してありとあらゆる場所から出現するが、別の方法も存在する。それは…
「…誰かが召喚した?」
ない、とは言い切れない。人間ならまだしも悪魔との繋がりのある堕落者が悪魔を呼び寄せることぐらい可能だろう。零児は堕落者だがもちろんそんなことするわけがない。現に彼は悪魔を呼び寄せる知識なんて皆無だ。
では人間が悪魔を呼び出せることが出来るのか、という疑問だが…答えはイエス。悪魔とは人間の弱い心や強い願い、欲望に応えて目の前に現れる存在だとされている。よくある黒魔術や錬金術などしなくとも、その願いを叶えるべくと囁き込んでくる。
となると可能性は二つに絞られる。好奇心で悪魔の召喚儀式をした人間がいるか、もしくは___
_ドゴォンッ!!
___直後、大きな音と共に零児の目の前に何かが落ちてきた。それは人ひとり飲み込めるほどの大きさを持つ鉄の塊で、鐘型の形をした女の銅像…言うなればアイアン・メイデンのようなものが天井を突き破って現れたのだ。
そのアイアン・メイデンのようなものの女の顔の部分にある目玉が光り輝くと、重々しい胸部部分が真っ二つに開かれ、血のような液体と共に中から悪魔が飛び出し、零児を襲う。
開いたのと同時に襲いかかった悪魔はデーモンと比べて素早く、零児に向かって鳥類のような脚を使っては切り裂こうもするも異常とも呼べる動体視力を持つ零児の前には意味をなさず、一瞬にして避けられる。標的を失い、空を切り裂いた脚は機関車内の壁に深々と突き刺さると翼を羽ばたかせ、引き抜いてから零児に振り返る。
その悪魔はデーモンとは異なり、大きい胸部や凛とした顔、頭には黒い髪のような甲殻を持つ女性のような悪魔だった。ただ人として異なる点は腕と脚。手や腕がない代わりに黒くて身を包むほど大きな翼を持ち、脚に関しては膝下から逆関節で曲がっており、三本の爪は黒く鋭く、加えて曲剣のように長い爪を持っていた。
女性と鳥を足して二で割ったような悪魔''死の風を吹かせる貴女・ハーピー''は歩くだけで床に爪痕を残しながら零児に近付き、自身の獲物だと認知したのか女性のような気味の悪い笑い声を上げながら零児に襲いかかる。
「こりゃ確定だな。俺以外の堕落者がいやがる」
零児はニヤリと笑い、銃を取り出すとハーピーに向けて引き金を引く。だがデーモンとは違い、翼を持っている分機動力のあるハーピー相手だとヒラリと回避されてしまった。そのまま距離を詰め、ハーピーはその鋭い爪を立て、零児に接近する。どうも零児の体を八つ裂きにする寸法らしい。
だが、ハーピーのその考えは実に浅はかだった。常人なら一瞬にしてバラバラ死体が完成するのだろうが、相手は日本で恐怖させている伝説の殺し屋だからだ。零児はニヤリとハーピーを見つめているだけで何もしない。それだけだと言うのに、ハーピーの頭が弾け飛び、横へ吹き飛ぶと乗席の上で死体となって横たわる。
何が起きたのか理解出来ないが、あらかた予想は出来る。零児が最初に射撃した弾丸はハーピーに避けられるも影の中で吸収させ、勢いを殺さないままハーピーの死角から弾丸が打ち出されたのだろう。最初からハーピーではなく、相手の死角を狙っていた零児は影を操るという能力を最大限に利用してからこそ成し遂げられるものである。
「上か」
ハーピーの死体が影の中に引きずり込まれるのを横目に、零児は穴の空いた天井を見上げて言う。目の前にあるアイアン・メイデンは天井を突き破って現れたということは何かしら天井の上、言わば外に何かがいると睨む。
ゆっくりと呑気に食事をしているアンブラを無視して零児はアイアン・メイデンを足場にして穴の空いた箇所を潜って屋外へ出る。機関車は零児の指示通り動いたままで風圧が彼に襲いかかるも吹き飛ばされることなく、平然と天井の上に立って周囲を見渡す。
やはりと言うべきか、あのアイアン・メイデンこそないものの走り行く機関車を囲む形でハーピーが飛んでいる。ただ一体だけ異なる個体がおり、その個体は他のハーピーより一回り大きいハーピーで、女性の気味の悪い笑い声のような声を上げると周囲のハーピーの陣形を展開させ、殺意を零児に向ける。
翼を四枚持ち、主翼と副翼を交互に羽ばたかせ宙に舞うハーピー''死の風を巻き上げる貴女・エリートハーピー''は、再び女の気味の悪い叫び声を上げると周囲のハーピーは攻撃態勢に入り、その鋭い爪で零児を引き裂こうとする。
「犯人はお前…って訳じゃなさそうだな」
零児は誰もいないことを確認すると右手に例のノコギリ状の大剣を片手に持つと飛びかかってくるハーピー達に向かって駆け出した。最初に飛んできたハーピーは爪で引き裂く前に零児が振るったノコギリ状の大剣に直撃し、真っ二つになって血飛沫を噴出させながら絶命。そこからすかさず身を整え、拳銃を構えると相手の動きを予測、風速や弾道の軌道、射撃速度など全て計算して偏差射撃をする。
いくら翼を持つ分機動力があるハーピーとは言えど、零児の完璧に近い計算による射撃に叶わず眉間を撃ち抜かれて落下。直撃したハーピーはそのまま地面へ叩きつけられると一瞬にして血肉となって転がり落ちる。
『だあァーッ!!オ、オレ様の肉がアァ!!?』
「喚き散らすな!舌噛むぞ!」
風圧がある分体が重い中、零児は次に接近してくるハーピーの攻撃をジャンプして回避する。自分の攻撃が当たったと思っていたものの、回避された挙句にどこへ行ったと首をキョロキョロと左右に振るハーピーに背中から強い力がのしかかり、バランスを崩す。
なんだと振り返ると、そこには零児の姿が。どうもハーピーの飛ぶ特性を利用して踏み台にし、空中へ舞う。いくら零児とは言え、空を飛ぶことなんて出来ない。ので相手の持つ特性を逆利用して親玉に近付き、距離を詰める。
かと言って黙ってそれを見ているエリートハーピーではない。再び叫び声を上げ、零児を打ち落とそうと周囲に群がる残り全てのハーピーに指示を送り、攻撃命令を出すが…これが逆に零児の思うつぼとなる。
襲われるものの土台が次々と集まってくる。つまりはより空中で動きやすくなるということ。もしエリートハーピーが同じ知識を持つ堕落者なら即座に気付いて命令を取り消そうとするのだろうが、残念ながら知能を持たない悪魔である以上そんな考えなど初めからなかった。
そしてどんどん距離が詰まり、最後の一体を蹴り飛ばして手に持つノコギリ状の大剣を構えて跳ぶと、何を思ったのか大剣を空中でエリートハーピーに向かってぶん投げた。グルグルと回り続け、周囲の風や空気を切り裂きながらエリートハーピーに飛んでいくが、対するエリートハーピーはその鋭い爪を使って弾き返し、大剣を吹き飛ばした。
吹き飛ばした…のだが、突然重い何かに引っ掛かったようでバランスを崩してしまう。ふとエリートハーピーは自身の脚を見ると先程弾き返したであろう大剣が重りの着いた足枷のような物に変換され、エリートハーピーを空中から引きずり下ろそうと下へと下がっていく。当然そんな状態のまままともに飛べる訳もなく、後に飛んできた零児に捕まり機関車の天井上に叩きつけられる。
零児は着地するのと同時にエリートハーピーの胸部を強く踏み付け、動きを拘束しながら眉間に銃口を突き付ける。殺されてたまるかと翼だけバタバタと動かすも零児にはそんなこと通用せず、最後の抵抗も虚しく引き金を引かれ、弾丸をぶち込まれては絶命してしまった。
頬にベッタリと返り血を浴びるも気にせず再び周囲を見渡す零児。エリートハーピーを殺すことが出来たとしても肝心の犯人が見当たらない。キョロキョロと周囲を見渡し、何か手がかりがあるかどうかと確認するも一切これといった情報がない。
「尻尾を巻いて逃げた…って訳じゃねぇよな」
エリートハーピーをその鋭い牙で噛み砕くアンブラに対し、零児は機関車の上で顎に手を添える。そもそも何故この機関車を襲ったのかわからない。よく聞くハイジャック…というわけでもない。もしそうだとしたら運転手や乗客達を人質にする可能性、いや絶対にそうするだろう。
かと言って虐殺目的という訳でもない。乗客達を皆殺しにしてたものの運転席までは襲撃していない。いやただ単に襲ってなかったのかもしれないが、虐殺というのなら機関車の重要場所である運転席を狙う確率が高い。
となると。零児は思考を過ぎらせ、ひとつの答えを導き出した。
「…まさか''俺''か?」
その確証は無いものの、可能性のひとつとして視野に入れていた目的。それは零児自身の命を奪おうとしている堕落者がいる。もしそれが本当ならこの機関車を襲ったのにも辻褄が合う。
そしてその答えに目を見開いてる零児は自分のいる位置から約数百メートル先に何かを感じ取り、アンブラに手を掛けると地面に叩きつけ、影の盾を展開する。
『ちょっ!?レイちゃん!!?』
食事を邪魔され、急に盾を展開されたことに驚くアンブラだったが、零児は聞く耳を持たず、睨み付けたまま何かに備える。その直後、エクセキューショナーズソードという処刑用の剣に酷似したものが雨のように降り注ぎ、アンブラが形成した盾や機関車に突き刺さる。
突然の奇襲に車両の一箇所に避難していた乗客達も怯えるも幸い死者・怪我人はゼロで済んだ。完全に零児狙い、乗客達や運転手、駅員など眼中に無いような攻撃に零児は盾越しでニヤリと笑う。
「なるほど、あれか」
盾を影の中に沈めながら零児はニヤリと笑い、アンブラも後から気配を感じたのかジュるりとヨダレを撒き散らす。一人と一匹の視線の先には''巨大大砲''の形をした金属製の何かがそびえ立っていた。一見建造物かなにかに見えるが、あれも列記とした悪魔である。
その証拠に、砲台の砲口部分にあたる場所に人影が。間違いなく堕落者のようで、死刑執行人のマスクを着用した男性が佇んでいた。
「見つけたよ…ジャパニーズキラー…」
堕落者の男性も零児がこちらを見つめてることに気が付き、ニヤリと怪しく笑った。その笑みは今から零児をどう殺そうか楽しみで仕方ないような、狂気じみた笑みだった。
神威英国支部・医療室
美月が目を覚ますと、白い病室にいた。ベッドに身を任せ、口元には酸素を補給するためのマスクが備わり、右腕には輸血パックで血を輸入していた。
「ようやくお目覚めね」
横から声がした。その方向へ目を向けると医者らしい女性が美月を見るなり優しく笑う。赤十字がエンブレムのコートをまとった女性は美月を見るなり瞼を大きく開くとペンライトを当てる。瞳孔の大きさで安全かどうか確認しているらしい。
その中で美月はぼんやりした記憶を振り返って何があったのか思い出す。自分はある目的のためにここへ来て、悪魔喰らいという堕落者に遭遇し、それから現地でデストロイと呼ばれる堕落者が彼の手によって…。
「問題ないね、あとは___」
「悪魔喰らいは!?」
「うわっ!?」
ペンライトをポケットに入れた直後、美月はマスクを外さないまま勢いよく起き上がり、悪魔喰らいの居場所を問いただす。あまりにも勢いが強すぎたせいで医者の女性は驚き、少し立ち退くが咳き込む彼女を見て起こした体を無理矢理押さえつけて寝かせる。
体がある程度回復したとはいえ完治したというわけではない。一応戦場へ出れるような状態だが、今となっては待機する他ない。
_しばらくして。
「…ここはどこ?」
落ち着きを取り戻した美月は目の前にいる医者に問う。何度も医療室にはお世話になった彼女だが、この場所に来るのは初めてで、まずはここがどこでなんの施設なのか確かめたかった。
とはいえ、あらかた予想は付いている。赤十字のエンブレムが目立つが、右胸に自分と同じ「神」をモチーフにしたエンブレムバッチが備わっているから。
「ここは''神威英国支部''…の医療室、と言ったところね。とんでもない形でここへ来たわね、ミヅキ・イザヨイ」
一瞬何故自己紹介もしていないというのに名前を知られているんだと驚くも、美月はここが神威英国支部だとはっきりとわかった瞬間、納得してしまった。
もともとはここへ来る予定だったからだ。日本からある目的のためにこの英国支部にやって来ると事前に知らせていたため、既に名前ぐらい知れ渡っているのにも納得がいく。…とは言え、いきなり見ず知らずの人間に紹介していない名前を呼ばれると驚くのも無理もないが。
「でも貴方、凄いわね。普通なら呼吸困難に陥って窒息死してもおかしくない状況なのにあっという間に回復するなんて…。日本人ってのはみんなこんなものなのかしら」
「あ、あはは…」
医者のとんでも発言に苦笑いする美月。内心そんなわけない、この人の中では日本のイメージってどうなっているんだと思い、心の中でツッコミを入れるも笑って誤魔化す。
美月の思考はともかく、医者の的確な処置のおかげで現場復帰するまで回復した。これには感謝しかない美月はその後、輸血が完了するともう動いても大丈夫と言われ、感謝の言葉を伝えると司令室へ向かった。
通りすがる人々を見ても見慣れない制服にひとり日本支部用の戦闘服を着込んだ美月が一番目立ってしまう。故に、現地の神威兵は美月を見るなり物珍しい視線を彼女に送る。その視線があまりいいものじゃないと思った美月は足早に司令室へと向かうのだった。
[2056.03 06 12:54]
神威英国支部・司令室
初めて来るこの場所に、美月は道に迷いながらもなんとか司令室へと辿り着く。扉の前には黒スーツを纏い、サングラスをつけた黒人男性が二人、見張るように立っているため、間違いなくここがそうなのだろう。
この扉の向こうにはここの支部を仕切る人物がいる、無礼のない態度と言葉遣いで物事を伝えないと…。美月はそう言い聞かせ、扉の前に立つとノックしようと腕を___
「…入ってきたまえ」
___伸ばしたところ、その前に扉のそこから男性の低い声が聞こえてきた。美月は途中まで伸ばしていた腕を戻し、「失礼します」と一言残してから扉を開ける。
その先には黒と青をベースにした落ち着きのある部屋で、正面には黒くて大きな個人用のテーブルに座りやすそうな椅子、奥には何かを閲覧する用なのか巨大なモニターが備わっていた。
「手荒い歓迎になってしまったな、ミヅキ・イザヨイくん」
モニターの前に置いてある椅子には誰かが座っている。白髪白髭の初老のような男だがその目は鋭く、どこか圧倒的な存在感を感じる男が座り込んでいた。
あの声の持ち主はこの男だろう。隣には秘書らしい女性も佇んでいるが、ただ無言で入ってきた美月を見つめるだけで何も言わない。
「…いえ、異常ありません。極東支部から派遣でやって来ました、ミヅキ・イザヨイです。これからお世話になります、''ヨルハ・アンダーソン''司令官」
秘書を横目に、美月は一礼しながら簡単な自己紹介を終えると初老の男性の名を口にする。
ヨルハ・アンダーソン。初老の男性の名前でこの英国支部を預かっている司令官である。この英国での悪魔・堕落者の対応と市民の安全確保、そして神威英国討伐隊を担っている重要人物。彼がいるからこそロンドンの治安・制度などが保たれていると言っても過言ではない。
「ふむ…体の方はもう大事無いかね」
「はい。特に問題ないです」
ヨルハは美月を見るなり体に大事無いかと確認する。ロンドンへ来るなりいきなりの戦いに戸惑い、加えてダメージをくらった以上心配する他ない。仮に怪我や後遺症が残ったまま戦場へ出るなど自殺行為に過ぎないだろう。
それらを踏まえて美月は自信を持って答える。いや、今の彼女はそう答えるしかないのかもしれない。気掛かりな悪魔喰らいを追わなければならないのだから。
その件もあるが、美月は別の一件もある。いや、それよりもその一件のためだけに遥々海を、国境を越えてこの英国へやって来た。その目的とは…。
「よろしい…。では、君に与えられた任務を確認するとしよう。君は''ジャック・ザ・リッパーの捕縛''…と、''悪魔喰らいの追跡''の任を与える」
「…お言葉ですが、私に与えられた任務はジャック・ザ・リッパーの捕縛のみだったのでは…?」
美月が与えられた任務は二つ。先程言った悪魔喰らいの一件だが、あくまでそれは個人調査として取り扱うつもりだった。だがヨルハから口にされたのが本来の任務である''ジャック・ザ・リッパーの捕縛''の任と''悪魔喰らいの追跡''の任の二つである。
想定外の出来事に美月は恐る恐るヨルハに本来の任務と異なってると訊ねると、ヨルハはその重い口を開いて美月に伝えた。
「本来ならジャック・ザ・リッパーの件のみ君に対応してもらう予定だったが、かの悪魔喰らいが出た以上、そちらも対応してもらおうと急遽変更した。君一人じゃ大変だろうから別働隊との共同もあるが、なにか異論あるかね」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
この英国に日本で恐れられている悪魔喰らいが現れたことがヨルハにとっても予想外なのか急遽変更してジャック・ザ・リッパーの捕縛と共に彼の追跡の任を追加したという。ある程度とはいえ、現代社会まで回復したロンドンの政治や社会でも彼を危険視するということは、余程最重要人物に認定されてもおかしくない。
兎にも角にも、悪魔喰らいが何を企んでいるとは言え、野放しにするつもりは無いらしく、ヨルハはこれを対応することに決定し、これを美月に任を託した。美月はそれを承認したものの、少し引っかかる部分があった。
(''追跡''?''捕縛''ではなく?一体なぜ…?)
引っ掛かっていたもの、それはヨルハの司令内容についてだった。''捕縛''と言えばまだわかる。美月の性格上、堕落者とは言えど人間だと信じる彼女にとって最善な任務だというが、今回はそうではない。
打ち出されたのが''追跡''である。捕まえるのではなく、跡を追う。それが何を意味しているのか、美月には理解出来なかった。
理解こそ出来なかったが、目的は何にせよ悪魔喰らいというのならその任務を断る必要は無い。結果、美月は深く考えるのを辞め、与えられた任務をこなす決意を固めた。
「ではミヅキ・イザヨイくん、今後ともよろしく頼むとしよう。君の活躍に期待する。司令があるまではここで待機してくれ。私からは以上だ」
「はい。それでは…」
話が進み、美月は二件の任務を承知して踵を回すとヨルハに背を向けてこの場から立ち去ろうと扉の前に立つと、ドアノブに手をかけてゆっくりと開くとその場から立ち去った。
閉じていく扉の中、残されたヨルハと秘書の女はそれ以上何も言わず、ただじっと去っていく美月の背中を見つめていた。
[2056.03 06 12:56]
ロンドン・ウォータールー駅
『で、でけェ!?なんじャこりャあァ!!?これ喰えるのか!?喰えるのかァ!?』
ところ変わってウォータールー駅。ここに目的の女性がいないとわかった零児とアンブラはウォータールー駅という場所にいた。チケットを買い、いざ搭乗駅に向かうと大きな黒い機関車を見るなり、アンブラは影の中で一匹興奮して叫ぶ。
癪に触る零児だったが、ここでアンブラと対話したら他人からして一人でブツブツと喋っているヤバいやつだと思われるのでちょっとした殺気を出してアンブラを無理矢理黙らせた。かの悪魔が怯える程の殺気、さぞかし恐ろしかったのだろう。
「この時代に機関車か。なんて言うんだっけか?こういうのは''浪漫''とか言ってたな」
大きく佇む黒い鋼鉄の列車に、零児は見上げながらも過去を振り返る。悪魔がこの時代に来る前に殺しを営み賞金を稼いでいた頃、暇つぶしで雑誌を眺めていたらたまたま機関車に関する記事を目にしたことがある。
雑誌越しで見たことある機関車だったが、実物とじゃその迫力は違い、並の大型悪魔が襲来してもそう簡単にひっくり返すことは容易くないと思うほどの巨大さを誇る。だからこの機関車に関して零児は好都合だと考えた。
いくら治安が政治が安定した国でも完全に悪魔が根絶やしになった訳では無い。それどころか不安しかないだろう。何せここロンドンは''世界で一番速く悪魔が襲来した土地''であって''世界初対魔導器の開発に成功した国''であって世界から注目を受けているからだ。つまり、この国に安全な場所なんてない、いつ悪魔が襲来してもおかしくないからだ。
とは言え先程言った通り、少しずつだが回復したロンドン故に、人ならざる悪魔たちもそう簡単には出てこれないようだ。世界で初めて対魔導器の開発に成功しただけあって、神威兵の数も世界各地の支部を統合してみれば群を抜いている。普通に並の悪魔が出てくれば自殺行為に過ぎない。だからこそ悪魔たちは考えた、現代社会に溶け込むのなら人の皮を被ればいいと。
だからこそ安全ではない。悪魔たちは人の皮を被るだけでなく、その人間の声帯から細かい癖まで熟すから厄介でしかない。まず普通の人間が悪魔かどうかを見極めるのは無理だろう。だが神威はそこら辺もしっかり対策している。コンタクトレンズ型の装備を作り、それで悪魔かどうかを判別しているので問題なく悪魔のみを討伐することが可能。
しかし零児は違う。そのコンタクトレンズを装備していなけりゃ悪魔の力も借りてない。ではどうやって見極めているのか、それは…
『なぁレイちゃん。今更だけどちょっと気になッたんだけどよ。どうしてレイちゃんは普通に悪魔か人間か見極められるんだァ?』
「本当に突然だな。そんなの簡単だろ」
『簡単かァ?カムイとかいう連中はどーせそこら辺どうのこうの対策してるだろうけど、テメェはカムイじゃねェだろ?じゃあどうして___』
「目が腐ってるかどうか、それで見極めてる」
『…へ?それだけ?』
驚愕するアンブラに対し、零児は二文字で返事をする。それを聞いたアンブラは口を開いて絶句。
目を見ただけで悪魔かどうか判別出来る。声帯から癖まで全てを真似する悪魔に対してたったそれだけで見抜くなんて、最早超能力かそれかの類でしかない。だが零児は超能力なんて持ってないし、見極める際には悪魔の力なんて借りてない。目を見て、感覚を感じとり、臭いで察しては心臓の音を聞く。自分に備わっている五感全てを研ぎ澄ませ、見抜く力も驚異的だが、なによりも''躊躇しない精神力''がとんでもないだろう。
仮に、零児ではなく、見ず知らずの他のだかがそんな凄まじい五感を持っていたとして、悪魔だと分かっているのなら絶対に躊躇する。自分自身に自信がなく、疑い深く考え、恐怖し、そして最後には否定する。「こいつは本当に悪魔なのか」と。
簡単な話ではない。だが長年殺し屋を営んでいたら話が変わる。だから人間と悪魔を見極め、躊躇なく引き金を引ける。このことに零児は初めて殺し屋として営んできてよかったと心底思う。
とはいえ、零児も完璧ではない。計算し尽くされた対堕落者法はアンブラの力もあってこそ成し遂げられる。確かにアンブラは馬鹿だ。だがその分敵に与えられる殺傷能力がずば抜けて高い。そして零児は即席で作戦を立案してアンブラと息を合わせる。デストロイ戦で見せたあの作戦はアンブラと美月が居てからこそ成り立ったのだ。
利用できるものならなんだって利用する。それが例え自分の身が危険にさらされようとも、戸惑う無くそれに賭ける。その大胆さがある意味零児の最大の武器とも言えよう。
『テメェ…どんな脳みそしてんだよ。普通じゃありえねェぞ』
「お前もお前だ、大食い馬鹿。あとどれだけ飯食ったら腹の音が止まるんだ?」
ともかく。一人と一匹は丁度いい関係にある。時折冗談で殺されそうになることがあるが、すぐに収まる。互いの信頼性は抜群なのだろう。
そんな零児とアンブラは白い煙を吹き出し、蒸気を噴出させるような音を出す機関車に乗り込む。黒い制服を着込んだ駅員は全員の搭乗を確認すると運転手に手を振ってサインを出し、発進させる。
鉄と線路上が重なり合う重い音が聞こえると、それが次第に早くなり煙突から白い煙を吹き出しながら加速する。一部の人間ならこの音がたまらないらしく、現に駅には乗ることもないのにカメラを回して忙しい人間もいる。
あまりにも平和な世界。先日デストロイの襲撃がありながらも通行機関を停止することなく、機関車は発進する。長く続く線路のその終盤にあるのは''セントポール大聖堂''。かの有名な場所には人が多く集まるということで零児はその場所へ足を運んだ。
[2056.03 01 09:25]
日本・路地裏
「ヨルハ・アンダーソン?」
時間は遡り、零児がロンドンへ出発する前。あの時Sが零児に耳打ちをしていたのはある人物の名前。名前からして外国人で男性のようだが、それが今回の件と何が関係するのか零児には分からなかった。
だが、正確な情報しか言い渡さないSだ。何かしらの…いや絶対に今回の件と何か絡んでいると言い切ってもいい。なので零児は疑うことなく、ただ耳を傾けて変に返事をしないでいる。
「あぁ、神威英国支部を預かってる男だ。聞いた事ねぇか?」
「いいや、はじめましてだな」
「ま、そりゃそうだろうな」とSは被っていたハット帽を深く被り、苦笑いしながら言う。ヨルハ・アンダーソン…零児にとっては聞いたことの無い名前だが、なにか引っ掛かっているようで、眉間を寄せる。
「会ったことはねぇ…が、どうも引っ掛かるな、その名前」
「てことはどういう意味だい?」
「そのまんまの意味だ。聞いたことがある…ような、曖昧な感じだ」
零児は奇妙な感覚になっていた。確かにヨルハ・アンダーソンという人物に会ったこともなければ聞いたことすらない。だがなにか引っ掛かるようで、見ず知らずの人間だと言うのにうっすらと覚えがあるような…とにかく、言葉にならないような不思議な感覚に陥っていた。
気味の悪い感覚を覚えた零児は「まぁ、会ったことねぇならそれでいい」とSの言葉に我へと返り、結果的に考えるのをやめた。自分の知ったこっちゃない、引っ掛かったまま話を流すのはいい気分ではないが、埒が明かないと判断して記憶の片隅に置いておくことにした。
「で、そのお偉いさんがどうした?この件に関してなんか関係あるとでも?」
「関係…あるかどうかはそこまで知らねぇが、どうもいい噂がないみたいでね。せいぜい気を付けた方がいいぐらいの認識で大丈夫だ」
Sが言う「いい噂がない」というのは少なからず悪い情報らしい。なんでも「人体を使っては何かしらの実験を行っている」とか「悪魔を使っては解剖して研究を行ってる」とかそういった類だ。
聞いてて実に胸糞悪い話だが、Sは零児を思ってかそんなに気にしなくていいという程度で一応は注意しておけと言うだけ言って、それ以上のことは言わない。
だが零児には少し引っかかることがある。それは…
「どこ情報だそれ。いくらお前でもそんな極秘情報を入手出来るなんて堕落者か人間に話しかける物好きな悪魔程度しかいないと思うが…」
「英国に内通者がいるんだよ、それも信頼できるやつが」
「…あぁ、そうかい」
簡単な話、Sが仕入れた情報はどうも英国に友人がいるらしく、密かに密告していたようだ。いくらSの友人とは言え、零児からしたら知らない人間からの情報に少し疑いを持つも、どんな状況でも適切な情報を流し裏切らないSが言うからと納得してしまった。
とにかく、Sはそれを言うと零児の肩に手を乗せて「死なない程度に頑張れよ」と言うと零児を見送った。…彼からの報酬という形で貰ったタバコの箱片手に吸いながら…。
[2056.03 06 13:10]
機関車・個室内
零児は変わりゆく景色を見つめながら、Sから伝えられた情報を思い出す。ヨルハ・アンダーソン、確実とは言えないが零児にとってはこの件と無関係ではないと思っている。
理由としては分からない。ただ殺し屋としての勘だろうか、とにかくなにか嫌な予感がしてならないようで手元に置いてある銃を見つめては持参した布巾で手入れを始める。
対悪魔用として自分で改造した拳銃の重さは30.8647ポンド、キログラムにしたら実に約14キログラム以上という拳銃としては重すぎるものだが、零児は気にせずそれを片手に持つと内部を見ては確認する。簡単な式を作るのにわざわざ遠回りするほど複雑に構成された銃は貫通力、連射速度、火力に音、射程距離などあらゆる面で強化されたものの扱いは難しく、まず素人が引き金を引くと反動が強すぎて腕が吹き飛ぶという。
弾丸はアーモンド状の形をして銀色。悪魔相手には通常の弾丸だと効果が薄いものの、零児が使用しているのは穢れのない銀色の弾丸で鉛より鉄に弱い悪魔に対しては絶大な効果を発揮する。これも零児の手作り製で火薬、鉄など全て自分で調節したものだという。それに零児の改造拳銃を組み合わせればとんでもない火力が一瞬で発射され、対象を貫くというより''粉砕''する。現に過去に零児はこの拳銃を使い、堕落者の頭部を撃ち抜いたと思えば爆発してバラバラになったという。
対象を吹き飛ばすほどの威力に自分自身しか扱えない拳銃、故に''リーパー''という名前を名付けられた。名付け親はSで「死神」という意味を込めてつけたようだが、零児からしたらどうでも良く、特にこうといった愛着が無い。殺し屋とはいえ人の命を奪う道具だ、無駄な殺生を好まない零児からすれば忌み嫌うような道具の一つである。
だからといって手入れは徹底的に行う。自分で改造したとはいえ完璧とは言えない。ほぼ完璧に近いが、暴発する可能性もないとは言いきれないから、それを防ぐためにも確認・手入れを妥協せずに徹底する。
そんな零児に対し、アンブラはというと…相変わらず影の中で眠りについている。人の感情がない悪魔とはいえ、睡眠というのは必要らしく、大きないびきをかきながら気持ちよさそうに眠っている。幸い影の中なので他人には聞こえないが、一蓮托生の関係ということもあってかアンブラのいびきがうるさいらしく、イヤホンをつけてはお気に入りの曲を聴きながら手入れを続ける。
時折影の中から『まだまだ喰えるぜ…グへヘへへ』と寝言のような何かが聞こえてくる。同族を喰い殺す恐ろしい存在とはいえ、このように眠ってしまえば恐怖の微塵も感じられない。
「………」
と、ここで零児は手入れ作業をしていた手を止めると何かを察したのか銃をポーチにしまい込む。チェックインにやってきた駅員が来たわけでもなく、海外特有の車内販売を行っているおばさんが来た訳でもない。
先頭車両に群がる大勢の人、何かに怯えるような鼓動の速さ、そして聞こえてくる悲鳴と…匂ってくる生鉄臭い血と獣のような生臭い匂い。
それを感じた零児はハーフガスマスクを付けると立ち上がり、個室の扉を蹴り破ると急いで先頭車両へと急行する。悪魔狩りのためでもなければ人助けのためでもない。このまま騒ぎが大きくなると機関車が停止しかねないから零児は行動する。
別車両に続く扉を蹴り破り、拳銃を構えたまま走り出す零児。黒服にハーフガスマスク、拳銃という装備にテロか何かだと勘違いする乗客たちは零児を見るなり目を見開き悲鳴を上げて助けを乞う。
それどころじゃないとわかっている零児は乗客たちの目を見ながら走り去り、次の車両へ、次の車両へと走り移る。そして先頭車両付近に辿り着くと悲鳴と臭いの根源が視界に入った。
群がるデーモンらに逃げ惑う乗客たち、そして逃げ遅れた人間はデーモンの牙に肉をくい込まれ、その勢いで引きちぎられて食われてしまう。千切られた箇所からは筋肉と千切れた血管と神経が見えると、被害者は血を吹き出しながら倒れ込み、そのまま動かなくなった。ショック死した被害者に容赦なく、デーモンらはそこにひとつとなって集まり、我先にと肉を食らうが、うちの一体が零児を見つけるや否や身を低くして牙をむき出して飛びかかってくる。
「招かれざる客ってか。どっから沸いてきたんだ?」
零児が一言言い、手入れしたばかりの拳銃を構えると引き金を引く。パァンというよりバァンと大きな音が響くと銀弾が発射され、先頭にいたデーモンの頭部に着弾すると眉間を貫き、血を吹き出したまま後ろへ勢いよく吹っ飛ぶ。その直後に後ろにいたデーモンらも死体に直撃し、体勢を崩してしまい身動きが取れない状況になる。
死体に押し倒され、動けないデーモンらの足元に何かが転がった。それは鉄の丸い形のようなもので、一秒後に白い煙のようなものが吹き出した。
瞬く間に白い煙がデーモンらを包むと零児はその中へと飛び込むと拳銃を使っては周囲の悪魔たちを蹴散らす。血と内臓が吹き出す音と引き金を引く度に鳴る銃声が交差する中、煙の中から殺されたであろうデーモンの死体が転がっていく。避難の誘導をしていた駅員は腰を抜かし、ただその場から動けずに涙目になりながら目を閉じていた。
そしてここでひとつ、異変が起きた。煙の中でなんの不自由もなく動ける零児に対し、デーモンらは何かに苦しみ始めたのか、口から血や内臓を吐き出し、列車内に撒き散らした。腰を抜かして動けない駅員も煙を吸ってしまうが、悪魔とは違って咳き込むだけで何も起きない。どうも効果があるのは悪魔だけらしい。
『ゲホッ!?ゴホッ!?なンじゃコレェ!?』
そしてアンブラも例外ではない。煙を多く吸い込んでしまったのか、影の中から咳き込みながら狼型のアンブラが飛び出してきた。目(にあたる部分)から涙のような液体を流し、零児に何をしたのかと言いたげそうな視線を送り、睨み付ける。
「よぉ寝坊助野郎。気分はどうよ」
『サイアクだわ!!テメェ何をした!?』
「対悪魔用催眠手榴弾。吸った悪魔共は出血に嘔吐、吐血に加えて内臓まで吐き出されるスグレモノさ」
『バカか!!殺す気かァ!?』
「お前はそこらのデーモンとは違うだろ」
零児の言う通り、苦しんでいるもののデーモンとは違い、内臓が云々以前に吐血すらしていないのでアンブラにとっては目に沁みる程度で死には至らない。周囲にいるデーモンは呼吸困難に陥り、バタリバタリと倒れるとピクリとも動かなくなった。
いくら人間より生命力が桁外れな悪魔でも内臓を引き抜かれたらひとたまりもなく、吸って生きたデーモンなど一体もいない。全ての悪魔に効果的というわけではないが、悪魔からしてみればタチの悪い毒みたいなものだろう。
「よし、ここら辺は大丈夫だろ。おいそこのお前」
「ひぃっ…!?」
煙がある程度引いていくと零児は腰抜けた駅員に近寄り、腕を伸ばしてあるものを取り出す。同じように殺されるんじゃないかと怯える駅員だったが、何もされないとわかった瞬間零児を見ると自分のものであろう通信機を取られ、それを運転手に話しかけている零児の姿があった。
凶器である拳銃や例の手榴弾もない。少しだけでも恐怖を緩和させようとしてるのか、彼なりの気遣いなのだろうがあんなもの見たあとじゃそれも意味をなさない。ちなみにアンブラは『理不尽だ』とブツブツ愚痴りながら死体を影の中に引き込む。零児からの理不尽を受けても食事に徹底する様は呆れるか、感心するかの間にある。
「おぅ、聞こえてるか?詳しい話は省くぞ。お前らは終着駅まで突っ走れ。その間に俺が何とかする」
『お、おい!?君は誰だ!?一体何を___』
話を簡単にまとめ、零児はそれを言い残すと相手の返事を聞かずに通信を遮断するとポイッと通信機を駅員に投げ渡した。駅員は上手くキャッチすると零児を見上げ、額から冷たい汗が流れ出る。
「死にたくなきゃ乗客共の避難を誘導してきな。悪魔に関しては俺が何とかしてやる」
零児はそう言うと拳銃を取り出してはクルクルと回し、駅員に背を向けて次の車両へと蹴り飛ばす。大きな音と共に吹き飛ぶ扉に開いた入口を見つめ、そのまま歩みを進める零児。
「ま、待ってください!!あなたは…一体…」
その前に後ろから声がした。零児は振り返らないまま立ち止まり、そのままマスク越しでニヤリと笑うとこう答えた。
「ただの賞金稼ぎさ」
それを言い残すと影を引き付け、次の車両へと目指し走り出す。取り残された駅員は体を縛っていた緊張や恐怖から解放され、安堵の息を着くと乗客たちの避難を優先させるべく後ろの車両へと歩みを進める。
この車両に残ったのは悪魔の血肉だけ。先程まで賑わっていた乗客駅員の姿はなく、ただ血生臭い臭いと残った肉片だけが空間を支配していた。
次の車両へと辿り着いた零児は拳銃を握りしめ警戒しながら歩く…という訳でもなく、未だに拳銃をクルクル回しながら堂々と歩いて進めている。
決して油断してる訳じゃない。ただ単に零児に襲いかかる悪魔が悉く返り討ちにあっているから余裕なのである。現に彼が通る道の後ろには食われた悪魔の死体が転がっている。
しかしながらどこか納得していない様子らしく、首を傾げたままで何かに悩んでいる。とはいえ悩みながら襲いかかる悪魔を殺しているので衰えてはいないが。
『おいどーしたレイちゃん。なーンか納得してねェ様子だけど?オレ様でよけりゃ相談の一つや二つ乗ってやるぜ?』
そんな零児が気掛かりなのかアンブラが飛び出すと顔を見つめながら言う。頼れる相棒、というわけでもなく悩んでる零児をいいことに『コイバナってやつか?お?』などと言ってからかってるだけで真剣に話を聞こうとしない。
失礼の他ないがアンブラは悪魔。礼儀作法なんて知ったこっちゃない存在なので仕方ないには仕方ないだろうが、人によっては癇癪を起こしてしまう。
「乗車する時は悪魔の臭いも気配もしなかった。ここにいる乗客は全員人間だと言うのにどっから入ってきやがったんだ、あいつらは」
『おい、普通にそう言ってるけどな。眉間に弾丸ぶち込むなよ!?オレ様が影じャなかッたらオダブツだぞゴルァ!?』
故に、零児は淡々と自分が思っていることをアンブラに打ち明けながら弾丸をぶち込む。突然の不意打ちに避けきれず、弾丸は命中して影の塊が弾け飛ぶも一瞬にして再生し、狼の形になると牙をむき出して怒りを露わにする。
こればかりは自業自得としか言い様がない。いや、アンブラの性格上仕方の無いことだろうが…。
『けどまァ、そりゃオレ様も思ッてたな。悪魔様がグースカピースカ寝てるって時に、急に獣の匂いがしたと思えばこれだぜ?』
しかし、零児が首を傾げていた疑問を抱えているのはアンブラも同じだった。彼(同時に女の声もしてるので彼女?)が言うには''急に''獣の匂いがした、と言っている。
そう、急に。なんの前触れもなく突然。ということは人間の皮を被った悪魔はいないということとして零児は考える。
では次に出現場所。確かに悪魔は魔法陣を通してありとあらゆる場所から出現するが、別の方法も存在する。それは…
「…誰かが召喚した?」
ない、とは言い切れない。人間ならまだしも悪魔との繋がりのある堕落者が悪魔を呼び寄せることぐらい可能だろう。零児は堕落者だがもちろんそんなことするわけがない。現に彼は悪魔を呼び寄せる知識なんて皆無だ。
では人間が悪魔を呼び出せることが出来るのか、という疑問だが…答えはイエス。悪魔とは人間の弱い心や強い願い、欲望に応えて目の前に現れる存在だとされている。よくある黒魔術や錬金術などしなくとも、その願いを叶えるべくと囁き込んでくる。
となると可能性は二つに絞られる。好奇心で悪魔の召喚儀式をした人間がいるか、もしくは___
_ドゴォンッ!!
___直後、大きな音と共に零児の目の前に何かが落ちてきた。それは人ひとり飲み込めるほどの大きさを持つ鉄の塊で、鐘型の形をした女の銅像…言うなればアイアン・メイデンのようなものが天井を突き破って現れたのだ。
そのアイアン・メイデンのようなものの女の顔の部分にある目玉が光り輝くと、重々しい胸部部分が真っ二つに開かれ、血のような液体と共に中から悪魔が飛び出し、零児を襲う。
開いたのと同時に襲いかかった悪魔はデーモンと比べて素早く、零児に向かって鳥類のような脚を使っては切り裂こうもするも異常とも呼べる動体視力を持つ零児の前には意味をなさず、一瞬にして避けられる。標的を失い、空を切り裂いた脚は機関車内の壁に深々と突き刺さると翼を羽ばたかせ、引き抜いてから零児に振り返る。
その悪魔はデーモンとは異なり、大きい胸部や凛とした顔、頭には黒い髪のような甲殻を持つ女性のような悪魔だった。ただ人として異なる点は腕と脚。手や腕がない代わりに黒くて身を包むほど大きな翼を持ち、脚に関しては膝下から逆関節で曲がっており、三本の爪は黒く鋭く、加えて曲剣のように長い爪を持っていた。
女性と鳥を足して二で割ったような悪魔''死の風を吹かせる貴女・ハーピー''は歩くだけで床に爪痕を残しながら零児に近付き、自身の獲物だと認知したのか女性のような気味の悪い笑い声を上げながら零児に襲いかかる。
「こりゃ確定だな。俺以外の堕落者がいやがる」
零児はニヤリと笑い、銃を取り出すとハーピーに向けて引き金を引く。だがデーモンとは違い、翼を持っている分機動力のあるハーピー相手だとヒラリと回避されてしまった。そのまま距離を詰め、ハーピーはその鋭い爪を立て、零児に接近する。どうも零児の体を八つ裂きにする寸法らしい。
だが、ハーピーのその考えは実に浅はかだった。常人なら一瞬にしてバラバラ死体が完成するのだろうが、相手は日本で恐怖させている伝説の殺し屋だからだ。零児はニヤリとハーピーを見つめているだけで何もしない。それだけだと言うのに、ハーピーの頭が弾け飛び、横へ吹き飛ぶと乗席の上で死体となって横たわる。
何が起きたのか理解出来ないが、あらかた予想は出来る。零児が最初に射撃した弾丸はハーピーに避けられるも影の中で吸収させ、勢いを殺さないままハーピーの死角から弾丸が打ち出されたのだろう。最初からハーピーではなく、相手の死角を狙っていた零児は影を操るという能力を最大限に利用してからこそ成し遂げられるものである。
「上か」
ハーピーの死体が影の中に引きずり込まれるのを横目に、零児は穴の空いた天井を見上げて言う。目の前にあるアイアン・メイデンは天井を突き破って現れたということは何かしら天井の上、言わば外に何かがいると睨む。
ゆっくりと呑気に食事をしているアンブラを無視して零児はアイアン・メイデンを足場にして穴の空いた箇所を潜って屋外へ出る。機関車は零児の指示通り動いたままで風圧が彼に襲いかかるも吹き飛ばされることなく、平然と天井の上に立って周囲を見渡す。
やはりと言うべきか、あのアイアン・メイデンこそないものの走り行く機関車を囲む形でハーピーが飛んでいる。ただ一体だけ異なる個体がおり、その個体は他のハーピーより一回り大きいハーピーで、女性の気味の悪い笑い声のような声を上げると周囲のハーピーの陣形を展開させ、殺意を零児に向ける。
翼を四枚持ち、主翼と副翼を交互に羽ばたかせ宙に舞うハーピー''死の風を巻き上げる貴女・エリートハーピー''は、再び女の気味の悪い叫び声を上げると周囲のハーピーは攻撃態勢に入り、その鋭い爪で零児を引き裂こうとする。
「犯人はお前…って訳じゃなさそうだな」
零児は誰もいないことを確認すると右手に例のノコギリ状の大剣を片手に持つと飛びかかってくるハーピー達に向かって駆け出した。最初に飛んできたハーピーは爪で引き裂く前に零児が振るったノコギリ状の大剣に直撃し、真っ二つになって血飛沫を噴出させながら絶命。そこからすかさず身を整え、拳銃を構えると相手の動きを予測、風速や弾道の軌道、射撃速度など全て計算して偏差射撃をする。
いくら翼を持つ分機動力があるハーピーとは言えど、零児の完璧に近い計算による射撃に叶わず眉間を撃ち抜かれて落下。直撃したハーピーはそのまま地面へ叩きつけられると一瞬にして血肉となって転がり落ちる。
『だあァーッ!!オ、オレ様の肉がアァ!!?』
「喚き散らすな!舌噛むぞ!」
風圧がある分体が重い中、零児は次に接近してくるハーピーの攻撃をジャンプして回避する。自分の攻撃が当たったと思っていたものの、回避された挙句にどこへ行ったと首をキョロキョロと左右に振るハーピーに背中から強い力がのしかかり、バランスを崩す。
なんだと振り返ると、そこには零児の姿が。どうもハーピーの飛ぶ特性を利用して踏み台にし、空中へ舞う。いくら零児とは言え、空を飛ぶことなんて出来ない。ので相手の持つ特性を逆利用して親玉に近付き、距離を詰める。
かと言って黙ってそれを見ているエリートハーピーではない。再び叫び声を上げ、零児を打ち落とそうと周囲に群がる残り全てのハーピーに指示を送り、攻撃命令を出すが…これが逆に零児の思うつぼとなる。
襲われるものの土台が次々と集まってくる。つまりはより空中で動きやすくなるということ。もしエリートハーピーが同じ知識を持つ堕落者なら即座に気付いて命令を取り消そうとするのだろうが、残念ながら知能を持たない悪魔である以上そんな考えなど初めからなかった。
そしてどんどん距離が詰まり、最後の一体を蹴り飛ばして手に持つノコギリ状の大剣を構えて跳ぶと、何を思ったのか大剣を空中でエリートハーピーに向かってぶん投げた。グルグルと回り続け、周囲の風や空気を切り裂きながらエリートハーピーに飛んでいくが、対するエリートハーピーはその鋭い爪を使って弾き返し、大剣を吹き飛ばした。
吹き飛ばした…のだが、突然重い何かに引っ掛かったようでバランスを崩してしまう。ふとエリートハーピーは自身の脚を見ると先程弾き返したであろう大剣が重りの着いた足枷のような物に変換され、エリートハーピーを空中から引きずり下ろそうと下へと下がっていく。当然そんな状態のまままともに飛べる訳もなく、後に飛んできた零児に捕まり機関車の天井上に叩きつけられる。
零児は着地するのと同時にエリートハーピーの胸部を強く踏み付け、動きを拘束しながら眉間に銃口を突き付ける。殺されてたまるかと翼だけバタバタと動かすも零児にはそんなこと通用せず、最後の抵抗も虚しく引き金を引かれ、弾丸をぶち込まれては絶命してしまった。
頬にベッタリと返り血を浴びるも気にせず再び周囲を見渡す零児。エリートハーピーを殺すことが出来たとしても肝心の犯人が見当たらない。キョロキョロと周囲を見渡し、何か手がかりがあるかどうかと確認するも一切これといった情報がない。
「尻尾を巻いて逃げた…って訳じゃねぇよな」
エリートハーピーをその鋭い牙で噛み砕くアンブラに対し、零児は機関車の上で顎に手を添える。そもそも何故この機関車を襲ったのかわからない。よく聞くハイジャック…というわけでもない。もしそうだとしたら運転手や乗客達を人質にする可能性、いや絶対にそうするだろう。
かと言って虐殺目的という訳でもない。乗客達を皆殺しにしてたものの運転席までは襲撃していない。いやただ単に襲ってなかったのかもしれないが、虐殺というのなら機関車の重要場所である運転席を狙う確率が高い。
となると。零児は思考を過ぎらせ、ひとつの答えを導き出した。
「…まさか''俺''か?」
その確証は無いものの、可能性のひとつとして視野に入れていた目的。それは零児自身の命を奪おうとしている堕落者がいる。もしそれが本当ならこの機関車を襲ったのにも辻褄が合う。
そしてその答えに目を見開いてる零児は自分のいる位置から約数百メートル先に何かを感じ取り、アンブラに手を掛けると地面に叩きつけ、影の盾を展開する。
『ちょっ!?レイちゃん!!?』
食事を邪魔され、急に盾を展開されたことに驚くアンブラだったが、零児は聞く耳を持たず、睨み付けたまま何かに備える。その直後、エクセキューショナーズソードという処刑用の剣に酷似したものが雨のように降り注ぎ、アンブラが形成した盾や機関車に突き刺さる。
突然の奇襲に車両の一箇所に避難していた乗客達も怯えるも幸い死者・怪我人はゼロで済んだ。完全に零児狙い、乗客達や運転手、駅員など眼中に無いような攻撃に零児は盾越しでニヤリと笑う。
「なるほど、あれか」
盾を影の中に沈めながら零児はニヤリと笑い、アンブラも後から気配を感じたのかジュるりとヨダレを撒き散らす。一人と一匹の視線の先には''巨大大砲''の形をした金属製の何かがそびえ立っていた。一見建造物かなにかに見えるが、あれも列記とした悪魔である。
その証拠に、砲台の砲口部分にあたる場所に人影が。間違いなく堕落者のようで、死刑執行人のマスクを着用した男性が佇んでいた。
「見つけたよ…ジャパニーズキラー…」
堕落者の男性も零児がこちらを見つめてることに気が付き、ニヤリと怪しく笑った。その笑みは今から零児をどう殺そうか楽しみで仕方ないような、狂気じみた笑みだった。
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