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第2章 -少女期 復讐の決意-

94.バジル家に一人

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 その日はとても慌ただしく、忙しなく始まった。


 雨が降りそうな、曇り空を眺めながら”今日は外には出られ無さそうねぇ”とリリーナは呑気に考えていた。
 本当は今日天気が良かったら、お兄様と一緒に久しぶりに街へ出て買い物をする予定だったのだ。

 ずっと体が重くダルさが続いていたが、”祈り”の効果が出始めたのと手元に特玉琥珀がある為、ここ最近で一番体調が良くなってきた。
 そんなリリーナの様子を周囲の皆が心から祝福してくれたし、安堵してくれた。

 「それならば!」と、今日・明日くらいに到着するルーカス王子に渡すバジル領のお土産でも一緒に買いに行かないか、とエディお兄様が誘ってくれたのだ。
 二つ返事で承諾し、久々のお出かけにワクワクして昨日の夜も中々寝付けなかったが…この天気ではしょうがない。


 「はぁ、」とため息をついていると、コンコンコンッ!といつもよりも慌てた様子でノックされエディお兄様が部屋に入ってきた。


 「お兄様!どうされたんですか?今日のお出かけは、一雨来そうですので中止だと思ってるのですが…。」

 「あぁ、リリー!そうだね、とっても残念だけどまた天気が良い日に絶対行こうね!
 ───話したいのは、ちょっと別の用なんだ。」

 成長して益々お父様に似てきた、端正な顔立ちをキリリッと引き締めながらエディは続ける。

 「今日、お母様とナーデルがお爺様達に会いにコアスの森に行って不在なのは知ってるね?
 さっき街の警備兵から至急の報が来てね。何でも郊外の方で人攫いがあったらしい。子供が数人連れ去られるのを見たと報告があった。」

 「えっ!!!」
 まさかという話に、リリーナは思わず両手で口を塞ぐ。

 「恐らく父様達の不在を狙ったんだろう…。もしかすると身代金を要求してくるかもしれない。
 本来は隊長格の者を引き連れて対応に当たりたいんだが…あいにく昨晩盗賊が出たと報告があった地域に朝一番で向かっていて、人手が足りないんだ。
 ちょっと他にもトラブルが続いてるみたいで…俺もいくつか対応に当たることになったんだ。
 だから今日は申し訳ないけど、このバジル邸をリリーに任せて大丈夫だろうか?
 とはいっても、シャルもハヤトも他にもリリーを守ってくれる者達はいっぱいいるし!!すぐ帰ってくるから大丈夫!!・・・どうかな?」

 「そんなこと…!勿論大丈夫です!私が一人になることよりも、よっぽど大事じゃありませんか!!
 家の事は心配しないで、兄様は対応の方に全力を注いでください!」

 リリーナの返事に微笑みながらも、やはり心配が勝っていたのか…ホッとした表情を見せた。



 にしても、確かに朝食頃からバタバタと人が行きかっていたが…まさか人攫いまで発生するとは。
 しかも長男とはいえ、まだ学園にも通っていない兄様まで駆り出すとは…。

 リリーナは不安を覚えエディの傍でそっと袖を掴みながら確認する。


 「お、お兄様…もしや相当人手が足りないのではありませんか?
 盗賊の報告があった時は、人攫いの情報等ありませんでしたし…それなりの人員を割いてしまっていたのでは?」

 リリーナからの鋭い指摘に、エディは苦笑しながら可愛く…そして変に鋭い妹の頭を撫でるが否定しなかった。

 「やっぱり…。お兄様!!!どうかハヤトもそちらの人員に入れてくださいな!
 ねぇ、ハヤト良いでしょう?私は屋敷から出ないんだし…シャルとシルバがいるんだもの。
 優先順位を考えても、ハヤトのその力はお兄様達の方で奮った方が良くないかしら?」

 突然話しかけられたハヤトが、どこからともなくシュタッと現れ跪く。

 「リリーお嬢様、俺はリリーお嬢様の護衛を旦那様から仰せつかっております。
 例えリリーお嬢様やエディ様にご命令されたとて、我等影の主から与えられた任を無断で解くわけにはいきません。」
 
 あまりにもキッパリと否、というハヤトに目を見張るがそれはそうだ。
 主でもない小娘が命令するなど以ての外だろう。 

 「…そっか、我儘言ってごめんなさい。…じゃあシャル、お願い。お兄様達に力を貸してあげて!
 キースも言ってたわよね?”不測の事態の時は頼んだ”って。
 ──民や領の為じゃなくこんな何も出来ないお荷物な私に、過ぎる力を注がれてるなんて耐えられないわ。お願い、シャル。」


 控えていた己の一番信用する従者に、懇願する。

 自分の無力さを嘆く自身の、天使の様な主に…シャルは力一杯拳を握りしめた。
 
 「リリーお嬢様から離れるのは不服ですが、ハヤト先輩もシルバもいますし…。
 お嬢さまの御身は2人に任せて、俺はそのお心の為に動くとします。──尊敬するキース様にも、託されていますしね?」

 「!!!ありがとう、シャル!!!!シャルも、勿論兄様も皆も!!絶対怪我しないで帰ってきてね!!」



 ───こうしてリリーナ達を屋敷に残し、シャルを含めたエディ達は攫われた領民を助け、馬鹿な真似をした馬鹿な奴等を捕まえに出立した。




 ◇




 エディ達を見送った時には、とうとう雨が降り始めていた。

 ザーザーと降る雨音を聞きながら、今世で一番静かな時を過ごす。
 ただでさえ騒がしい獣人兵や大好きなお父様が長期間いないのに、自分以外の家族や家の者達がゴッソリといなくなってしまって…心細い気持ちが中々晴れない。



 (何だか色んな事が起こりすぎじゃない~?こ~んなに悪いことが立て続けに起こるなんてっ呪われてたりして!)

 何て不吉なこと言うのリベア!!そんな訳ないじゃない!
 というか、思えば今までが運良すぎたんだよ…こんなにとんとん拍子で発展していってさ…。
 やっぱり人生は良いことと悪いこと、プラマイゼロで成り立ってるんだよ…。



 不吉な事を言いだした相棒に、強く反論しまるで自分に言い聞かせるように言い訳した。

 
 そんな時、使用人からカヨの父親が”領地へと戻る為挨拶に来られた”と報告に来た。
 

 おぉ、まだバジル領にいたんだ…。あの初対面以降、バジル家に訪問することが無かったので、てっきり既に帰還されているのかと思っていた。
 なんだ、ただ単に兄様の言葉を素直に聞いてただけか。なんだ、子どもから正論言われて怒ってんだろうなぁとか思ってたけど、中々懐の大きい大人なのかな?

 (えぇ~?そう~?でもまぁ帰りますって挨拶来るぐらいなら普通よね。
 ほら!アンタの初めての女主人のお仕事よ♪さっさと出迎えてあげなさいよ~♪)
 

 全く、すぐ揶揄うんだから…と言いつつ、アセビの元へ向かう。


 1階に降りてすぐ、ここ最近見かけてなかったレイナが立っていた。
 …やはり具合が悪そうだ。正直早く休んで欲しいが、アセビの見送りに来たのだろうか?


 「??レイナ、大丈夫?顔色が悪いわ!」

 「リ、リリーお嬢様。申し訳ありません…申し訳、ありません。」

 ただただ謝り続けるレイナに、いよいよ限界が近いのだろうと感じる。

 「レイナ、これは命令です。一刻も早く休みなさい、今すぐにです。至急医者を呼びますから、それまで絶対にベッドから出ては」

 「リリーお嬢様っ!!」リリーナの言葉を遮り、ガッと両肩を掴み懇願する様に言葉を続ける。


 「どうか、どうかお聞きください。私の、浅はかな願いのせいで…とんでもない事を…!いえ、いえっまだ間に合います。どうか、どうかお願いです!何を言われても、何があっても、私の元夫のアセビからの要求には」



 「───おやおや!何を話しているんですかな?」


 何かを必死で伝えようとしているレイナの言葉は、玄関の方からかけられた大きな声に遮られた。

 「レイナ、酷いじゃないか。この前のこと、まだ怒っているのかい?悪かったよ、君があまり魚介類が好きじゃないって忘れてたんだ。今度は美味しい肉料理のあるお店を予約しておくから、機嫌を直してくれないか?」

 「ぁ、っぁ。」


 ニッコリ笑いながらレイナに視線を固定するアセビに、レイナは声が出ない程動揺しているようだった。

 「…レイナ?大丈夫? ピラカンサ子爵、申し訳ありません。レイナは体調が悪いみたいで。
 今日はベッドで休ませますので、お話はまた今度にしてあげてください。──誰か、レイナを従者棟へ送ってあげて!あとドリトン先生にご連絡もお願い!」


 リリーナは有無を言わさず、この場からレイナを下がらせた。
 何があったかは知らないが、レイナをこの男と同じ空間にいさせるのはダメだと直感した。


 レイナはリリーナに向かって、口をパクパクとさせつつ同僚に連れられてこの場を去って行った。



 そんな様子を変わらずニコニコして見ているアセビに、レイナが昔言っていた”クズ男”の言葉を思い出していた。

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