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第2章 -少女期 復讐の決意-
93.閑話 Side天敵 ステイン伯爵家終了のお知らせ
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今、アイリを含めたステイン伯爵家の面々はとある場所に隔離されていた。
ヒューが掴まり、元々の生家であるトトマ商会もガサ入れされ今までの不法奴隷商売の証拠が見つかり、一斉に逮捕された。
アイリ付きという名目でヒューがステイン伯爵家に仕えていた為、疑いの目は伯爵家にも伸びた。
というのも、ヒューの事もあるが”商品(奴隷)”の密売・仕入れ共にステイン領を通過するルートが使われており”意図的に目をつぶっていたのか”という疑いが欠けられているのだ。
現在事情聴取という名の取り調べ&家宅捜索が行われている。
初めは”伯爵家”という権力を振りかざし、要求を断固として拒絶していたがバジル辺境伯家やポートマン公爵家、そして仮にも婚姻中であるタンジ公爵家からも要求と圧力をかけられては打つ術がなかった。
しかもタンジ公爵は嬉々と、家宅捜索の間ステイン伯爵家を隔離する場所を提供してきた。
本当は貴族専用の牢か王都の隔離施設を使うのだが、何分今回の騒動のせいでどこも空きがない状態だったのでその申し出は助かった。
何でも領地の外れ、長閑な郊外にある別荘の本邸隣に建つ別邸が、監視するのに丁度よく外部との接触も出来ない脱出など以ての外なピッタリの場所だったらしい。
タンジ公爵家に仕える影や兵も、率先して警備に当たらせる様子を王都警備隊の面々は口元を引くつかせながら感謝を述べ見守っていた。
そんなある意味”特別待遇措置”をされた面々だったが、初めの頃はそれはもうギャーギャーと騒ぎ立てていた。
警備をしやすくする為1部屋に当主夫妻と娘のモリー、そして孫娘のアイリを一緒に隔離していたが…。
お互い(主に夫妻娘VS孫娘)に罵り合い別の部屋を用意するように五月蠅かった。
当初は無視していたが、アイリの夜間も止まらない悪態と叫びに警備する側も耐えきれず、現在は当主夫妻と娘親子とで部屋を分けている。
一応牢ではなく、トイレ・風呂付の部屋にはなっているので互いの様子は把握出来ない。
当主夫妻は平穏を獲得しホッとしていたが、モリーとアイリは相変わらず針の筵の様な雰囲気だった。
お互いしかストレスのぶつけ先が無い為、目が合う度に罵り合っていたが…モリーの方が先に疲労してアイリの存在を徹底的に無視するようになった。
本日2度目の給仕が終わり、モリーは自身のベッドに潜り込みひたすらこの悪夢の様な時間が過ぎるのを待っていた。
肝心のアイリはというと、それはそれはイライラしていた。
幼子が一目見ただけで泣き叫ぶような、鬼の様な形相で分厚いガラスで覆われた窓を細かく入っている格子の隙間から外を眺めていた。
(何なのよ何なのよ何なのよっ!!!!何でこんなに上手くいかないわけ?!?!)
アイリの殺気を感じたのか、近くを飛んでいた鳥が別邸を避けるように迂回していくのが見える。
(何でアイリがこんな不自由しなくちゃいけないのよ!!大体何よ!!あのヒューが掴まった??違法な奴隷商売をしてた???何よそれ!!そんなこと、アイリの知ったこっちゃないじゃない!!!何で関係無いアイリが巻き込まれなきゃいけないわけ?!?!)
アイリは最近癖になった親指の爪をガジガジと噛み始める。
それまでキチンと手入れされていた爪はギザギザになり、親指の爪だけが短くなっていた。
(こんな事なら情けなんてかけずにサッサとクビにしとくべきだったわ…!!!あんな使えない男、ちょっと容姿が良いから置いといてあげたのに…!!!恩を仇で返されるなんて!!)
ここにヒューがいて、アイリの考えていることを知ったら「恩など微塵も貰ってない、むしろ貴様のほうだろうが!!その口二度と利けないように(以下省略)」などと喚いていることだろう。
そもそもの原因はヒューであり、自分はただ悪人に巻き込まれてしまった憐れなお嬢様だと本気で思っているアイリは、ヒューの事以外に不機嫌な理由がある。
(こんな可哀想なアイリを放って…!!!!神様は何処に行ったのよ!!!!)
そう、王宮で地下牢に入れられた時から一緒にいて、色んな愚痴を聞いてアドバイスもしてくれていた神様(悪魔)がいなくなったのだ。
ここに連れてこられた初日は確実にいた。しかし、アイリが当主夫妻やモリーと白熱した公論を終えて気が付くといなくなっていた。
「ちょっと、神様!どこ行ったのよっ!!早くここから出れる様にアドバイスして!!ねぇ、聞いてるの?!?!」
といきなり怒鳴り始めたアイリを見た夫妻達は「やはり頭が可笑しいんだ」「おお気味が悪い…」「こんなキチガイとずっと一緒にいたら、こっちが狂ってしまうわ!!」と怯え益々アイリから距離を取った。
しかしいくら叫ぼうが念じようが探しようが、アイリにとっての神様は一向に姿を現さなかった。
・・・実は悪魔は、今ちょっとした”仕込み”をしている最中である。
勿論、自分の楽しみの為に、だ。
というかアイリの愚痴や世話をずーーーっとするなんて、いくら悪魔でも限界がある。
「あぁ、イラつくっ!!もう知らない、あんな役に立たない神様なんてこっちから願い下げよ…!今回の転生、失敗したのはあのヘボ神のせいよ!!あぁ、さっさと転生し直さないと…今度はちゃんと偉い神様に会って転生してもらうのよ。というか、今回の弁償としていっぱい特典付けてもらわないと許せないわ…!!!でもまた生贄を探さないと…この世界には聖子みたいな都合良い奴いない…あっ!!あの生意気な田舎女が良いわ!!!あぁ、でもあんな田舎に行ってたらすごい時間かかるじゃない…今回はそこら辺のガキでいいか、」
アイリはガンッ!ガンッ!と小さい拳で分厚い窓を叩きながら、ブツブツと不気味に呟く。
そんな君の悪い姿を、声を見ない様に聞こえない様に、モリーはより一層深く毛布にくるまった。
◇
少し日が傾いた頃、突然ノックも無しに警備兵達が数人部屋に入ってきた。
「ちょっと!!貴方達っ淑女の部屋にノックも無しに押し入るなど何て野蛮な!!貴方達兵士は紳士の心得もないのですか!!責任者を呼びなさいっこの私にこの様な無礼、ただで済むと思わないことねっ!!」
モリーがベットから飛び起きて怒鳴り散らすが、兵士達は気にも留めずに行動する。
2人ずつ、モリーとアイリに付き後ろ手に手錠をして拘束した。
「ちょ、ちょっと何するのよ!!」「何の真似ですか!!こんな事っ私は公爵夫人ですよ?!今すぐ放しなさいっ!!」
2人の抵抗は何の効力も持たず、サッサと部屋から連れて行かれる。
すると向かいの部屋にいた当主夫妻も、ギャーギャー喚きながら部屋を出るところだった。
「お、お父様!!これは一体どういう事ですの?!」
「そんなこと私が聞きたいっ!!おい、いい加減説明しろこの汚らしい庶民共め!!」
「ちょっと!!アイリは巻き込まれただけよ!!コイツ等はともかくっアイリを放して!!」
流石は親子、吐く言葉の汚さも似ているらしい。
拘束している兵士や警備している者達は、より一層冷たい視線をステイン親子へ向けた。
「説明なら私がして差し上げますよ。だからその汚い口を閉じていただけますかね?」
低いバリトンボイスが響き、周りの兵達の背筋がピンッと伸びたのを感じた。
声の主は輝く金髪に透き通った…冷たい水色の瞳をしたマシュー・タンジ公爵その人だった。
「だ、旦那様!!!来てくれたのですねっ!!!」
「おぉ!!タンジ公爵っいや、マシュー君!!助かった!!待ちわびたよ!!」
「お父様!!来るのが遅いわよ!!まぁいいわっこの前の事は許してあげるから、さっさとこれどうにかして!!コイツ等全員処刑して!!」
思わぬ登場人物に、自分達を助けに来てくれたと信じて疑わない親子は色めきだった。
しかしどこか上機嫌に見えたマシューは、段々と無機質な…何の感情も無い表情となり言葉を紡ぐ。
「黙れこのクズ共が。その汚い口を閉じろと言ったのが聞こえなかったのか?」
あまりの冷たい圧に、騒いでいたステイン家の面々は静かになる。
「ふん、貴様達を助けるだと?なぜ犯罪者であり、家族でも友人でも知人でもない貴様等クズを助けなければならん?私が来たのはな…貴様等の絶望に染まった顔を拝むためだよ。」
そういうとマシューは1枚の紙を広げて見せた。
「ほら、これが何かわかるか?──ステイン伯爵、貴様の逮捕状及びステイン家の財産・領地・爵位の剥奪状だよ。
王都で尋問してくれている者が優秀でね…貴様と裏社会の者達の契約書の所在を提供してくれたのさ。
やはり、貴様は違法商売を認知して且つ金も貰っていたな。流石、金にがめつい伯爵様だ。さぞ懐が潤った事だろう…まぁその金も貴様のモノじゃなくなるんだがな。」
「な…何だと…???う、裏切ったのかっい、いや!違うっ何かの間違いだ!!わ、私は誰かに嵌められたんだ!!」
目が血走ったまま、身を乗り出し最後まで意地汚く認めないステイン伯爵の姿は、もはや貴族でも紳士でもない…ただのクズだった。
当主の逮捕だけでなく、ステイン家の全てが没収されるという信じたくない現状に、奥方とモリーは青ざめ座り込んだ。
だが、モリーはまだ奥方よりは希望があった。何故ならば、自分はステイン伯爵家から目の前の男…タンジ公爵家へと嫁いだ身だからだ。
いくら別居中とはいえ、未だに自分は”公爵夫人”である。実家の支援が無くなったのは確かに痛いが、まだ自分は貴族としてやっていけるだろうと考えていた。
「あぁ、私としてはコッチの方が見せつけたいんだ、ちゃ~んと見てくれ。」
無様に喚く男は無視して、公爵はにこやかにもう1枚の書面をモリーの顔ギリギリで開いた。
「やっと法務局も思い腰を上げてくれてね。…あぁそう言えば、今回の家宅捜索中に法務局に多額の賄賂を渡した証拠も出てきてね?いやぁ、なんて偶然なんだろうか。
そちらを見せたら、あの仕事の遅い法務局がすぐにこの”離縁状”を発行してくれたよ。
やれば出来ると分かったからね、今後法務局の方も改革していくつもりだよ。」
───そう、それは長年マシューが、タンジ公爵家が待ち望んでいた離縁状であった。
「あ、ああああぁぁぁっぁぁああああ!!!!!う、嘘っ嘘よおおおぉぉぉぉぉおお!!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!お父様は私のお父様でしょ?!?!も、勿論私は公爵家に行くのよね??お父様が引き取ってくださるのよね???」
縋るように言うアイリの姿が可笑しくてしょうがないマシューは、アイリに初めて笑顔を見せる。
「あっはっは!何を馬鹿なことを!!君の母親は不貞行為をしていたんだ。
なぜ私がお前の様などこの誰が父親か分からんガキの世話をしなければならん??
前にも言っただろう、私はお前の父親じゃないと。君は色だけでなく、頭の中身も悪いらしい。
あぁ!───私の、公爵家の跡取りはちゃんといるから安心したまえ。
自分のせいでと、公爵家の今後を憂う必要はないからね、無駄な杞憂をしないでいい様に伝えておこう。」
「え?あ、跡取り…??嘘、嘘嘘嘘嘘っ!!!どういう、どういうことです?!?!貴方の、妻は!!私しかいないでしょう!!!!」
頭を抱え、半狂乱になりながらマシューに訴えかけるモリーだが、その姿を見つめる目は冷たかった。
「もう妻ではないがね?──私には、数年前から何にも代えがたい愛しい女性がいてね?
前回法務局資料を提出した時から、遅かれ早かれ離縁は確実だったからね。公爵家の今後を憂う使用人や身内の為にも先に子作りに励んでいたんだよ。
私に似た、金髪に水色の瞳の可愛らしい男の子だよ。まぁ、妻に似たタレ目だがね?
しかし…愛する人との愛の結晶は、本当に素晴らしい存在だね。私はあの子を見ていると自然に笑顔になってしまって困るよ。使用人に随分と驚かれてね。」
マシューの言葉が、一言一言ナイフの様にモリーに刺さり息が出来なくなる。
「愛する…人?わ、私を、一度も…見なかったのに…子ども?金髪、水色…男児?」
「嘘、嘘よ!!!お、お父様の子どもは私だけ、私よ!!!だって、神様にお願いしたもの!!”公爵令嬢に転生”って!!だから私は絶対!!お父様の子どもなのよぉぉぉおおお!!」
正気ではない様子の二人を、これまでの苦労を思い返しながら…満足そうにマシューは見つめた。
「さぁ、立ち話はこれくらいでさっさと貴様等の新しい家に案内しよう。あぁ、心配しないでくれ、この別邸の地下牢になるだけだから、時間も距離もかからないさ。」
ヒューが掴まり、元々の生家であるトトマ商会もガサ入れされ今までの不法奴隷商売の証拠が見つかり、一斉に逮捕された。
アイリ付きという名目でヒューがステイン伯爵家に仕えていた為、疑いの目は伯爵家にも伸びた。
というのも、ヒューの事もあるが”商品(奴隷)”の密売・仕入れ共にステイン領を通過するルートが使われており”意図的に目をつぶっていたのか”という疑いが欠けられているのだ。
現在事情聴取という名の取り調べ&家宅捜索が行われている。
初めは”伯爵家”という権力を振りかざし、要求を断固として拒絶していたがバジル辺境伯家やポートマン公爵家、そして仮にも婚姻中であるタンジ公爵家からも要求と圧力をかけられては打つ術がなかった。
しかもタンジ公爵は嬉々と、家宅捜索の間ステイン伯爵家を隔離する場所を提供してきた。
本当は貴族専用の牢か王都の隔離施設を使うのだが、何分今回の騒動のせいでどこも空きがない状態だったのでその申し出は助かった。
何でも領地の外れ、長閑な郊外にある別荘の本邸隣に建つ別邸が、監視するのに丁度よく外部との接触も出来ない脱出など以ての外なピッタリの場所だったらしい。
タンジ公爵家に仕える影や兵も、率先して警備に当たらせる様子を王都警備隊の面々は口元を引くつかせながら感謝を述べ見守っていた。
そんなある意味”特別待遇措置”をされた面々だったが、初めの頃はそれはもうギャーギャーと騒ぎ立てていた。
警備をしやすくする為1部屋に当主夫妻と娘のモリー、そして孫娘のアイリを一緒に隔離していたが…。
お互い(主に夫妻娘VS孫娘)に罵り合い別の部屋を用意するように五月蠅かった。
当初は無視していたが、アイリの夜間も止まらない悪態と叫びに警備する側も耐えきれず、現在は当主夫妻と娘親子とで部屋を分けている。
一応牢ではなく、トイレ・風呂付の部屋にはなっているので互いの様子は把握出来ない。
当主夫妻は平穏を獲得しホッとしていたが、モリーとアイリは相変わらず針の筵の様な雰囲気だった。
お互いしかストレスのぶつけ先が無い為、目が合う度に罵り合っていたが…モリーの方が先に疲労してアイリの存在を徹底的に無視するようになった。
本日2度目の給仕が終わり、モリーは自身のベッドに潜り込みひたすらこの悪夢の様な時間が過ぎるのを待っていた。
肝心のアイリはというと、それはそれはイライラしていた。
幼子が一目見ただけで泣き叫ぶような、鬼の様な形相で分厚いガラスで覆われた窓を細かく入っている格子の隙間から外を眺めていた。
(何なのよ何なのよ何なのよっ!!!!何でこんなに上手くいかないわけ?!?!)
アイリの殺気を感じたのか、近くを飛んでいた鳥が別邸を避けるように迂回していくのが見える。
(何でアイリがこんな不自由しなくちゃいけないのよ!!大体何よ!!あのヒューが掴まった??違法な奴隷商売をしてた???何よそれ!!そんなこと、アイリの知ったこっちゃないじゃない!!!何で関係無いアイリが巻き込まれなきゃいけないわけ?!?!)
アイリは最近癖になった親指の爪をガジガジと噛み始める。
それまでキチンと手入れされていた爪はギザギザになり、親指の爪だけが短くなっていた。
(こんな事なら情けなんてかけずにサッサとクビにしとくべきだったわ…!!!あんな使えない男、ちょっと容姿が良いから置いといてあげたのに…!!!恩を仇で返されるなんて!!)
ここにヒューがいて、アイリの考えていることを知ったら「恩など微塵も貰ってない、むしろ貴様のほうだろうが!!その口二度と利けないように(以下省略)」などと喚いていることだろう。
そもそもの原因はヒューであり、自分はただ悪人に巻き込まれてしまった憐れなお嬢様だと本気で思っているアイリは、ヒューの事以外に不機嫌な理由がある。
(こんな可哀想なアイリを放って…!!!!神様は何処に行ったのよ!!!!)
そう、王宮で地下牢に入れられた時から一緒にいて、色んな愚痴を聞いてアドバイスもしてくれていた神様(悪魔)がいなくなったのだ。
ここに連れてこられた初日は確実にいた。しかし、アイリが当主夫妻やモリーと白熱した公論を終えて気が付くといなくなっていた。
「ちょっと、神様!どこ行ったのよっ!!早くここから出れる様にアドバイスして!!ねぇ、聞いてるの?!?!」
といきなり怒鳴り始めたアイリを見た夫妻達は「やはり頭が可笑しいんだ」「おお気味が悪い…」「こんなキチガイとずっと一緒にいたら、こっちが狂ってしまうわ!!」と怯え益々アイリから距離を取った。
しかしいくら叫ぼうが念じようが探しようが、アイリにとっての神様は一向に姿を現さなかった。
・・・実は悪魔は、今ちょっとした”仕込み”をしている最中である。
勿論、自分の楽しみの為に、だ。
というかアイリの愚痴や世話をずーーーっとするなんて、いくら悪魔でも限界がある。
「あぁ、イラつくっ!!もう知らない、あんな役に立たない神様なんてこっちから願い下げよ…!今回の転生、失敗したのはあのヘボ神のせいよ!!あぁ、さっさと転生し直さないと…今度はちゃんと偉い神様に会って転生してもらうのよ。というか、今回の弁償としていっぱい特典付けてもらわないと許せないわ…!!!でもまた生贄を探さないと…この世界には聖子みたいな都合良い奴いない…あっ!!あの生意気な田舎女が良いわ!!!あぁ、でもあんな田舎に行ってたらすごい時間かかるじゃない…今回はそこら辺のガキでいいか、」
アイリはガンッ!ガンッ!と小さい拳で分厚い窓を叩きながら、ブツブツと不気味に呟く。
そんな君の悪い姿を、声を見ない様に聞こえない様に、モリーはより一層深く毛布にくるまった。
◇
少し日が傾いた頃、突然ノックも無しに警備兵達が数人部屋に入ってきた。
「ちょっと!!貴方達っ淑女の部屋にノックも無しに押し入るなど何て野蛮な!!貴方達兵士は紳士の心得もないのですか!!責任者を呼びなさいっこの私にこの様な無礼、ただで済むと思わないことねっ!!」
モリーがベットから飛び起きて怒鳴り散らすが、兵士達は気にも留めずに行動する。
2人ずつ、モリーとアイリに付き後ろ手に手錠をして拘束した。
「ちょ、ちょっと何するのよ!!」「何の真似ですか!!こんな事っ私は公爵夫人ですよ?!今すぐ放しなさいっ!!」
2人の抵抗は何の効力も持たず、サッサと部屋から連れて行かれる。
すると向かいの部屋にいた当主夫妻も、ギャーギャー喚きながら部屋を出るところだった。
「お、お父様!!これは一体どういう事ですの?!」
「そんなこと私が聞きたいっ!!おい、いい加減説明しろこの汚らしい庶民共め!!」
「ちょっと!!アイリは巻き込まれただけよ!!コイツ等はともかくっアイリを放して!!」
流石は親子、吐く言葉の汚さも似ているらしい。
拘束している兵士や警備している者達は、より一層冷たい視線をステイン親子へ向けた。
「説明なら私がして差し上げますよ。だからその汚い口を閉じていただけますかね?」
低いバリトンボイスが響き、周りの兵達の背筋がピンッと伸びたのを感じた。
声の主は輝く金髪に透き通った…冷たい水色の瞳をしたマシュー・タンジ公爵その人だった。
「だ、旦那様!!!来てくれたのですねっ!!!」
「おぉ!!タンジ公爵っいや、マシュー君!!助かった!!待ちわびたよ!!」
「お父様!!来るのが遅いわよ!!まぁいいわっこの前の事は許してあげるから、さっさとこれどうにかして!!コイツ等全員処刑して!!」
思わぬ登場人物に、自分達を助けに来てくれたと信じて疑わない親子は色めきだった。
しかしどこか上機嫌に見えたマシューは、段々と無機質な…何の感情も無い表情となり言葉を紡ぐ。
「黙れこのクズ共が。その汚い口を閉じろと言ったのが聞こえなかったのか?」
あまりの冷たい圧に、騒いでいたステイン家の面々は静かになる。
「ふん、貴様達を助けるだと?なぜ犯罪者であり、家族でも友人でも知人でもない貴様等クズを助けなければならん?私が来たのはな…貴様等の絶望に染まった顔を拝むためだよ。」
そういうとマシューは1枚の紙を広げて見せた。
「ほら、これが何かわかるか?──ステイン伯爵、貴様の逮捕状及びステイン家の財産・領地・爵位の剥奪状だよ。
王都で尋問してくれている者が優秀でね…貴様と裏社会の者達の契約書の所在を提供してくれたのさ。
やはり、貴様は違法商売を認知して且つ金も貰っていたな。流石、金にがめつい伯爵様だ。さぞ懐が潤った事だろう…まぁその金も貴様のモノじゃなくなるんだがな。」
「な…何だと…???う、裏切ったのかっい、いや!違うっ何かの間違いだ!!わ、私は誰かに嵌められたんだ!!」
目が血走ったまま、身を乗り出し最後まで意地汚く認めないステイン伯爵の姿は、もはや貴族でも紳士でもない…ただのクズだった。
当主の逮捕だけでなく、ステイン家の全てが没収されるという信じたくない現状に、奥方とモリーは青ざめ座り込んだ。
だが、モリーはまだ奥方よりは希望があった。何故ならば、自分はステイン伯爵家から目の前の男…タンジ公爵家へと嫁いだ身だからだ。
いくら別居中とはいえ、未だに自分は”公爵夫人”である。実家の支援が無くなったのは確かに痛いが、まだ自分は貴族としてやっていけるだろうと考えていた。
「あぁ、私としてはコッチの方が見せつけたいんだ、ちゃ~んと見てくれ。」
無様に喚く男は無視して、公爵はにこやかにもう1枚の書面をモリーの顔ギリギリで開いた。
「やっと法務局も思い腰を上げてくれてね。…あぁそう言えば、今回の家宅捜索中に法務局に多額の賄賂を渡した証拠も出てきてね?いやぁ、なんて偶然なんだろうか。
そちらを見せたら、あの仕事の遅い法務局がすぐにこの”離縁状”を発行してくれたよ。
やれば出来ると分かったからね、今後法務局の方も改革していくつもりだよ。」
───そう、それは長年マシューが、タンジ公爵家が待ち望んでいた離縁状であった。
「あ、ああああぁぁぁっぁぁああああ!!!!!う、嘘っ嘘よおおおぉぉぉぉぉおお!!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!お父様は私のお父様でしょ?!?!も、勿論私は公爵家に行くのよね??お父様が引き取ってくださるのよね???」
縋るように言うアイリの姿が可笑しくてしょうがないマシューは、アイリに初めて笑顔を見せる。
「あっはっは!何を馬鹿なことを!!君の母親は不貞行為をしていたんだ。
なぜ私がお前の様などこの誰が父親か分からんガキの世話をしなければならん??
前にも言っただろう、私はお前の父親じゃないと。君は色だけでなく、頭の中身も悪いらしい。
あぁ!───私の、公爵家の跡取りはちゃんといるから安心したまえ。
自分のせいでと、公爵家の今後を憂う必要はないからね、無駄な杞憂をしないでいい様に伝えておこう。」
「え?あ、跡取り…??嘘、嘘嘘嘘嘘っ!!!どういう、どういうことです?!?!貴方の、妻は!!私しかいないでしょう!!!!」
頭を抱え、半狂乱になりながらマシューに訴えかけるモリーだが、その姿を見つめる目は冷たかった。
「もう妻ではないがね?──私には、数年前から何にも代えがたい愛しい女性がいてね?
前回法務局資料を提出した時から、遅かれ早かれ離縁は確実だったからね。公爵家の今後を憂う使用人や身内の為にも先に子作りに励んでいたんだよ。
私に似た、金髪に水色の瞳の可愛らしい男の子だよ。まぁ、妻に似たタレ目だがね?
しかし…愛する人との愛の結晶は、本当に素晴らしい存在だね。私はあの子を見ていると自然に笑顔になってしまって困るよ。使用人に随分と驚かれてね。」
マシューの言葉が、一言一言ナイフの様にモリーに刺さり息が出来なくなる。
「愛する…人?わ、私を、一度も…見なかったのに…子ども?金髪、水色…男児?」
「嘘、嘘よ!!!お、お父様の子どもは私だけ、私よ!!!だって、神様にお願いしたもの!!”公爵令嬢に転生”って!!だから私は絶対!!お父様の子どもなのよぉぉぉおおお!!」
正気ではない様子の二人を、これまでの苦労を思い返しながら…満足そうにマシューは見つめた。
「さぁ、立ち話はこれくらいでさっさと貴様等の新しい家に案内しよう。あぁ、心配しないでくれ、この別邸の地下牢になるだけだから、時間も距離もかからないさ。」
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「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
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