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第1章 -幼女期 天敵と王子に出会うまで-
34.閑話 Side天敵 マヨネーズ・・・その後
しおりを挟むカイトはこの公爵家に仕えてから、一番の笑顔を浮かべて執事長にこれまでのことを報告していた。
普段は好青年ながらも、同じ空気を吸いたくない程の存在が近くにいる為あまり笑顔を見せることのないカイトのこの表情はとても貴重なものだった。
恐らくこの表情を見たいと願っているであろう、アイリーンの姿はない。
・・・・・現在、アイリーンとヒューを始め伯爵家側の使用人が数名体調を崩して寝込んでいる。
普段迷惑になることしかしない元凶と、我が物顔で(別邸ではあるが)公爵家の敷地を跨ぐ伯爵家の手の者達が静かにベッドで寝込んでいる今の状況が、愉快でたまらない。
普段は無表情が多い執事長も、この時ばかりは顔を緩ませていた。
「まさか、アイツ等食中毒になるとはな。アイツ等だけがなったってことは、あのマヨネーズが原因なんだろう?」
執事長が実に愉快そうに尋ねた。
「えぇ、何せ火にかけてない卵をそのまま食べたようなもんです。・・・それに、あの時の食材は”お嬢様の戯言”だと思って、勿体ないからと廃棄寸前の食材を用意してたみたいですよ。それにしても、結構な人数が食べていたのに、”奴”とヒューと数人しか当たらなかったとは・・・アイツ等、本当にツイてますね!」
カイトは耐えきれない!といった様に吹き出しながら思い出した。
あの後、ヒューはすぐにトトマ商会の父親に相談し、大規模な工場建設に着手していた。
あの普段比較的冷静なヒューの興奮度合いに期待したのだろう、異例の仕事の速さだった。
そして体調の変化が出たのが1日後だ。
急に吐き気と下痢が止まらなくなり、酷いものは熱も出て結構な重症になっていた。
初めは1日経っていたので、他の料理が原因だと疑われたが、あのマヨネーズ以降アイリーン達にはここの料理人達が作った料理は出されておらず、伯爵家の使用人達が街で購入してきたデリや食材しか体調を崩した者達は口にしていない。
他にその食材を食べていた街の人たちはピンピンしているので、マヨネーズが原因だと確信された。
「医者が言うには、数日で全快するだろうとのことです。・・・いやぁ、このまま死んでくれたら!と使用人一同願ってましたが、そんなにうまいこと転びませんでしたね。契約書も交わしたことですし、今後も期待出来そうなので”奴”の戯言は阻止せずに泳がせておくことにします。」
「そうだな。・・・にしても、トトマ商会は工場建設に既に着手していたんだろう?・・・食品の安全性が証明できない今となっては、焦りすぎたと後悔しているでしょう。・・・あの没落した男爵家の跡地を購入した後に、ヒューから体調不良で待ったの連絡が来たんだろう?トトマ商会長の歯ぎしりと舌打ちが聞こえてくるようだ。」
「えぇ、しかも”皆示法”のお陰で、影が法務局に書類提出したあとレシピの販売が開始されてますからね。・・・今のところ、生の卵をそのまま使用するということであまり購入者はいないみたいですが。それでも新しい調味料ということで、購入を検討している者達がいますからね。・・・食の安全性や、商品化まで、トトマ商会を追い抜く者が出てくるかもしれませんね。」
二人は可笑しくて仕方ないのだろう、話している間も笑いが止まらなかった。
するとコンコンッ、とノック音とともにメイドが一人入ってきた。
「執事長、休憩中に失礼致します。・・・モリー様より、別邸の料理人の食事を再開せよと、”伯爵令嬢として”要望がございました。いかが致しましょう?」
「はぁ、随分とやせ我慢されたもんだ。・・・快適な生活より、”公爵夫人”のブランドがそんなに大事か、私には理解できませんな。さっさと”伯爵令嬢として”命令されればいいものを・・・。分かった、料理人達に伯爵家の方々の食事を再開するように伝えなさい。」
「かしこまりました。伝えておきます。」
そう返事をすると、メイドは静々と部屋を出ていった。
「・・・・それよりも、聞きましたか?トトマ商会の”例の商売”のこと。」
カイトは一変して、真剣な顔で執事長に尋ねた。
そのカイトの言葉に、執事長の顔も真剣な・・・眉間にしわを寄せどこか不機嫌そうな顔になった。
「・・・あぁ、あの辺境伯領で、西大陸の獣人奴隷が商売されていたと。・・・しかも”あの辺境伯領”の領民をこちらの商品として攫おうとしたらしいじゃないか。本気のバカがいたものだと思ったら、あのトトマ商会が関わっているかもしれないと情報が出てきたからな。・・・今はまだ確証がないらしく、裏で回っている情報だが・・・あのバジル家が間違えるわけがない。・・・あの怒れる獅子を敵に回したんだ、どっちにしろトトマ商会は終わりだろう。」
「俺も聞いたことがあります。辺境伯はバジル家が統治し始めると、害獣も海賊も盗賊の被害が激減したと・・・。それ等を全て排除しているのが、バジル家当主自ら率いるバジル軍であると・・・。”一度逆鱗に触れると、逃げることができないバジル家”・・・一番敵に回したくない貴族ですね。」
カイトはまるでどこぞの冒険書を読む少年の様に、興奮した様子で言葉を発していた。
「・・・・ここだけの話だが、そのトトマの話を聞くために旦那様とポートマン家の方々がバジル領に出張されるらしい。旦那様とショーン様はバジル家当主の学園の先輩らしく、それなりに親しい間柄だったみたいだ。あの頭脳の旦那様、交友のショーン様、武力のバジル家当主・・・この3人から逃げられるものなどいまい。さぁ、トトマ商会がどれだけ悪あがきするか楽しみにするとしよう。」
執事長はそう言うと、立ち上がり自分の仕事に戻っていく。
カイトは飲んでいたお茶を片づけると、慌ててその後ろ姿を追いかけていった。
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