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第1章 -幼女期 天敵と王子に出会うまで-
26.閑話 Side天敵 公爵の思惑
しおりを挟む公爵家当主であるマシューは、久々に王宮で会った旧友である”ショーン・ポートマン”公爵と、ポートマンの屋敷の一室で酒を交わしていた。
「しっかし、何年振りだ?最後にあったのは・・・あぁ、お前の奥方が産気づいた時だったか。あの時はお前も一人の父親になるんだと・・・期待してたんだがな。悪い、嫌なこと思い出させた。」
「・・・・構わん。お前にはジュリアが死んでから、本当に心配をかけたからな。むしろ今まで俺を支えてくれていたことに、感謝したい。・・・ポートマン家がタンジ家を狙っていたネズミ共を駆除してくれていたことは知っている・・・遅れてしまったが、ありがとう。この借りはいつか必ず返す。」
マシューは珍しく、顔を緩ませながらショーンのグラスに酒を注ぐ。
その優し気な雰囲気に、ショーンは驚きながら声をかける。
「・・・おいおいおい、どうしたんだ?この間の手紙では法務局への怒りがあふれんばかりで・・・正直今日もお前のガス抜きに誘ったようなもんだ。・・・その様子じゃいらない気遣いだったみたいだが。何があった?離縁が成立したとは聞いてないし・・・もしかして我慢できずにアイツ等殺っちゃった??」
「・・・ふん、そんなに俺が上機嫌なのが珍しいか?・・・離縁はできてない。今は別邸に押し込めて、自主的に伯爵家へ帰るように誘導しているがなかなかしぶとくてな。マーリン学長も戻らないし・・・今は”夫婦関係の破綻期間”を長く続けることしかできておらん。まったく、どれだけあの伯爵は金を積んだのか・・・法務局まで出てきおって面倒くさい。今アイツ等を殺しても、疑惑の目はぬぐい切れまいて。」
マシューはさっきまでの穏やかな顔をどこかに捨て、いつもの殺伐とした雰囲気に戻っていった。
「だよなぁ・・・。じゃあ、何がそんなにお前を穏やかにさせたんだよ。・・・もしかして、女か?」
ショーンは興味津々に、マシューに詰め寄る。
「・・・・貴様には関係ない・・・いや、心配かけていたお前には関係あるか。・・・そうだ。ようやく俺にも愛しい存在が現れてくれた。今でもジュリアを想う気持ちがあることも受け入れてくれた・・・女神の様な女性が。」
マシューの幸せそうな顔をみて、揶揄う気満々だったショーンは涙が出そうになった。
「・・・・お前のその幸せそうな顔、久しぶりにみれたな。・・・よかった、本当によかった。俺は嬉しいよ。色々とあって、もうお前は女性に心を許すことが出来ないんじゃないかって心配してた。・・・本当に嬉しいし、安心した。誰かは知らんが、その女性と既成事実でも作ってさっさとアイツ等追い出せよ。・・・それともその女性はお前と結ばれるのに”相応しい”相手じゃないのか?あ、最近良い仲になったとか?」
仕事が早く、そして抜かりのないマシューが未だその女性と一緒になっていないことに疑問を持ったのだろう、こみ上げた涙を誤魔化すように早口で理由を問い、グラスを傾けた。
「・・・いや、知り合ったのは5年程前からで、良い仲になったのは3年程前からだ。・・・だが、相手は伯爵家よりも格下の家柄だ。それに、彼女との子が原因で離縁になったらヤツ等に手切れ金を支払わなければいけなくなる。そんなものくれてやる筋合いもないし、伯爵家が彼女に対して何をするか分からん。・・・もう二度と愛する人を傷つけたり、失ったりしたくない。彼女も俺の意見を尊重して一緒になることを待ってくれている。・・・彼女の為にも、盤石の体制で婚姻したいんだ。」
「・・・なるほどな。悪かった。よく考えず、お前が色々と考えてるのに軽く話しちまって。・・・お前が真に愛する者と結ばれる様に、俺も力を貸すぜ。」
マシューの話を聞いたショーンは、力強く伝えた。
するとマシューは思案するそぶりをみせ、ショーンに相談した。
「・・・実は頼みたいことがある。お前のところに”アイツ”と同い年の息子がいただろう?たしかグレンといったか。その子に”アイツ”の監視役として、接触してもらいたい。」
思わぬ願いに面食らったショーンが尋ねる。
「監視役?確か優秀な執事見習いがその任を受け持ってるんじゃなかったか?・・・とうとう我慢の限界がきて辞めちまったのか?」
「いや、カイトは優秀で今でもよく働いてくれてる。・・・最近伯爵家の息のかかった教育係が付いてな。気づかれていないと思っているようだが、トトマ商会の息子らしい。今のところ公爵家をどうこうする予定はないみたいだが・・・”アイツ”を通して何か得られる情報があるかもしれんだろ?念には念を入れておきたいんだ。・・・まぁ誰もアイツの傍にいたくないと思うがな。同じ子ども同士だと、油断するかもと思ってな。いや、無理なら良いんだ。俺も無理なことを行ってる自覚があるからな。」
なるほど、仕事と思考が早いこのタンジ公爵家当主は、今のうちから”情報源(スパイ)”を紛れ込ませたいらしい。確かに、子どもであればその教育係の目も緩むだろうし・・・。
ショーンは自分の息子を想いながら考える。
自分に似た濃い銀髪青目の、年の割にはふくふくとした心優しいグレンは、あのわがまま放題と聞く毒女に耐えられるだろうか。
心配する気持ちが強いが、体格の良さに似合わず気弱で泣き虫な息子を、どうにかしないといけないと思っていたのも事実だ。
・・・可愛い子には旅をさせよと云うし、次期公爵家当主として成長してくれることを期待するのもいいだろう。
それに・・・今の内から”毒女”に触れさせて、将来女に惑わされないように教育できるかもしれん。
そこまで考えたショーンは、マシューに是と答えた。
その答えに感謝の言葉をショーンに返し、またグラスに酒を注ぐ。
今後の話を進めるうちに、その夜は更けていった。
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