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第1章 -幼女期 天敵と王子に出会うまで-
25.閑話 Side天敵 トトマ商会
しおりを挟む虐待されている公爵令嬢を、颯爽と現れた王子様が助けに来てくれるとどこのシンデレラストーリーだという妄想をしていたアイリーンだったが、一向に王子様が現れる気配がないので大人しく待つのを早々に辞めていた。
カイトを探し回る日々を送っていたアイリーンだったが、しばらくすると部屋で勉強をさせられている様子が増えた。
アイリーンは不服そうだが、しぶしぶ・・・胡散臭い笑顔をした青年に諭されてながら勉強していた。
そんな光景が見られる少し前、何とか”伯爵令嬢”の権限で実家からの従者を数人手元に置くことができたモリーが実父からの手紙を読んでいた。
読み終わった後眉間に深い皺をよせ、手紙を持ってきた・・・胡散臭い笑顔を浮かべた青年に、書かれていたことについて質問をする。
「そなた、この文に書かれていることはお父様の・・・我が伯爵家の総意なのだな?よもや、貴様の戯言を書いてよこしたのではあるまいな?」
「はははっ、信用なりませんね。無理もないことですが・・・我がトトマ商会は、これまで伯爵家様方と関わり合いもありませんでしたし。・・・ですが、今回のことは我らも寝耳に水でして。伯爵様が何を思って私めを使用人として紛れ込ませたかは分かりませんが・・・恐らく、我らの”商売”の商品に、お孫様を加える気なのかもしれませんな。」
青年・・・名をヒューと言うトトマ商会の息子が、元々細いであろう目をさらに細め、モリーに答えた。
トトマ商会は表では中々名の通った、主に食材を大量に小売りに降ろしている庶民の生活に密接している商会だ。しかしその裏で、主に西大陸と”奴隷”を商売する何ともおぞましい商会だ。
モレッツ商会とひと悶着あったゴズリン商会は、薄暗い商売ばかりして名が売れ焦って自滅したが、トトマ商会の隠ぺい工作はとても慎重で並大抵の調査では分からない。
まず、一般の商人・・・貴族ですら交流のない西大陸の者達と商売していること、そして西大陸から仕入れた体力のある獣人奴隷たちを使い、法外な労働環境で大量の農作物を耕しそれを真っ当な商売として成功させている。
そんな奴隷購入の際、トトマ商会側の商品となっているのが”鮮やかな色彩の孤児”達だ。
西大陸の民族は、黒髪黒目が主流で(他は茶髪などもいるが)東大陸の、赤や灰色など西大陸に馴染みのない奴隷がとても人気があるのだ。
このハーブリバ王国では”奴隷”を禁止しており、警備の目は厳しい。
しかし、売るのはそもそも孤児だし、買うのは海の向こうの奴隷達だ。探すものもいない存在がバレることはない。
恐らく、父はこのトトマ商会の裏商売に目を付けたのだろう。
離縁がなくなっても、アイリーンの存在は邪魔になる。ただ捨てるのではなく、西大陸にバレずに高値で売ろうという魂胆なのだろう。
「・・・ふん、そういうことか。確かに近年の”邪神の冬眠(デモニオソンノ)”は短いからな。そちらの商売が停滞するのは無理もない。・・・あの忌々しい子にそれなりの教養を付けて、何も知らぬ西大陸の蛮族共に”高貴な貴族の子”として高値で売る魂胆か。・・・・ふんっお父様のご意志ならば私は何も言うまいて。せいぜい、すぐに見破られぬよう調教するがよいわ。早う出ていけ。貴族でもない、薄汚い商売人が・・・・公爵家の私の立場が揺らぐようなこと、許さんからな。肝に銘じておけ。」
モリーはそう言うと顔を隠していた扇を閉じ、ヒューに向かって出ていくようにジェスチャーする。
その様子にヒューはピクリと眉を動かし、笑顔で頭を下げながら出ていった。
ヒューは周りに人がいないことを確認して、壁をドンッと殴った。
(薄汚い商売人だと・・・?!得体の知れないバケモノ産んどいてよくもそんな口きけるな!!あぁ、公爵に捨てられたらあのオバサンも西大陸の蛮族共に売りさばいてやる!!!)
ヒューは殴った手の爪を噛みながら、どす黒い決意をした。
しばらく時間がかかったが、ヒューはまた胡散臭い笑顔を貼り付け、アイリーンの部屋へ向った。
・・・・その様子を、カイトと執事長は陰に隠れて監視していた。
「・・・・とりあえず、公爵家をどうこうする気は今のところないみたいですね。」
カイトは先程モリーの部屋で盗聴した内容と、モリーに対して怒りを露わにしていたヒューを思い出しながら執事長に言った。
「そうですね。今のところは。しかし、”奴”に教育係を伯爵家が付けるなど・・・。何を考えているのかと思えば。まぁ、貴族令嬢として相応しい教育を受けさせないなど、虐待だと言われてしまえばこちらも断れませんからね。幸い彼らの狙いは”奴”みたいですし、処理係が付いたと思えばこちらも歓迎できます。・・・今後も公爵家に害がないか、監視しつつ泳がせましょう。」
「はい!かしこまりました。・・・しかし、奴隷などあまりいい気のする話ではありませんでしたね。」
「・・・・そうですね。カイトお前はまだ若く、同情したり心が動いてしまうかもしれない。だがね、公爵家の使用人として、自分の心を優先して動いてはいけない。第一に”公爵家にとっての最善”を胸に、行動することを忘れるな。」
「・・・・はい。勿論です。俺は、まだまだ半人前ですが、公爵家の使用人です。折角雇ってくれた公爵家を裏切る行為はしません。・・・大丈夫です。正直同情はしますが、俺が何か動いたところでどうにもならないこと、分かってますから。」
カイトの返事に、執事長は心底安堵したのだろう。
カイトの頭を撫でながら、通常の業務に2人で戻っていった。
Side ヒュー
ヒューはここまでの自分の頑張りを、胡散臭い笑顔を浮かべながら思い返した。
父からここの幼女の貴族令嬢としての調教を命じられた時は、あの公爵家の令嬢なんかに手を出してどうするんだと思ったが・・・まさか天下の公爵家がこんなお家騒動真っ只中だったとは。
対外的には、公爵家に生まれた令嬢は病弱で、別邸で母親とともに療養中と伯爵家が触れ回っている。
深窓の令嬢だと噂されていたのに・・・・あんなバカ女だったとは笑える。
初めてアイリーンに会った時は、有り得ない色彩に固まってしまったが(なるほど、これ程珍しい色彩なら西大陸への商品にピッタリだな)と父の思惑を瞬時に理解できた。
幸い容姿も悪くない。これにちゃんとした教育を受けさせれば、完璧なお貴族の令嬢として高値商品に変貌できる。
毎回商品を連れてくる際、西大陸の蛮族共からやれ”特殊能力を持つ者はいないのか”だの”貴族階級の小綺麗な奴隷は”だの文句を言われていた。
暗い色彩しか持たぬ西大陸の蛮族共には、この奇妙な色でも誤魔化せるだろう。
ヒューはほくそ笑みながら、将来の大事な商品に接していた。
・・・・しかし、コイツは中々のわがままなモンスターで、大人しく言うことを聞かず、「ヒューも中々の容姿だけどごめんなさい。カイトの方がタイプだわ!私を好きなのは嬉しいけど、貴方ばかり構ってたらカイトが嫉妬しちゃうの!ごめんなさい!」だの戯言を行って外に出るし、ろくに勉強をしない。
これじゃあ一向に調教が進まん・・・と思っていた時に閃いた。
コイツは男で釣れば言うことを聞くに違いない。
「アイリお嬢様、実はアイリお嬢様と同い年の王子がいらっしゃるのです。将来、恐らくアイリお嬢様は王子の婚約者となられます。その時には王妃教育も受けなくてはなりません。その為に、今のうちに一般教養を身に着けていないと、王妃教育が遅れてしまいます。・・・これは、王子様と婚姻されるアイリお嬢様の為なのです。どうか、今のうちに勉強を頑張りましょう。」
この”王子様の婚姻”話は効果絶大だった。
「やっぱり!!同い年の王子様なんて、私の相手にピッタリじゃない!!絶対アイリの運命の人はその王子様よ!!!」
など世迷言を言いながらいやいやではあるが、勉強するようになった。
これで商品の調教が進められる。
確かにモリーはイラつくが、公爵家の雰囲気的に嫌でもあの女は救われないだろう。
その時に父に進言して、アイリーンとともにアイツも売り物にすればいい。
しかし、コイツは本当に王子様と婚姻できると本気で思っているのだろうか。
本気だとしたら、どれだけおめでたい頭なんだか。
このハーブリバ王国の王族達は、仲が良いことで有名だ。
王と正妃の間に生まれたアイリーンと同い年のクリス王子、そしてその2歳年上で側室との間に生まれたルーカス王子。
正妃と側室という一般的には相容れない関係も、この国の方々はそんなこと知ったことかというように仲が良い。
まぁ側室様は滅多に人前に現れないが、付け込もうとしていた貴族らが落胆していたのをみて、噂通りの仲睦まじい関係なのだとわかる。
お母様方に似て、クリス王子とルーカス王子の仲も良好だ。
クリス王子はルーカス王子に憧れているらしく、よく後について回っていると噂で聞く。
そんな弟が可愛いのだろう、ルーカス王子はクリス王子を溺愛しているのだそうだ。
・・・そのルーカス王子が奇天烈な性格で、よく言えばクールで大人っぽい、悪く言えば平気で言葉で殺してくる、冷徹なお人なのだそうだ。
アイリーンの様な自己中心的でわがまま放題な奴がクリス王子の婚約者にでもなってみろ、あの冷徹なルーカス王子が黙っていない。
”穏健派”である今の王族のせいで、うちの商会はコソコソと商売をしなきゃいけないから俺もあまり好きじゃない。
だが、アイリーンのような公爵令嬢が次期王太子と同じ年に生まれてしまったという点では同情する。
近年戦後の立て直しの為、王族は他国との政略結婚が続いた。
その為王国内の貴族達のまとまりが薄れており、次期王は国内貴族の令嬢と婚姻することが濃厚だ。
そんな中、上位貴族の公爵家に令嬢が生まれたともなれば、いくら有り得ない色彩を持ち軟禁状態で病弱扱いされていても、無視できる存在ではない。
俺は商売敵のような王家に対し、初めて同情したのだった。
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