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第十話 誰かこの暴君を殴ってくれ!
21【完】
しおりを挟む初めて、というのは、あの夜のことだ。
三初のちょっかいで残業する羽目になった俺は、なぜか居座る元凶と、半強制的に関係を持った。
(いやでもあれは夜で二人っきりだっただろうがッ、今は朝な上に人の目数知らずだろ三初ェ……ッ!)
「十月末まで五つ年上だぜオラ、一年分の敬いを足せよチクショウ……ッ」
不意打ちに弱すぎる自分に多少決まり悪くなり、声を潜めて睨みつける。
過激な照れ隠しとTPOを弁えろという気持ちを込めて軽く殴り掛かると、パシッ、と手首を掴まれた。
鼻先が当たってしまいそうな距離感で見つめられ、ドキ、と胸が高鳴る。
不本意だ。
「……ンだよ、離せ。気まぐれ自由人め」
そろそろ立ち上がらないと、怪しまれそうだと言うのに、そうできないのも、不本意だ。
すると三初は喉を鳴らし、俺の手を離した。
「くっくっく。先輩、顔面を一発、殴らせてあげてもいいですよ」
「っ……!?」
「その代わり、あの合鍵……ちゃんと使ってくださいね」
ほら、と目を閉じる三初が笑みを浮かべたまま、俺の目の前で無防備に佇む。
付き合ったあの日以来の、念願の報復の可能性を与えられた俺は、うぐ、と口ごもった。
視線をうろつかせ、頭をガシガシと掻きむしる。
(どういう風の吹き回しっつか、そんな交換条件で許可するとか……っ)
「ケッ。……歯ァ食いしばれ」
「はいはい」
電話の音や話し声でザワザワとざわめくオフィスの足元で、覚悟を決めた。
拳を振りかぶり、そのまま三初の頬──に手をよせ、逆の頬へチュ、とキスをする。
「っ、なに、っ」
「うし、仕事すんぞ。働けコノヤロウッ」
「は? ちょっと」
目を丸くして理解が及ばない様子の三初が問い詰める前に、俺はさっさと声を上げて立ち上がった。
なぜなら、仕掛けた側なのに、今すぐデスク下へ引きこもりたいくらいに顔が熱いからだ。
いや、まぁ、うん。
押しも押されぬ暴君男を殴れるというのは、かなり魅力的な案件だぜ?
でもなんだ、うん。
ただ、今はそんなに気分じゃなかっただけだ。
別に、〝なんだその条件。テメェ、最初は同居してても単独行動のおひとり様だったくせに、結構二人暮らしを気に入ってンじゃねぇか。ノーダメージの涼しい顔しやがって、話が違ぇぞ。天邪鬼クソ野郎〟なんて。
(全ッ然、思ってねェわッ!)
ドンッ! と乱暴にデスクチェアーに座りながら、ディスプレイを睨みつける。
その俺の隣のデスクに着いた三初が、それはもういい笑顔で俺の顎を強引に掴んだ。
「いッ!?」
「ほんっと、かわいくないですよね。先輩は」
俺の恋人は、自己中心的で気ままなハイスペック後輩──三初 要。
こういうことを、薄ら笑いを浮かべながらするような男である。
──しかしまさかの、どんでん返し。
その日の終礼にて、驚きの発表がなされたのだ。
あの一週間で企画課メンツのだいたいの相性や素質を掴んだ三初が、コンビを再編成し、上司にゴリ押し。
どうも上司から問題解決を任せられても文句を言わずに対応していたのは、後で絶対この構成を変えてやろう、と決めていたかららしい。
総括という立場にすることで合法的に三初をこき使っていた上司は、提案を無碍にもできず。
結局は今受け持っている企画が発案者の担当である場合を除いて、七月中を目途にコンビは再編成。
俺の相方は元通り、呼び名に違わない〝暴君〟となったのであった。
もちろん、俺の覚悟を返せッ! と殴り掛かったとも。
丸く収まって終わったと思ったじゃねぇかッ! と吠えたとも。
嫌じゃねぇけど。
別に嫌じゃねぇけど!
「それとこれとは別だろうがぁぁぁぁッ!」
「あっはっはっは! まー今後ともよろしくお願いしますよ、先輩?」
「ぅひぃっ、~~~~耳を吹くな極悪サディストッ!」
やっぱり──誰かこの暴君を殴ってくれ!
完
(→あとがき)
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