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第十話 誰かこの暴君を殴ってくれ!
06
しおりを挟む俺はどうにか三初を酔わせてバグらせ、ここぞとばかりに天邪鬼スイッチをオフにしたいという計画を目論んだ。
三初が洗い物を終えてシンクを洗っているのを横目に、スッとケツポケットから小瓶を取り出す。
これは、暴君印のナイスなプレゼント。
安全性保証付きの、貰いたてほやほやな媚薬であった。
クックック、渡した自分を恨むんだな。
普段俺に媚薬入りローションやら興奮剤やらを使って更にショッキングな道具でコラボさせているのだから、仕返しされても文句は言えまい。
酒の力で気が大きくなり、なんだったらバレても締め落とすくらいの気概を見せる俺は、無敵だった。
やり口は完全にチンピラのそれである。
酔わせてヤるという目的も、完全にそれである。
そーっとサングリアが入った三初のグラスを手に取り、数滴が目安だという小瓶をとにかくシェイクして三分の一ほど投入した。
だいたい、十倍ほど。
いや、だって三初だぜ?
象も殺すなんていう毒を盛られても「ちょっとだるいですかね」とか言って薄ら笑いを浮かべていそうな、あの三初だぜ?
「は。股間爆発させる気じゃねぇとな」
キュッと小瓶の蓋を閉めて、元通りポケットの奥へ封印する。
素知らぬ顔でグラスも三初の席へ戻すと、俺はミッションコンプリートの清々しい気分で自分のグラスに注いだ清酒を煽った。
勝利の美酒に酔いしれるにはまだ早い。
が。もう貰ったも同然の勝負だ。
シンクを磨き終えた三初が酒盛りを再開するために席に戻ってきたのをじっと見つめながら、おかわりを注ぐ。
テーブルに行儀悪く肘をついた三初はグラスを手に取ったが、それに口をつける前に俺を見つめ返して目を細めた。
「なぁにメンチ切ってんですか」
「切ってねぇ。黙って飲んでろ」
「生意気な口のきき方だなぁ……普通に酔ったら強情度が倍増するんですよね」
「うるせぇ。噛むぞ」
低い声でしょっぱく突き放す。けれど三初がダメージを負った様子はない。
俺が飛び切り冷たくしたって、三初はむしろ嬉々としてそれを崩す遊びを始めるだけだと知っている。
(チッ。興味が酒から俺になっちまう。これだからいじめっ子は面倒だぜ。顔面を掴んで飲ませちまいてェ……)
過激思考になっている俺は、三初から逸らした視線をなかなか飲まれることのないサングリアのグラスへ移した。
無味無臭で無色透明のいかがわしい薬は、酒の色を変えずにそこにあるままだ。
薬が入っていなければ俺が飲み干したいが、俺の酒のキャパシティはもうこの最後の一杯でおそらく限界を迎えるだろう。経験上。
そんなのはダメだ。全然ダメだ。
グラグラと揺れる頭が眠気を訴える。
眠気を首を振って振り払い、俺は自分が抱えているもう残り少ない一升瓶を、こちらを出方を伺う三初にチラリと見せつけてみた。
「これ、飲んだら俺は、たぶんまずい。もう限界な感じだ」
「でしょうね。いつもこの後黙って揺れ始めて、口を開くとバグってますから」
「ほざけ、クソが。……だから、お前にこれをやる。この最後の一杯をやるから、グラス貸せ」
「あらら。珍しいじゃないですか」
不本意ながらグラスを空けさせるために自分の酒を差しだすことにした俺の言葉に、三初は愉快気に口角を上げる。
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