誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

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第九話 先輩後輩ごった煮戦線

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 教えてもいない誕生日を覚えられていて祝われた感動が、持続しない俺たちだ。

 知ってもらえていたのは嬉しいが。
 この四年間のどこで仕入れた情報かは、定かではない。

 一応俺は出山車との会話に出てきた日付を、少し前に唸りながら思い出したので、こいつの誕生日を知っている。

「まぁ唇はくれてやるけどよ、俺の部屋の合鍵は十月三十一日までお預けだかんな」
「ん? なんで知って、あ、あー……」

 悪戯心が刺激され、ちょっとした逆襲を込めて、ニヤリと笑いかけた。

 サソリ座。似合いすぎか。
 俺はカニ座なので、節足コンビだ。

 俺の言葉を聞いた三初は意味のない声を出して、少し間を持つ。

 ややあって、いつもの人を食ったような態度を滲ませた読めない瞳で、余裕綽々と笑った。

「とりあえず、今日に生まれ直したいですね」
「アホか。別にいいだろ? 来月になっても、週末とか普通に俺がこっちくるしよ」
「ふっ、そうね。じゃあ職場では俺が虐めに行きますよ。今回コンビ変えて、愉快なストレス発散相手がすぐ隣にいたありがたみがわかったんで、ね」
「そこは仕事仲間とか恋人とかそのへんのベクトルでありがたがれストレス発生源がッ!」

 もう反射の勢いで赴くままに唸る俺と、それをせせら笑ってこき下ろす三初は、軽いテンポでやり取りを交わす。

 職場の先輩後輩でしかなかった頃は、まさかこんな関係になるとは、考えもしなかった。

 ──思えば、あれからずいぶん、俺たちの距離は縮まったようだ。

 ちょうど八月の下旬ぐらいだったような気がする。ということは、そろそろ一年が経つのか。

 二人一組のコンビになってから、少しずつ構い倒してくるようになった後輩。

 仕事での時間の大半を共に過ごしたが、職場の後輩の域を出たことがなかった。

 突然「なんか勃ったんで、ヤらせてください」なんて最低な理由でうやむやと抱かれた時は、盛大な怒りと後悔を胸に抱いたものだ。

 しかし三初の構い方が変わって、素肌を触れ合わせる無防備な関係になって。

 めちゃくちゃな調教やプレイを施す割に、丁寧な抱き方をするな、と思った。

 料理がうまいと知った。
 食べ方が綺麗だと思った。

 二人で出かけて、映画の趣味が合うとわかって、くだらないやり取りをしながら話をするのが楽しいと笑った。

 それから俺をよく見ている。
 変化に聡いこと、意外と世話焼きなこと。

 俺の短所を短所と認めた上で、俺にとってはどうでもいいですね、とアッサリ流す。

 自己中心的な暴君だから、人の都合を自分本意で無視する男だ。

 俺がキレても、殴っても、泣いても、空回っても、間違っても、弱っても、どうしても離れていかない。

 だから意地っ張りで負けず嫌いの俺も、からかわれても、振り回されても、捕まえられても、隠されても、どうしても抗ってやる。

 そんな三初は、最近ようやく、弱みを見せるようになった。

 気がつけば、それほど共にいたのだ。
 ドツボにハマっている。

 頭まで沈んだ後になって波が引くように離されると、物足りない。

 職場でも私生活でも共にいて、それをうまく噛み合わせたところ、両方で離れることになった今は、本当は寂しい気分だ。

 だけど家族を含めた誰しもを自分のボーダーラインから追い出していた三初が、いつでも来ていいと言って、鍵を渡した。

 それだけで、うまく言えねぇけど、離れていても離れていないってか、なんつーか。

 もし後々すれ違って長い間会えなかったとしても、その時考えればいいか、って、軽く考えられんだ。

「んー……先輩」
「ンだよ」
「今日ずっと目がデレ過ぎだから、ちょっと気ぃ引き締めてください。目つぶししたくなる」
「あ!?」

 だから──縮まった距離がまた遠くなっても、会いに行く楽しみがあれば、悪くない。

 新たな日常をきちんと受け入れられると確信した、初めてのバースデーだった。


 第九話 了



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