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第九話 先輩後輩ごった煮戦線
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しおりを挟む毎日同じ家にいることを日常と呼び始めて二ヶ月程度なのに、慣れというものは本当に酷い。
人間の適応性に悪態を吐きたいくらいだ。
諸々の思考回路を口には出さないが、割とどっぷり手遅れな気がする。
くっそ、悔しい。
自然体で居心地よすぎる。悔しい。
「お前、昨日いつ帰ってきたんだよ」
「夜中の十二時すぎくらい? いやあ、まさか一週間ぶりに会う恋人がソファーから上半身を落としたスタイルで寝落ちしてるとは思いませんでしたけどね」
「ほっとけ」
「写真撮りました」
「消しとけ!」
ガツガツと食事をしながら眉間にシワを寄せる俺を見ながら、しれっと悪の所業を悪びれずに言う三初が恨めしい。
流石にもうこんな奴のどこが好きなんだ、とは言わない。
こんな奴をどうして好きになったんだ、と言いたくなるくらいだ。
「言っとくけどなァ、俺はお前にイイ報告があって、それをなるたけ早く伝えてやろう、って善意の待ちぼうけだったんだぜ。好きで寝落ちたわけじゃねぇよ」
「お。奇遇ですね。俺もイイ土産話がありますよ」
「はっ? マジか。どんなタイミングしてんだ」
待ちきれなくて起きて待っていたと思われると癪なので誤魔化すと、同じ反応が返ってきて、手の動きをピタリと止めた。
じっと目を合わせて、ニヤと笑う。
三初の口元はニンマリと弧を描く。
「テメェが教育するより自分がやったほうが早いっていう合理的怠惰で受け持ってたヒヨコの仕事、休日強制勉強会させて自力で片付けさせたぜ」
「先輩が誘拐犯疑惑かけられた原因の親子、土曜に来店して勘違いして申し訳ないって謝りに来ましたよ。ショウって子が『冒険のおとも美味しかった、ありがとう!』ってさ」
「って、嘘だろ!?」
「って、嘘でしょ?」
お互いのイイ報告をしたはいいものの聞いた話に相当驚いて、俺はついポカンと口を開けて声を上げてしまった。
向かいの三初もなかなか驚いたようだ。
僅かに目を丸くしただけなのが三初らしいが、それほど、俺がそこまで動いたのは予想外だったのだろう。
いやいや、言っとくけど俺もかなりビビってる。
あれきりで終わりだと思ってたのに、まさか誤解が解けるなんて考えてもなかった。
「ど、どういう、なんで、つか全然意味わかんねぇ……ッ!」
「や、なんか話を聞くと、帰った後ショウが母親に説明したらしいですよ。んで誤解ってわかって、お礼もせずに失礼なこと言って帰ったことを謝りたいって訪ねてきたんです。ごめんなさいと、ありがとう。まあ先輩いなかったんで、俺が代わりに伝言板」
「はー……。……うわぁ、なんか、えぇ、別に、あぁ~」
食事中なのも忘れて早口に問い詰めて聞いた事情。
それを受け、俺は頭を抱えて特に意味もなく呻き、赤くなった頬を両腕で隠す。
(マジか、いやマジか。完全に終わったと思ってて、タイミング悪かっただけだから悪感情はなかったし、俺は別にもうどうこう思ってねぇ……けど、うわ……ごめんとありがとう、うわぁ……!)
ヤバイ。……嬉しい。
三初が俯いたまま腕で顔をガードする俺の腕を手持無沙汰につついているのも許せるくらい、嬉しい。
よかれと思ってしたことが裏目に出るのは慣れている。
だけどこうして空回ったものに気づいてもらえて、逆転勝利なんてことは、あまりない。
ないから、特に今は気にしてなかったことでも、やってよかったと思えた。
後でこうなるのもだいぶ照れくさいからもう嫌だけどな。それでもいい気分だった。
例え三初が俺の腕の隙間に指を突っ込んで、つむじをグリグリ弄んでいても、だ。
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