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第八話 シスターワンコとなりゆきブラザーズ
26(side三初)
しおりを挟む少し考えてから、俺はそっと先輩を抱きしめてみた。
抱き心地は良好。
モフッとした毛皮があたたかい。
先輩は大人しくされるがままで、つい腕の力を強めてしまう。
『あー……ま、モフモフ効果かな……けっこう癒される』
「ウ」
『うん。……ありがたいですよ。先輩は、イイコだね』
頬を頭に擦り寄せて褒めると、先輩のたくましい尾がパタパタと揺れた。
表情は真顔なのに、わかりやすい。
先輩を抱きしめていると、さっきまで荒んでいた心が柔らかく整えられていく気がした。
ほんと、凄い。
察しは悪いし言葉はダメダメな先輩は、放っておかない。うまくできなくてもどうにかしようとする。
俺は一言も、しんどいだなんて言っていないのだ。涙も見せたことがない。
どうして的確に俺のほんの少しの気持ちの変化を受け止めてしまうのだろう。
素顔が醜いと気が付いた時には、俺はもう薄ら笑いの仮面を身につけ、こういう男になっていた。
なのに先輩は、俺のエゴイストな部分を受け止めるようにできているから、俺が俺であることを嫌悪しない。
だからあんたはいるだけで、俺を俺らしくさせてくれる。
それだけでもう十分なのに、こびりついたものを弾き飛ばすほどの勢いで正面から向かってくるから──……際限なく、溺れてしまう。
「クゥン」
『くく。先輩……好きですよ』
「ウォンッ」
ビクッ、と体が跳ねるほど驚いて耳と尾をピンと立てる先輩を、強く抱きしめながら、この人が好きだな、と強く思った。
それをそのまま口にする。
夢の中なら比較的、素直に言えた。
誰も聞いていないから、別に恥ずかしくはない。俺らしくないこともどうでもいい。
イタズラっけが出た。
せっかくだから、自分のことを殺したくなるほど、甘ったるいことを言ってやろうか。
バカすぎるくらいあんたに惚れてるってこと、伝えたってまあ、構わないでしょ。
俺の弱みは、先輩。
筋金入りで真逆のことしか言えない天邪鬼な俺の言葉の、本当のところ。
俺ね、そう見えなくても、めちゃくちゃこの人が大事なんですよね。
否定して、嘲って、からかって。
それは全部〝でも俺はあんたが好きだけどね〟って、続くものだから、本当はちっとも悪く思わない。
初対面でも乱暴で口が悪くてデリカシーがないところを一般的に悪いととっても、その悪いところごとあんたでしょ。
それじゃ、俺はそれで構わない。
あんたはあんたで、俺にとっては十分、……かわいいんですよ。
『だからあんたは、俺の。俺は先輩の体温が……いちばん、好きです』
触れ合わないとわからないのが体温だから、俺はできるだけ長く、一番好きなものをずっと感じていたい。
そしてそれを、俺のものにする。
俺のものである先輩の温度が、今の体調不良程度で壊れられる弱い俺を作ったのだ。
こんなこと、現実ではいつ言ってやれるか、わかんないからなぁ。
今はたぶん、夢限定の素直な俺かね。
「アゥ、ウォウ、ウゥゥ」
『ん? あぁ、ちゃんとリアルでも言ってほしいんですか。御割犬先輩』
「ウォンッ」
『はいはい。わかりましたよ。死ぬ間際くらいにね』
「! ァ、アゥゥ……ッ」
ここだけと胸の中で決めていると、先輩が現実でももっとデレろと文句を言い始める。
なんでか、犬語の意味はわかるようになったらしい。
けれど遠回しにムリと伝えれば、ガーン、と衝撃を受けたような声を上げて、ギャンギャンと怒り始めた。
リアルでは勘弁してほしいのが本音だ。
リアル先輩が俺にちょこちょこ言わせようと画策してるのはわかるのだが、なかなか難しい。
不安にさせること、まぁ、悪いとは思う。
本人がちっとも気にしていなくてこういう俺を認めてくれていても、不安や苛立ちはあると理解している。
しかしこの世の中には、どうあがいても素直になれない人種もいるのだ。
どうしても憎まれ口ばかり叩く。
思っていることと逆のことを言う。
素直になりたくても、二十五年のこびりついた性根をまっさらにすることなんて、誰でも困難の極みだろう。
(だけどそのぶん、ちゃんとそばにはいますから。ね)
笑ってなにがなんでもそばにいることが、最大限の愛情表現なんですよ。……とかね。
胸中でそっと呟き、俺はプンスカと怒るモフモフな先輩を機嫌よく抱きしめながら、くつくつと笑って、夢を堪能した。
風邪を引くのも、たまには悪くないな。
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