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第八話 シスターワンコとなりゆきブラザーズ
25(side三初)
しおりを挟む生まれや育ち、環境、過ぎたことは本当に気にしていない。
自分を哀れにも思っていない。強がりでも嘘でもなく、事実。
(…………だと思ってるんだけどなぁ)
静まり返った部屋で、ほんの少しだけ、過去に飛ぶ。
俺は常に笑って誰にも屈さず、本心を悟らせてはいけないと言われてきた。
そこそこ大きな会社をひとつ運営する責任者になるなら、強かでなければならないのだ。
今時世襲制なんてと笑うには、うちは徹底した家庭だった。
毎世代会社に優秀な人材がいるとも限らないから、優秀な跡取りを育てておく。
先々代からそうしてきたらしい。
簡単に言えば、英才教育の極みだ。
それも、俺は悪い面だけではないと良いように捉えた。
能力値をあげる機会を与えられてきたのは、恵まれていると思っている。事実だ。
ただそれは、先行投資。
じゃあ、一度たりともしくじったらダメ、なんだよ。
幸か不幸か、俺は大抵のことは学べば学んだだけ習得できた。
お陰でしくじることなく要領よく生きられても、そんなお家ルールが、面倒くさくなることもある。
仕事の出来高とか能力を〝俺〟と定義する世界だからだ。育った場所は。
求められた期待を外れると、戦犯のようにあげつらわれる。
〝アイツならできるかもしれない期待〟というものが〝アイツがやって当然〟になったなら、それは都合のいい押しつけだろう。
それが鬱陶しくて出ていった。
それだけだ。
自分で出て行って自分の決めた生き方をしているから、今更特に嫌悪もないし、実家に戻る気もない。
だけど今日父親と話して通話を切った後に、ドッと疲れが出た。
頭が痛くてそのまま突っ伏し、気が付けば起き上がれなくなっていたのだ。
『……思っていただけで、割と気にしてたのかねぇ』
そっと過去から帰還する。
高熱で倒れてテーブルの上のスマホの画面が光った時、過った。
昔。倒れた日のこと。
習い事や勉強をキャンセルして、一人で丸くなっていた。
ため息混じりに一瞥され、なにも言わずに背を向けた父親。
──先輩には、そうされたくない。
絶対に受け入れてくれるとなんとなくわかっていたのに、それが過ぎるとダメだ。
先輩だからこそ、甘えてしまいたくなる。
弱ってしまいたくなるから、絶対に、かっこ悪い俺は見せたくなかった。
押し付けない先輩だからこそ俺は期待されたいし、その期待を外したくないし、甘やかす側でいたい。
(……まぁ、要するにただのかっこつけ、ですけどね)
父親に嫌味言われて荒んで風邪でぶっ倒れたとか、ダサすぎる。
はぁ、全部父親のせいだろ。
本気でいつか泣かす。
どれだけ心の中で父親に呪詛を唱えようとも、俺の気分は最悪だ。
そもそも、なんで二度もこんなもん聞かされなきゃいけないのかねぇ。つまんねぇの。
せっかくさっきまでリアル御割犬(まあ夢だけど)と戯れて愉快だったのに、気分に水を差された。
俺はその場にしゃがみ込んで、何度目かの溜息を吐く。
一応家族だと、はいはいシカト、ということはできない。
だから仕事を手伝って関わり持つのを拒絶しないのに、なぜ釘を刺すのか。
体が重くて、頭が痛かった。
すぐに立とうと思っていたのだが、なぜか立ち上がることができない。
夢なのに。風邪菌は夢まで侵食するってことか。めんどくせーな。はぁ。
仕方なく立てるようになるまでじっとしていると、不意に──ペロ、と指先を舐められる感触がある。
『え……』
「クゥーン」
顔を上げると、そこには静かにおすわりしていた先輩がいた。
顔を上げた俺に、先輩はドンッと勢いよく飛びかかってくる。
『おっと』
「アゥン」
いつの間に触れるようになったのやら。
思いっきり飛びかかられたおかげで尻もちをついてしまったが、先輩はお構いなしに俺に身を寄せ、黙ってじっとしている。
その表情は犬の身ながら、仏頂面だ。
首をかしげると、いっそうグッと体を押し付けてくる。
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