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第六話 狂犬と暴君のいる素敵な職場です
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しおりを挟むゆでダコのように赤くなってグルルと唸る俺をニヤニヤ見ているだけで、三初はちっとも喜んでいるようには見えない。
「チッ、別に、チョコレート塗れにされるのが嫌だっただけだチクショウめ……」
それでも俺はいつも、結局三初の望み通りに動いてやってしまう。
「ふ……なんだかんだ、俺も世話焼かれてるんですよね。……ちょっとそこに甘えてるとこあるな、たぶん」
「よく言うぜ。世話なんか焼いてねぇし、お前は俺を頼ったりしねぇだろ。先輩なのによ」
「くくく、そう思っててくださいよ。俺のこと好きすぎてやべー人がなんの裏もなく丸ごとで俺を見てる。他になにが欲しいっての? 最高でしょ?」
「ヤバくはねぇわ。そんな当たり前のことじゃなくて、なんかこう……」
「先輩の当たり前は深いね」
あぁ? と聞き返したが、機嫌のいい三初はそれ以上なにも言わなかった。
だから三初がバレンタインにチョコが欲しいと強請ったことが人生で初めてのことだということは、知らない。
そして俺なら結局受け入れてくれるだろう、という甘えからした凶悪なオネダリだということも、もちろん知らない俺だった。
閑話休題。
そんなわかりにくいひねくれ天邪鬼こと三初は、透明な包装紙を剥ぎ取り、色気のない無地の白い箱をパコッと開ける。
歯を磨いたというのに、ご賞味する気らしい。
そりゃあ正直すぐに感想をくれようというのは、俺は嬉しいが、コイツにとっては手間だと思う。
「お。コーヒーの匂い」
「お前それ、明日にしろよ。別に今じゃなくていいだろ。言っとくけど……あんまうまくねぇかんな」
急いで食うような代物じゃない、と暗に伝える。
深夜飯にしてはヘビィな味わいだ。
「そう? でも俺、いつもこの時間まだ起きてますからね。あんたがいるからベッド入ってるだけです。ほら、寝かしつけないとでしょ? 飼い主的に」
べ、と舌を出された。
俺に気を使ってるわけじゃないからいちいち自惚れんなってか。
それが優しさなのか素面なのか意地悪なのか、三初を知るほどわからなくなってくる。
表面に色ムラがあるコーヒーチョコマフィンをひとつ取り出し齧りつく造形の整った横顔を、横目で見つめた。
高揚感の中には多少不安もある。
ガラじゃないから照れくさいのもあるし、バレンタインチョコを受け取るということは好きだということで間違いはないのか? とも思う。証明代わりに推し量る。
三初は黙って一つのマフィンを食べ、ペロリと指先を舐めた。
もう一つが入ったままの箱は蓋をし、ベッドサイドのチェストの上に乗せる。
「ご馳走様です。じゃ、寝てください」
「おいコラ待て」
反射的に三初の手をガシッ! と握った。
──この流れでまさかのノーコメントはねぇだろノーコメントは!
いやだって、流石にじっと感想を待っていた俺も、この展開には待ったをかけざるを得ない。
俺以外の誰でも眼光鋭く睨みつけただろう。視線で殺せるならきっとこいつは今死んでいるはずだ。
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