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第六話 狂犬と暴君のいる素敵な職場です
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しおりを挟むやけ酒はまぁ、元々モヤがチラついていたからスイッチが入るのも早い。
だって「なに俺を放って女にチヤホヤされてんだよ」とか、言えねぇしよ。
もちろん「あとやっぱ俺あの先輩ってのめちゃくちゃ気になるから説明しろよ詳しく。もっと言えば会わせろよチェックすっから」とも、言えねぇだろ。
となると当然「テメェもっと俺に独占させろよ。俺に好きって言えよ。てか惚れろよ」とは絶対言えねぇに決まってんだ。
言いたいことを三初には言えなくなる俺が役立たずの口を酒で塞いで意地を張る展開は、想定の範疇とも言える。
お陰様で泥酔後の記憶をガッツリ失い、気がついたら三初の腕の中でバスタイムなんて展開は理解しかねるが。
「あ゛ー……頭いてぇ。眠い……」
「寝てもいいけど溺れ死にますよ。……で、先輩。もしやいろいろ覚えてない?」
「そこは助けろよ。……竹本に絡んだあとからほぼ覚えてねぇ、っうへ」
尋常じゃない疲労と倦怠感にデロンと脱力する俺の体を抱きしめながら、腹の肉をムニムニと摘み物足りなさそうにしていた三初が、突然ヘソに指を突っ込んだ。
なにすンだこの性悪。
ンなとこ弄ったら気持ち悪くなるだろうが。腹ん中酒浸りだぞ吐くわ。
ぶすくれて三初の腕をパシャンッ、と叩くが、三初は深い、深ーい、ため息を吐く。
全身がギシギシと軋む感覚と身の内に熱が籠って熟れている感覚。
身に覚えがある事後の感覚だが、なにひとつ記憶にない。好きで忘れたわけじゃねぇ。
「いやまぁ俺は羞恥プレイとかノーサンキューだからむしろいいんですけどね。あれ聞いてないことになるなら、また勝手に想像してモヤモヤ妬きやがりますよね」
「ん、おい、触んな……もうしねぇよ、今日は寝る」
「海馬がそもそもないんだろうな……」
ウルトラ失礼なやつだな。
お前は礼儀を弁えると死ぬ生き物なのかよ。
ヘソを弄っていた指が滑って下腹部をなでたものだから抗議するが、シカトされた。
おいコラ、股関節のスジとか触んな。
もう片方の手で乳首触ったら本気で頭突く。間髪入れずに頭突く。
「ふ……ん、ん……やめろ、触んな……ほんとにしねぇ……」
「うーん。先輩体力あるのに、呼吸……ってかペース乱されると消耗するのか。まだ夜中の一時なんだけどなー」
「まだじゃねぇだろ、良い子は寝てるわ」
「良い子じゃないですし」
しれっと不穏なことを言われても振りほどく元気もないので、手持ち無沙汰に肌をなでられた。
夜中の一時って日付変わってんじゃねぇか。バケモノかよコイツ。……いや待てよ。日付変わってんのか。
口元をへの字にむくれさせてされるがままになっていた俺は、はた、と気づいた。
日付が変わっているということは──今日はバレンタインなのである。
そして俺のカバンの中には、初めて作ったマフィンがひっそりと隠してあるのだ。
「…………」
それを意識すると、急にドキドキと鼓動が早まった気がした。
小っ恥ずかしい。
そりゃ確かに俺はイベント事が好きだが、女子どもじゃあるまいし。
毎年自分用に買って食べるイベントだったのが、まさか作ってあげる側なんて、奇妙は高揚を感じるのも無理ないだろう。
「……三初、出る」
「酩酊、事後、入浴、眠気。断言しますけど、今自分で立ったら直後にぶっ倒れますよ」
「でも出るんだよ、舐めんな」
「それ介護すんの誰だと思ってるんですか」
湯船のヘリを掴んで立ち上がろうとすると、俺が動くより早く小馬鹿にしながら三初が肩を掴んだ。
続いて俺の腰に腕を回してグッと引き上げ自分が先に洗い場に出ると、なにを思ったか俺を子どものようによっこいせと抱き上げる。重そうだが持ち上がった。
正面から腕で俺のケツと腰を支えるこれは、いわゆる抱っこちゃん状態。
──いやなんでだよ……ッ!
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