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第五話 冬暴君とあれやそれ
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しおりを挟む俺は運動がてら駅まで歩くのが好きで、車を持っていても気が向けば電車で通勤することがままある。車通勤した日に三初に送られた翌朝もそうだ。
当然その場合の交通費は出ないのでプラス電車賃が掛かるが、構わない。
今日の俺はにべもなく車に乗り込み、出社時間の一時間も早くに到着した。
まだほとんど人気のない会社に入り、カードを通してオフィスの施錠を解く。社員証通行なんだよ。記録される。
ガチャ、とドアを開け、朝日に照らされた無人のオフィスを電気も点けずに進んだ。
冷えた空気。まだ暖房が回りきっていないのだろう。
身震いしながらコートを脱いでロッカーにしまい、いつも通り自分のデスクに向かってパソコンを立ちあげる。
──コン、と足元のカバンに靴先が当たり、その隣に立っていた紙袋がバタッ、とあっけなく倒れた。
「あ、……っと」
マナーモードにしておいたスマホがポケットの中でブブブ、と音を立てている。無視して倒れた紙袋を元通り立てる。
中身はキーケース。
……それと、キャラエッグが、十個。
十個ワンセットをひと纏めに包装してもらったその塊は、三初が気まぐれに集めていたミニチュア動物シリーズの第二弾だ。
うちの会社にも食玩部門があるので、こういうモノの原価やらなんやらはよく知っている。
それを思うと手出しする気にはならないものだが、アイツは俺をパシって集めていた。
あの時は確か、部長の頼みを聞かせる代わりにだったか。不愉快でたまらなかったけれど、まさか未来でこれを自分から買うとは思わなかった。
『素じゃなくていいなら、しゃーなしキャラエッグ十個で一日だけ他社と企画すり合わせてる時みたいにしますけど』
うろ覚えの三初の言葉。
これがあればよそ行きだが、とりあえず話は聞いてもらえる、かもしれない、という打算だ。
キーケースはアイツの趣味や好みがわからなかったから、車の鍵やらを付けるのに使えばいいと思って。……本当は、それらしいのを調べた。わからなかったから。
「はぁ……今度こそちゃんと愛想良く、先輩らしい態度で言えんのか……俺……」
ギィ、とデスクチェアを引いて、ため息。
無人のオフィスに響くため息は殊更重く、俺は三初のデスクを眺めて、不安と憂鬱に目を伏せる。
引き寄せられたのは、無意識だった。
本当に無意識のうちに座るはずだった自分のデスクチェアから手を離し、隣の三初のデスクチェアを引いてそっと腰を下ろす。
他人のデスクは玩具で飾るくせに、自分のデスクはこざっぱりとしている。
そこに上体を倒して、頬を当てた。
ヒヤリと冷たい感触が気持ちいい。
意味なんてないけれど、誰もいない空間ではいくぶん素直になれた。
「……わからないのは、怖ぇよ、……知りたいと思うのも、諸刃だろうが……」
スリ……、とデスクに頬を擦り寄せ、恋しさに微睡んでいく。
恋とは恐ろしい。
あっという間に大気圏まで浮かれ上がり、その先が見えなくなった途端、急速落下だ。
想えば想うほど、その副作用が思考回路を蝕む。
二人でいる時の距離が近くて、二人で過ごす時間が長くなっていくほど、もしそれが失われたら? という種が撒かれた時、成長速度は瞬きを超える。
不安を抱えて行動すると、俺が俺だと空回るのだ。
急速落下した俺は、地面にペシャンと叩きつけられてしまった。
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