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第五話 冬暴君とあれやそれ
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しおりを挟む暖房が効いて暖かいリビングルームに入り、食パンを一枚トースターにセットする。
いつもは二枚だが今日はあまり食欲がない。腹は減っていても食べる気がない。
俺を慰めてくれる毎朝のココアだって今日は二杯粉を入れて自分を激励しようと、ココアの入った棚に手を伸ばす。
「……コーヒー」
けれどふとその隣に並ぶコーヒー豆を見つけて、伸ばした手が止まってしまった。
俺はコーヒーを飲まない。
あの独特の苦味が好きじゃなくて、会社では事務の女性社員が淹れてくれたものを、言えずに飲むくらいだ。
まだ半分くらいあるその袋を手に取り、なんとなく口を開く。
途端に濃厚な豆の香りが広がり、良さなんてちっともわからない俺は、つい顔を顰めてしまった。匂いだけで十分苦ぇよ。
これを日常的に飲んでいるアイツとは、好みが合わない。
食事だって、三初はなにかを摘むように食べるだけ。
好みは知らない。ないと言っていた。一つだけわかる。ポップコーンは好きじゃない。
俺は食器を使ってしっかりと食べる。
手軽なパンは仕事の合間やなんとなくで食べているものの、夜なんかは、基本的に食事といえばがっつり。
俺が起きる頃にはたいてい、食事を終えてコーヒーだけを飲んでいる三初。
睡眠も短い。
俺は起きるのが遅くて、たくさん寝たい。
腹いっぱい食事をした上で、あたたかなココアでのんびり微睡んでいたい。
三初は即断即決、しかし気まぐれ。
人当たりはイイけれど、気に食わなくなった途端に手のひらを返す。傍若無人。
俺は思うとおりに動き、口にする。
けれどそれを後悔することもあるし、本当は悩んだ結果である時も。どうしようもない過去は、一度どん底に落ち込んだあとに引きずらないだけだ。
万能な不真面目。
不器用な堅物。
根本的に真逆なんだと思う。
だから俺はアイツの考えていることをわかろうとするけれど、わかったと思ったら、アイツはまた離れていくのだ。
「なんか、ズルイよな」
不貞腐れたふうに言ったつもりだが、響いたのは、縋りつくような声だった。
三初がいつの間にか用意していたコーヒーを淹れる道具を取り出し、ガチャガチャと騒がしくお湯を沸かす。
お気に入りのカップに理科で使ったろ紙のようなものをくっ付けて、コーヒー豆の粉を袋に書いていた容量ぶん慎重に移す。
袋の裏側の説明文をちゃんと読みながら、俺はおっかなびっくりと、初めてコーヒーを淹れた。
しかし三初の用意したコーヒー用の道具は、文字の説明ではどれがどれやらわからない。
「コ、コレは使わなくていいのかよ……? でも紙が沈むぞ、コレ……」
ドポドポとお湯を注いだものだから、ろ紙はすっかり濡れてしまい、予想通りカップの底に沈みかけていた。
俺は慌てて菜箸を持ってきて、沈みかけのろ紙とコーヒー豆の粉を救い出そうとあがく。
後ろでチンッ! とトースターが音を立てたが、それに構っている余裕はない。
口の細いヤカンは使いにくい。
ドリッパーってのはどれだ。このガラスのポットか? それとも三角錐の陶器か?
俺が四苦八苦しながら沈んだろ紙を救出した頃には、カップにはドス黒いコーヒーが粉を浮かせてできあがっていた。
「……ケッ。だからココアのほうが簡単で美味いってんだ。ココアなら粉入れて混ぜるだけなのに、……めんどくせぇ」
皿の上にトーストを乗せて、ジャムとカップと揃えて盆に乗せ、ブツブツと負け惜しみをほざく。
自分なりに格闘したのに、提示されている説明文がわからなくて、使い方がわからなくて、失敗をどうにか救い出したのに、コーヒーには残った粉が嘲笑うかのように浮かんでいる後味の悪い結果。
説明文は〝わかるだろ?〟と俺になげかけてくるけれど、俺にはわからなかった。だからこうなった。
砂糖を三杯入れてかき混ぜる。
今の俺らしいコーヒーで、俺は〝こんなことしなきゃよかった〟と、漠然と思った。
三初は俺のことを、たくさん知っている。
なにも知らないくせに、と言ったあれは自分のこと。
俺は知らないし、わからない。
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