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閑話 御割式三初呼称術
01(side三初)
しおりを挟む《当日夜・呼び名について考える三初の小話》
残業帰りのふとした思考だ。
呼び名について、考えてみることにしたのは。
暴君やら極悪サディストやら大魔王やら謂れのない名前をつけられているカワイソウな俺は、ごく普通の会社員──三初 要。
その教育係を押しつけられている、御割 修介という先輩がいる。
説明するのが面倒なので簡単にまとめると、見た目はドーベルマンだが中身は豆柴な愉快な先輩だ。
愉快な先輩は愉快なので、俺の名前の呼び方だけでもそこそこのレパートリーを持っている。
くく、愉快だろ?
キレ方のレパートリーはないのにね。お説教の語彙力のほうも、もちっと頑張ってほしいものだ。
ということで、俺の名前の呼び方一覧をお見せしよう。
え? 全部覚えてるのかって?
さぁ? そんなに暇に見えるんですかね。呼ばれ方なんて普段ちっとも気にしねーよ。お見せするのはあの人だけ。
そうそう、世の中には知らないほうがいいことってのがあるらしい。
それってどんなことなのやら。
俺には関係ねーな。ま、気を取り直してテイクツー。
『三初ェッ!』
これはノーマルかな。
普段よく聞くだろ? お前とかテメェとかその他謎名称はさておき、俺の名前を呼ぶ時はこんな感じでたいていキレ気味。
こう呼ばれたら、まずは面倒くさそうな、まったく興味なさそうな顔をすればいい。すっげ睨んでくるから。最高に愉快でオススメオススメ。
派生で『三初ェ……ッ!』って感じの、絞り出すような殺意とともにドスを利かせて呼んでくる時もある。
全然関係ないけど語尾の伸ばし方がヤカラっぽいよな。
説教されてんのか絡まれてんのか傍目じゃわかんねーレベル。
キレボの先輩は言葉もキレてるかんね。
アホとかバカとかうるさい黙れ死ねクソ野郎殴らせろクソが、って感じのことをブツクサ並べ立ててくる。
そのボキャブラリーの欠如した罵倒も込みで楽しさはあり、キレ気味で名前呼ばれるとまぁまぁ機嫌は良くなる、かな?
ま、次はこれ。
『三初』
これは怒ってない時のやつ。
いつも怒っているせいでエクスクラメーションマークが付いてそうな言い方が先に来るが、普段はこれだ。
派生は『三初ー』。
伸ばしてくる。マヌケ声。
こう呼ぶ時の先輩はなにか聞きたいことがあるとか、普通に俺と話をしたいっていう予兆。
例を挙げるなら、そうだな。
『三初、あれやったか? コンビニのクリアファイル企画のデザイン確認』
『三初、お前昨日駅前のフレンチレストランに女といたの見たぞ。号泣する女の前でナフキン鶴折るのやめろ』
『三初、コレ見ろよ。くく、竹本ンちの犬ヤベェくらいフッカフカだろ』
こんな感じのテンション。
興味のない話ばかりなのであまり愉快じゃないが、まぁ悪くはない。俺は優しいから。クックック。
アホの御割先輩はいつもくだらないことを思いついてはテキトーな人選で共有し、テキトーに口に出してるだけだからね。
というか無駄に強い。
あんだけ俺の行動と発言に勝手にブチギレてるくせに、次の日にはケロッと普通に接してくる。
基本はウザイしうるさいしめんどくさい先輩だが、俺のやることなすことで対応を変えないところは楽でイイと思う。
勝手にパーフェクトを期待したり、勝手にはなっから俺任せに押しつけられたり、外側だけ見て勝手に中身も断定したり。
そういうの、反吐が出る。
特に繕ったわけじゃなくてもそうなるから、俺は普段から本性を丸出しに生きることにしているのだ。
といっても最低限仮面は被るケドね? いや、本性に見える完璧な仮面を被ってるのかな。もうわかんねぇよ。
これは大人になるとこびりついて取れないものでさ。誰もがそうだけど、俺の天邪鬼はそこそこガンコ。
でも、先輩はなんかさ。
そんな誰もが被っている仮面、ほぼない気がするんだよね。
怒鳴って呼ぶ時の先輩と、普通に呼ぶ時の先輩。先輩はちっとも変わらない。
愛想を振りまいても気持ち悪いと怒るし、仕事奪ってやってやっても喜ばないで怒るし、なにもしなくても怒る。
怒ってばっかだからわけわかんねぇ。
俺とは思考回路が違う。
けどそれって、先輩はいつでも誰でも、先輩ってこと。
自分の納得しないことなら声を大きくして怒る人で、つまり納得いかない嘘やお世辞も言わないってこと。
だから先輩に呼ばれると、俺はどんな呼び方でも仕方なく「なんですか?」と反応してやるのだ。
まったく。俺って甘いよなぁ。
いい後輩過ぎて、ついつい口元がにやけてしまった。
「クックック、ホント、最高」
機嫌よく夜の道をドライブしながら、お気に入りの先輩について考える。
そうしてふと、思い出す。
そういえばついさっき、もう一つ新しい呼び方ができたんだった。
『触れよ、俺の……っみはじめぇ……』
「あれは結構、よかったなぁ」
み、は、じ、め。
舌っ足らずな語気で呼ばれた自分の名。
声自体は小さいものだ。
だが男らしい低く掠れたハスキーな低音がかすかに高くなり、舌を丸めるような甘さを含んで、俺の名前を呼んだ。
みはじめぇ、みはじめぇ。
うん。ははは。ふーん?
魔が差して、切なげな表情で紅潮した頬を震わせて縋りつく顔も再生してみる。
太めの眉が歪み、鋭すぎる三白眼は細められながらも、真っ直ぐ俺を見ていた。
火照り汗を浮かばせた皮膚と、熱い吐息。唇の動きまで丁寧になぞる。
みはじめぇ、と。
隠しきれない官能を滲ませたあれは、なかなかクる呼び方だった。
もっと呼ばせてーな。
いきなりナイフで刺してもあんなふうには鳴かないだろう御割先輩が、あそこまでエロに弱いとは思わなかったし……ね?
「そっち方面でいじってみるか」
──脅し文句はポケットの中に。
俺は喉奥を鳴らして、愉快な気分で自分の部屋へと車を走らせるのであった。
了
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