誰かこの暴君を殴ってくれ!

木樫

文字の大きさ
上 下
97 / 454
第四話 後輩たちの言い分

34

しおりを挟む


 小さく丸くなり、全身を布団の中に埋める。すると外の音は聞こえない。
 窓の外の楽しげな声だって、ちっとも耳に入らない。

 弱音はこうやって吐くことにしているのだ。子どもの頃からずっと、ここが俺の弱る場所だった。


「あぁ、なんか、寂しい、うう……」


 言ったってどうしようもない泣き言。
 大人だって寂しくなる。素直に辛いことを吐き出したくもなる。年を重ねるとうまく言えなくなるだけで、辛いことには変わりない。

 俺が苦しいことなんか誰も気がつかない。事実中都は気がつかなかっただろ? 途中までは俺も含めて誰も気づかなかったけど、三初だけは気がついたんだ。

 でもその三初は俺が帰したから、もう誰も俺がベッドの中でしくしくとしていることなんか、知らないだろう。

 大人になったら隠し事ばかりうまくなる。
 声をあげる泣き方を忘れる代わりに。


「ゲホッ、ゲホッ」


 時間にすると半時間くらいだと思う。
 熱で潤んだ瞳から一粒ばかりこぼした頃、ざらついた喉が痛くて、頭が痛くて、なんだかあまりに辛くなった。

 ダメだ、辛い。誰か呼ぼうか。それもダメだ。スマホを触る元気もない。

 部屋が乾いているせいで余計に咳がキツくて、息をするだけで苦しいんだぜ?
 震えた指じゃ文字を打つのも一苦労だ。思考回路がまとまらないのでメッセージの内容は破綻する気さえする。

 それに普段あれだけガオガオと噛み付いている気の強い俺が、どんな言い方で〝風邪を引いたが一人じゃ寂しいから部屋に来てくれ〟なんて言えるンだよ。あとで散々笑い話にされるに決まってる。

 冬賀なら来てくれるし笑わないとは思うけど、だからこそ迷惑をかけたくない。
 お調子者な友人はダメで、まともな友人は迷惑だと思わないからダメ。

 つまり結局、俺は誰も呼べない。

 誰かに泣きついたことなんか、やっぱり今までなかったのだ。

 まるで子どもから成長してねぇ。
 問題は意地だけだってのに。

 けれど──辛くて寂しくても誰も呼べない俺の口は、最終的に、馬鹿なことを繰り返し口走った。


「ぅぅ…………三初……」


 掠れた濁点だらけの小さな声が、なぜか呼ぶ名前。


「三初、ゴホッ、三初ぇ」


 アイツが今日気がついた理由なんてどうせたまたまで、本心はよくわからない。

 けれど、気づいてくれた。
 だから呼ぶ。呼ぶだけならタダだろ。寂しい、とは言えない。


「ゲホッ、う、三初、バカ野郎……」


 咳き込む合間にそう言って、なんのつもりなのか。だから風邪なんて大嫌いなんだ。

 子どもの頃はベッドの中でも親の名前を呼べなかった。無意識に妹の名前を呼んだ。同じ状況で、俺はいけ好かないアイツを呼ぶ。

 昼間、俺の知らない誰かを好きだって言うアイツに、変な気分になったのもきっと熱のせい。試すような、挑むような瞳が忘れられない。呪いだ、チクショウ。

 ……別に、俺はアイツのこと、嫌いじゃねぇ。

 それは、元々。
 最近はちっとだけ、妙に気になる。

 殺意はたまに沸くけど、それとこれとは別で、普段は俺の口が悪いのとイカレたコミュニケーションというか、本気だけれど本気じゃない、それこそ子どものじゃれあいで。

 ええと、つまりどういうことかと言うと、俺は、……期待、してる。

 下手くそな気遣い、気づいてくれた。
 風邪を引いているのも気づいてくれた。

 だからあともう一回、期待してる。

 自分勝手でクソみてぇなことだって思うけど、もしかしたらまた誰も気づかない俺の弱いトコロを、見つけてくれるんじゃって思っているんだ。

 そんなこと有り得ないからできる期待だけどな。不思議だろ。

 髪の毛一本出さずに丸ごと潜って隠れながら絶対バレない状況でだけ、そんな戯言を思って、俺は三初を呼んだ。


「ちゃんとするから、いうこときくから……ゲホ、みはじめぇ」

「──へぇ。言質取りましたからね? 先輩」

「っ……!?」


 だけどその呼び声に、まさか返事があるなんて、思ってもみないだろ。

 言葉と同時に被っていたものをバサッ! と引き剥がされビクンッと硬直し驚愕に震える涙目で赤くなった俺を、出て行ったはずの三初が、ニンマリと機嫌良さげな笑みを浮かべて見下ろしていた。




しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...