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第十話 悪魔様は人間生活がヘタすぎる
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しおりを挟む──それからバカみたいにイカされて、アホのようにイチャイチャして、昼過ぎまでベッドで過ごしたあとはどうしたのだったか。
記憶を辿ろうとする矢先、九蔵は目の前に一人の少女がいることに気づいた。
「……──」
どうせ、花のような美少女なのだろうと思っていたのだ。
骨身ではなく華奢で、のっぽではなく小柄で、ボサボサな髪はつややかな上に肌は白く滑らかな乙女。
寝ても覚めてもこびりついて取れないクマなんてできたためしもない。細く柔らかで愛らしいお姫様なのだろうと。
「イチル」
『うん。久遠 一縷……前世のキミだ』
宛が外れた。
九蔵がニヒ、と不器用にヤニ下がると、少女──イチルは、ニッと笑った。
意外と骨太で豪胆だ。
花より太陽が似合う快活な笑顔に、髪はざんばらでくせっ毛。背は小さいがとり肉じみた九蔵とは逆に肉感があって、失礼な話強そうである。筋肉質で美しい。
明るい笑顔が似合う素朴な少女。
九蔵はトン、と自分の鼻をつつく。
「そばかす、ステキですね」
『だろう? 私も気に入ってるんだ。これでもいいとこのお嬢様だったから』
イチルはご機嫌に頷く。
なるほど。見た目だけじゃなく、中身もまるで違う。清々しいほどに。
容姿も、性別も、出身も、笑い方も、受け取り方も、並べてみたって九蔵とイチルはなに一つ同じものがない別の人間二人なのに、あの一途な悪魔には心底同じに見えているようだったのだから不思議なものだ。
魂。生まれ変わり。
同じじゃないが、同じなのだろう。
散々違うと言ったが、こうして感じると妙にしっくりきてしまう。
「ずっといたのか」
『ずっといたよ』
「……辛くなかったか?」
『ふふ。辛くないんだな、これが』
「流石ホトケさん。死んだら心が広くなるもんなんですかね」
『そうでもないさ。ただニューイは本当にずっと私を愛してくれているから……ニューイは本当にずっと私を忘れないから……私はたぶん、ちゃんと今も幸せなんだね』
「へぇ……そっか」
九蔵は歯切れ悪く息を吐いた
実のところ、全く同意できない。
ニューイが自分を好きじゃなくなる想像は平気なフリでできるのに、ニューイが自分以外に〝愛している〟と囁いて睦み合うことを想像すると、手に負えないほど絶望的な気分になる。
死人に口なし。意思もなし。
死んだあとはどうとでもしてくれ。
九蔵はそう思うが、生きている今は他でもない自分を一番に愛していてほしいとも思う。いや、願うのだ。違う、呪うのだ。
けれどイチルが本当に幸せそうな顔で笑うから、九蔵はなにも、言わなかった。
そうなれる気はしないけれど。
なりたいとも思えないけれど。
そういう心を見透かしたから、この前世の自分とやらは今更わざわざ魂から目の前にやってきたのだろうか。
『どうかな? 決めるのはクゾウだからね。私は同じくクゾウの気持ちがわかるし、同じくニューイを愛しているからなにも言えない。でもクゾウのことだから、たくさんの未来を考えて出した答えなんだろうなと思うよ。大切なものができてしまった』
『だって、私たちは人間だから』
イチルがなにもかもお見通しで、九蔵はニヒヒと笑った。
そうとも。我らは人間様だ。
ニューイと出会ったから得た宝物。
心がトラウマを解して、見守る仲間たちがいて、たまらず感極まった感情を体ごと受け止めてくれる恋人が疲れ果てるまでこの身を求めてくれる、愛しい日常。
それらを失うことを思って泣きたくなる。躊躇する。惜しくてたまらない。
永遠の瞬間を愛し合う代償に、全ての友人の死を見届けて取り残される運命を受け入れなければならない。絶対に嫌だ。無理だ。壊れてしまう。寂しいのだ。
それを、彼一人に背負わせるなんて。
「……ふ。俺は臆病だから、綺麗な言い訳ばっかり思いつくんだよ」
貪欲で、醜悪で、自己愛性多忙症。
それでも大切だから。
愛しているから。
キミの笑顔が──大好きだから。
そろそろ目覚めて、会いたくなる。
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