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第十話 悪魔様は人間生活がヘタすぎる

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「つーかあれだけのことされて忘れるわけねぇでしょうが。アホか俺は。普通にパスコードロックでHDDに焼きつけてあるわい。USBメモリにコピー済みじゃい」

「で、でも、ってかなんか、個々残」

「でももクソもへったくれもねぇ。だってそうだろ? 人様の秘密を嘘でコーティングして足引っ張られてノーダメージなほど俺は人間できてないし強くもないです」


 なんだか記憶の中のアイツと違う気が、と混乱する玉岸がポカンとこちらを凝視するが、特に気にせず腰に手を当てふんぞり返る九蔵。

 開き直ったのかも。自分でも不明だ。
 だがニヒ、と浮かべた笑みは浮かべっぱなしで、なんならご機嫌まであった。

 じくじくと醜く膿む傷を与えられた相手が今更職場に現れる鬼畜イベント中にしては気が抜けて、九蔵は玉岸を正面から見据えた。


「俺は確かにメンクイでお前さんもなかなかのイケメンですが、正直顔面をグーで行きたかったですね」

「えっ」

「なんなら俺の預かり知らねぇところでとんでもない不幸に見舞われろと呪った瞬間も片手の指の数よりはありました」

「えぇっ」


 なんせ──個々残 九蔵は器用なのだ。

 俺は悪くねぇのに、と何度憤ったか。
 全部アイツのせいだ、と何度恨んだか。

 今まで人間関係を頑張らなかった自分のつけが回ってきただけ?
 噂が広がって居心地悪いからって勝手に辞めたのは自分の逃げだって?

 そんなわけあるかくそったれ。
 クソガキ上等。中指立てて癇癪だ。

 日頃の行いなんてどうでもいい。
 どんな因果か知らないが、玉岸が担当を代わる説明をオフィスでしたあの瞬間、九蔵はなに一つ悪くなかったのだ。

 それが事実だろう? 例え日頃の行いでどれほど周りや玉岸になんぞ迷惑を与えていたとしても、あの件についてなら、九蔵は一瞬たりとも悪くない。胸を張って悪くない。

 だから胸糞悪いし、ケツにドロップキックをキメてやりたくてたまらなかった。

 一部の同僚たちだって同じである。
 ヒソヒソクスクスやかましい。どうでもいいから働けスカポンタン!

 そりゃあ確かに九蔵は美しい人間が性的に大好きなバイセクシャルだ。
 メンクイ結構、身の危険結構。

 しかし性癖を他人に押しつけることもひけらかすこともなくお前たちの倍働いている。バイだけに。どこに文句があるのだ。

 俺もお前もまともに話したこともないくせに噂にだけは頻出させやがって、出演料をもぎりたいと九蔵は脳内で散々がなった。

 そうだ。九蔵は悪くない。

 過去のイケメンたちの反応もそうだ。
 こちらはこっそり称えていたのに勝手に見つけ出して晒しあげてバカにした。

 顔が良くても性格はクソだ。
 男に見られて気持ち悪いなら、女性専用車両に引きこもってビンタでもされろ。

 イケメンだからって惚れているように見えるか? 顔が好きと恋愛的に好きはまるで別だ。見ているだけで幸せなのにどうしてそれすら許してくれないんだ。

 顔がいいは褒め言葉じゃないか。
 言われたくない事情があるかも? 知るかボケ。こちらの事情を無視するくせに、言われていない事情にまで留意できるか。

 男も好きでなにが悪いんだ。
 キレイなものを愛でてなにが悪いんだ。

 なにも悪くない。
 なにも悪くなかった。

 九蔵はずっと悪くなかった。

 自分の悪かったかもしれないところを発掘して内側を守るのがうまいだけで、なにクソコノヤロー! とキレたい時なんていくらでもあったのだ。

 そして言いたかった。

 自分に悪いところがあったならそれを理解して謝るから──お前らも俺を傷つけたことをちゃんと理解して謝れバーカ! と。

 九蔵は周りに興味がなくなんでもはいよと受け流すオトクな人間じゃない。

 自分の言い分の伝え方を、玉岸のように磨いてこなかった不精者ゆえに、いざという時は黙って逃げ出すビビリなおバカさんである。




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