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第十話 悪魔様は人間生活がヘタすぎる
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しおりを挟むサッと厨房に引っ込む九蔵と、前を向いてしずしずと立つ澄央。
さほど間を置かずに、案の定──奇妙なお客はガランガラーンとベルを鳴らしてうまい屋店内へやってきた。
「いらっしゃいませー」
「いらっしゃいませ」
「うぃ~、……ひぃっく」
朝なので元気すぎない爽やかボイスを意識しつつ接客スマイルで出迎える。
客は素敵なサラリーマンだった。
焦げ茶の好青年ヘアで雰囲気はなんともイケてるメンズ。影の人生を歩む九蔵には眩しい陽のオーラを感じる。
とはいえ、赤ら顔に眠たげな眼ともれなく酔っ払いなのだが。
そんな客は入店直後九蔵たちの爽やかボイスアンド接客スマイルを目視して、途端にピキッと口角を引きつらせた。
なれた反応である。
一見さんお断りコンビは伊達じゃない。
素が無害で笑うとマッドな九蔵と違い、素がヤンキーで笑うと好青年な澄央は接客スタッフとして問題なく優秀だ。
すぐに温かいお茶を用意する澄央に「空いているお席へどうぞ~」と笑顔で対応された客は、澄央の顔をそろ~っと伺いながらも、のたのたと券売機を操作し始めた。
うむ。いつも通り。
平和な夜勤の終わりかけ。
こうしてポツポツとやってくる客の相手をしているうちに、夕菜が出勤だ。
少しあとに榊と腕を組みながらキューヌがやってきて、自分は澄央とじゃれながら退勤する。
並んでアパートへ帰ると、勝手に澄央の部屋へあがりこんだビルティがとぐろを巻いて冬眠寸前になっているだろう。
であれば鼻歌まじりにニューイが用意したシンプルな朝食に二人を誘って、呑気な朝ごはんタイムへとしけこむ。
するといい匂いにつられて目が覚めたと騒がしい越後がインターホンを連打するので、呆れながらも食卓を囲ませるのだ。
「ふっ」
九蔵は本日の未来を想像し、ニヤニヤと密かに頬を緩ませた。
「ココさーん。モリ親子一丁サラダ一丁」
「はいよ。モリ親子一丁サラダ一丁。んじゃはいおまちどうさん」
「相変わらずラグほぼなし。ココさん回線ヌルヌルッス」
澄央の呑気な声に答えるとともに注文音声から先に作っておいた品をトンとカウンターに乗せると、澄央はうんうんと頷いてお盆に並べ笑顔で客に提供する。
九蔵は照れくさいのを誤魔化して「そら何年も働いてますしね」と返した。
澄央が接客をしている隙にケツに隠してガッツポーズ。よっしゃー。
仕事が早い。
気づかれた上に褒められて小躍りしたい気分の九蔵である。
思えばずいぶんいい職場だろう。
社畜丸出しの地雷アルバイターを雇って厨房専門にしてくれた榊にも、人付き合いが悪くコミュ障な九蔵がせっせと働いていることを認めてくれる同僚たちにも、九蔵はしみじみ感謝する。悪魔にだって感謝する。
だって、そうだ。
前の職場での経験。
ただ一人っきりで仕事をしているだけでは、職場の仲間にはなれなかった。
わかってもらう努力をしなかったからわかってもらえず、誰かが困ったことなど気づいていたかすら覚えていないから自分が困っていても助けてもらえない。
今思い返すと当たり前だが、当時の九蔵はずいぶん世界から仲間ハズレにされたような気がしていた。
それが今やこうして幸せに働いている。
素敵な恋人だけじゃない。
素敵な仲間もできたのだ。よっしゃー。
「うひひ」
「? 思い出し笑いス?」
「……。ま、まぁそのようなものです」
──なぁんか今日は妙にひたってやんの俺……は、恥ずい……!
ニューイのことを考えるうちに昔のことやら今のありがたみにまで至った九蔵は、ハッ! と我に返ってクールに誤魔化してからゴシゴシと頬を擦った。
要するに自分はハッピーな仲間に囲まれてどちゃくそハッピーなのです。はい解散!
平然ぶってキリリと前を向く。
コラ澄央。解散だと言っているだろう。
へーほーと好奇心旺盛な顔で人を覗き込むんじゃない。おかげで唯一の客までこっちを見ているじゃないか。
そう思った九蔵だが、食べかけの親子丼をほったらかしてジロジロと自分を見つめていた客が、急にガタンと立ち上がる。
「お前もしかして……個々残?」
「は?」
そしてなぜか名前を知ったふうで、親しげに声をかけられた。
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